第101話・締めきり前の修羅場は所変われど様変わらず

 部室はピンと張り詰めた空気に満ちている。

 四人とも机に向かい、研究報告書を手分けして書いている。

 実験と議論に時間をかけすぎたせいで、報告書にまとめる時間が足りなくなってしまい、ようやく内容のとりまとめが終わったのが昨日のことだ。

 通常の授業を普通にこなし、放課後の僅かな時間で積み重ねた結果を報告書という形にまとめる余裕がほとんどない、ということに気がついたのが一昨日のこと。慌ててバスカール先生に相談に行き、しっちゃかめっちゃかながらも一応は明確な途中経過が呈示されている内容を見て先生は、呆れながらも報告書のまとめ方についてご指導くださったのだ。で、それが昨日のこと。いやこの件について先生を恨むのは筋違いだ。何せ、指導しているグループはわたしたちだけじゃないし、報告書のことだって活動立ち上げの時に知らされてはいて、単に班長のお嬢さま以下小間使いのわたしに至るまで、そのことをきれーさっぱり忘れてただけのこと。

 それでも、なんでもっと早く報告書のことを教えてくれなかったのだ、と特にバナードが文句言ってたものだけど。

 で、必然的に昨日から一心不乱に報告書を書くことに専念してる、ってことになる。ていうか締切まであと二日。終わるのかなー…。


 「コルセア、お茶っ!」

 『はいはいただいまー。お嬢さま、眠気を覚ます効果のあるモブノーブの実のハチミツ漬けをお茶請けにいかがですか?』

 「なんでもいいわよっ!」

 「コルセアぁ、こっちもお願い……」

 『ネアスはちょっと薄めにいれとくね。お菓子要る?』

 「うん、お願い」

 『はいはいー。で、殿下とバナードは?』

 「寄越せ!」

 「こちらにも頼む」

 『りょーかい、りょーかい』


 わたしは机から顔を上げようともしない四人の間を飛び回って給仕をする。そんなわたしの肩に引っかかったタスキには「お茶係」と書かれていた。用意を裏切らない働きを出来て嬉しい限り。


 「………」

 「………」

 「………………」

 「……っと、間違えた……」


 青颯期ももうすぐ終わり、という時期の学校の一室で、静かに熱心に、これまでの成果を書き綴る一同なのだった。




 「済まない、少し所用でな。今日は先に外させてもらう」


 お茶がもう一巡した辺りで、殿下がそう言って立ち上がった。

 返事も待たずに帰り支度をしているところを見ると、結構ギリギリまで作業してくれていたんだろうか。


 「殿下、でしたら送らせましょうか?」

 「いや、いい。走った方が早そうだ」

 「まあ、そんな……」


 見送りに立とうとしたお嬢さまを手で押し止め、殿下は荷物を抱えて部屋を出て行く。

 わたしたちはどうしようもなくて、ただその背中を見てるだけ……でもなかった。


 「コルセア。殿下をお見送りなさい」

 『ほぇ?』


 一緒にぼーっとなってたわたしに、お嬢さまがそう告げる。


 「お茶汲みはもういいわ。殿下をお一人で出て行かせるわけにもまいりません。学校の外までで構わないので、後を追いなさいな」

 『……お嬢さまのご命令とあれば、逆らうわけにもいきませんねー。じゃあちょっと行ってきます』

 「お前いつもアイナハッフェの言うこと聞かずにケンカになってるだろ」

 「バナードくん、ちょっとそれは……二人とも仲良いよ?」


 えらい言われようだと思いながらも、とうに部屋から姿の消えた殿下を追う私だった。バナードめぇ、後で覚えてろ。お嬢さまとわたしの間の絆は、あんたにゃ分かんねーのよ!

 文句の一つや二つ、後日言ってやんねーとと思いながら部屋を出ると、廊下の先に急ぎ足の殿下の姿が見える。

 もう活動している生徒も他にはほとんどいないのか、人気も疎らな廊下を、わたしは屋内で出せる最速で殿下の隣に辿り着いた。


 『殿下、お嬢さまの命によりお見送りしますねー』

 「なんだ、別に構わんのだがな」


 そうは言いながらも殿下は口元をややほころばせ、小走りめいていた急ぎ足を、早歩きくらいに緩めた。なんだかんだとお嬢さまに気遣われることが、嬉しくないこともないようなのだ。まったく、おかわいいところのある方だと思うのよね。

 その隣を飛びながら何か話でも、と思ったんだけれど、そういえば殿下には聞いておかなければいけない話があったっけ。


 『ところで、今日の用事っていうのは』

 「以前言っていた家庭の事情、だ。お前やアイナに聞かせるようなことでもない」

 『それは帝位継承権に関わる話なんでしょ?ならお嬢さまにも無関係ってことではないと思うんですがー』

 「………」


 殿下の足が止まった。まあいきなり、唐突に、しかも普段はアイドル的存在でこぉんなめんどーな話に首を突っ込むことなどなさそうな愛らしいコルセアちゃんが核心ついたみたいなことを言い出せば、そりゃ殿下だって面食らうよね。


 「お前それは随分と図々しくないか?」

 『そおですか?愛らしいのは間違いないでしょ?ほらほら』


 殿下の隣で宙に浮きながらいつもと変わらないぷりちーなお尻をふりふり。えい、悩殺してやるっ。わたしの想い、届けっ。


 「………いや、いい。歩きながら話そう」

 『なんで疲れたように先に行くんですかもー』


 顔の鼻から下を片手で覆いながら、肩を落として歩いて行く殿下の後を追う。

 ……ふと思ったんだけど、もしかして笑いを堪えてたんじゃないかしら、って、我ながら嬉しいんだか悲しいんだか分かんないことを考えてみたりして。

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