第103話・紅竜の決断(みんなの、ハレの日)

 『春だぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


 昨夜は珍しくお嬢さまのベッドに潜り込み、朝の日差しで目が覚めると、わたしは同じベッドに寝ていたお嬢さまの迷惑顧みず窓際まで飛んでって、カーテンを開けるとそう叫んだ。


 「……コルセア。朝から騒がしいですわよ……一体何なんですの……」

 『だってお嬢さま。これ見事に春到来!って感じじゃないですか。わはははは、さよなら冬!いよいよわたしの季節がやって来たぁっ!!』

 「まったく、年中あなたの季節みたいなものでしょうに……ふわぁぁぁぁ……」


 伯爵家のご令嬢にしてははしたなく、ベッドの上に起き上がって大あくび。

 ただ、やっぱり春の気配はお嬢さまも感じているのか、こないだまでならまた布団に潜り込んでわたしが起こしにくるまで二度寝してたところを、今日はネグリジェの裾を滑らせてベッドから降りていた。


 「そうね。今日は大分暖かそうだわ」

 『でしょ?』


 そしてカーテンを開け放ったわたしの隣にやって来て、眩しそうに外の景色を見つめてた。うんうん、麗しき主従の朝。まさに時は、はるっ!!


 「……ところでコルセア。その、『はる』とか『ふゆ』というのは何ですの?あなた時々口にしていますけれど」

 『へ?……あ、あーあーあー、わたし口にしちゃってましたか。まあ方言みたなもんですよ。ふゆってのがおおよそ青颯期で、はるってのがだいたい散月期で。まー寒くて雪が降って鬱陶しいのから、お日様が照って雪も融けて浮き立つよーな季節の移り変わりを示す美しい言葉でしょ?』

 「意味が分からないわ……」


 理解してもらえなかった。四季をつぶさに感じ取ってそこに細やかな情緒を覚える日本人の感性は、この世界の人びとには通用しないらしい。いやトカゲの身のわたしが情緒とか言っても多分鼻で笑われるだけだろうけど。


 「まあ、いいわ。言葉の意味はともかくとても気持ちの良い朝であることに代わりはないものね。コルセア、着替えを手伝ってちょうだいな」

 『はいはいー』


 光差す部屋の中、ナイトキャップを外し現れた豪奢な金髪を掻き上げながら支度に向かうお嬢さまの後を追うわたしだった。




 「おはようございます、アイナ様!」

 「あらネアス、おはよう。久しぶりに暖かい朝ね」

 「ですね。おかげで足下がひどいことになってます…」


 馬車の停車場で会ったネアスは、相変わらず困ったような「あはは…」って笑顔と共に足下に目を落としていた。道がぐちゃぐちゃになってるところを歩いてきたせいか、冬用のブーツも泥だらけだ。

 帝都は馬車の往来の多い主要道は石畳が敷かれているけれど、一歩脇に入るとまだ土の道も多い。そんな道は雪が融けるとぐちゃぐちゃのえらい有様になるのだ。……ふむ、後でお邪魔して乾燥させておこーか?


 「よう、早いな二人とも」

 「あら、バナードも。おはよう」

 「おはよう、バナードくん」


 そして校門に向かう道すがら、バナードにも会う。こっちはこっちで季節を先取りしたよーな軽装だ。さっすが男の子。


 「ま、今日は俺たちの勝負の日だしな。気が急いて早く来てしまったよ」

 「そうね。殿下も気にしておられたし、早く行きましょうか」

 「アイナ様、報告書はお忘れでないでしょうか?」

 「それならコルセアに持たせたはずですわ。コルセア、出してちょうだいな」

 『はいは……あれ?』


 言われてわたしは今朝持たされた鞄の中を……鞄?あれ?


 「ちょっ、ちょっとあなた?!鞄を忘れたというの?!」

 『………ぐぇっ…ぐるじい、おじょうさま……くびはやめて…』

 「アイナ様っ、コルセアが…」

 「……っんとにお前らの漫才は時と場所を選ばねえなあ」


 まあ鞄は馬車の中に置き忘れただけだったんだけどね。


 さて今日は、みんなが気合い入れてた通りに研究成果の報告が行われる。

 具体的には全生徒を講堂に集めてその前で内容を発表するというものだ。講堂の反応と、先生方の評価をもとに研究の継続か終了が告げられる、この学校における結構なイベントなのだ。

 一度教室に集合した後、講堂にぞろぞろと向かう。こーいうところは日本の学校と変わらないというか、メタい話をすれば製作スタッフの想像が回らなかったところというか。

 そういえば三周目にもこーいうイベントはあった。ネアスとお嬢さまはやっぱり同じ班で、でも芳しい成果は残せなかった。

 「ラインファメルの乙女たち」ではどーだったかというと、既に定まっていた攻略対象のストーリーに従って全く内容が違っていたのだった。個人的には殿下推しだけど、実のところイベントとしてはバスカール先生のルートでの方が見応えあったなあ。なにせ、だね。ネアスの発表の時に茶々いれた悪役仕様のお嬢さまが……ああうん、なんかいたたまれないから、ヤメ。

 わたしたちアイナハッフェ班は、講堂の一番後ろに陣取る。特に理由は無いけど、なんかお嬢さまの「真打ちは最後に登場するものですわ!」とかいうわけの分かんない理由により、そーいうことになった。発表順とは全然関係無いというのに、お嬢さまのこーいう時折顔を覗かせる厨二病な性格が心配になる。

 まあそれはともかく、入場したわたしたちは、バナード、ネアス、お嬢さま、わたしの並びで、最後列の長椅子に腰掛けた。

 その中で、バナードは一緒にいる面々の顔を眺めて首を捻ってた。


 「殿下はどうした?」

 「いえ、それが今日は登校なさってないようですわ。お立場がお立場なので仕方ないのですけれど…」

 「でも殿下のお陰でとてもよくまとまったんですから、やっぱり一緒に発表したかったですね…」

 『そうだねー、殿下の威光があれば高評価間違い無し!だもん……あれ?』

 「コルセア……あなたね」

 「流石にそれはひどいと思うよ?」

 「下衆の極みの発想だな、それは」


 長椅子に立ち上がって豪語したらフルボッコだった。場を和ますただのジョークじゃん。しくしく。


 「おばかなことを言ってないで、始まりますわよ。ほら、しゃんとなさい!」

 『ういーす』


 ざわついていた講堂が、次第に静まりゆく。長椅子がキレイに並べられ、学生が班ごとにまとまっている列の前に、おっきな演台がある。そこに学園長のじーさまが登って、一発演説かますのだ。


 「………おう、老いぼれにゃあこの寒さは堪えるから手短に済ますが、ま、気楽にやれや。これで人生変わるわけでもねえしな。以上!」


 どんがらがっしゃん。

 生徒には多分好評だろうけど、予想を遥かに越えて手短だった挨拶を受け、演台の下で学校の教諭陣がずっこけていた。そういやじーさまが学園長になったのって今年からだっけ。破天荒というかアナーキストというか。せんせ方も苦労してるんだろうなあ。


 「おじいさま……家の恥になるような真似をなさらないでくださいな……」


 そしてお嬢さまが隣で頭を抱えてた。ていうか、家の恥なんてもの気にするよーなじーさまじゃないでしょ、って言ったら泣きそうになっていた。そもそもじーさまの方がブリガーナ家の本質のような気がするんだけどなあ。

 まあそれはともかく、高等部の生徒たちが半年以上に渡って続けてきた活動の発表が、こうして始まった。

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