第100話・わたしたちの活動
第二師団であった出来事は、お嬢さま…にではなくじーさまに詳らかにしておいた。
お嬢さまに向かない話、ってこともあったけど、殿下の身辺のことで一言文句を言わねば気が済まなかったからだ。だって、運転誤るととんでもねーことになりかねないんだもん。こんなネタ勿体ぶって使うんじゃねー、あとちゃんと地位に見合った仕事しろ、って。
そしたらじーさま、こき使いおって…と、ぼやいていたけれど、可愛い孫のためだと思えばいーでしょ、と言い返したら相好崩してた。孫が可愛いのは三周目も今回も変わらんのである。一周目と二周目はいなかったけどさ。
で、お嬢さまには、『移籍交渉を持ちかけられました。断りましたけど』とだけ言って済ませておいた。「そ、そう」とだけ答えて安堵してたのはお嬢さまかわいー、と思ったけど、まあそれだけだ。
「……ネアス、触媒の様子から目を離さないように」
「はい、アイナ様」
実際、自主課題の方が大詰めでそれどころじゃない、ってのもあるのよね。
いろいろと実験の資料を検討した末に、やり方かえて再挑戦、て段階なのだし。
「コルセア、あなたは手出し無用ですわよ」
『分かってますって。バナード、がんばれー』
「ちょっ…静かにしてくれよ!集中してんだからさ…」
「バナード、コルセアが乗っている分を計算に入れないとうまく行かないぞ」
「う、うっす……」
……傍から見るとさぞや間の抜けた真似してるんだろうけど、今やっているのは部室の床に置かれた小舟にバナードとわたしが乗り、それを宙に浮かばせようとしているところだ。
小舟の各所の置いた気界散知の触媒によって、バナードが現界の小舟から暗素界の同じものに対して投げかけたものの、戻って来る反応を察知する。
暗素界の小舟の様子はこちらからは分からない。けど、「そこにあるはず」という反応と、実際に戻ってきた反応のズレを「小舟を浮かべる力」として援用することに違いは無い。
難しいのは、やっぱり暗素界そのものの様相が分からないことでどれほどのズレが生じているのかを直接捉えることは出来ないからだ。そこは気界散知の触媒によって細かく捉えることで、制御に乱れを生じないようにするしかない。
「…………っし」
こめかみから汗を垂らしながら、真剣な顔のバナードが小さく頷く。
小舟に同乗しているわたしは手出しをしてはいけない。今の気界の状況を察知してもいけない。
中腰で立っているバナードの様子が、ふと変わった。足下が少し揺れている。現界、暗素界の両者にある小舟の位置に揺らぎが生じているのだ。
「………(ごくり)」
「…………(あと少し、ですわ)」
「………」
でもそれだけじゃ足りない。揺さぶる程度のものではなく、確実に術者の意図を反映した動きにしないと、わたしたちの研究は成功とは言えない。
固唾を呑む一同のことなんかもう意識に入ってない、って様子のバナードの背中に、わたしは思う。がんばれ、って。
当初、この小舟を浮かばせる役はお嬢さまがするはずだった。
でもネアスと仲直りしたバナードが、「俺がやる!俺にやらせろ!」と言い出したのだ。
それはあるいは、ネアスにいーとこ見せようって下心があったのかもしれないけれど、ごく短い間に殿下とお嬢さまの手解きを受けながらも揺動効果の働きに関する論文を読み漁り、わたしにあれやこれやとレクチャーを受け、ネアスに気界散知の触媒の扱い方を伝授してもらい、何だかんだ言いながらも一番の適任者に躍り出てしまったのだ。
青颯期が、もうすぐ終わる。そんな時期に、バナードは男の子から一人の男になったのかもしれない。
(……なーんて言っちゃったけど、成功しないとカッコ悪いよ、バナード?)
一生懸命にバランスを取りつつ、気界からの反応に目を配ってる背中を見ながら思った、その瞬間。
「!」
見守っていた三人が、一斉に息を呑んだ。わたしのお尻の下の小舟は、揺れとしか表現出来なかった動きを、微妙ではあるけれど一つの向きに揃えると、ウロコの皮膚が確かに慣れ親しんだ浮遊する感覚をまとう。殿下が即座に伏せて小舟の下を確認。その格好のまま、右腕を突き上げた。
「成功だ!」
「…っしゃ!!」
ゴトン。
バナードが快哉を叫ぶと、固い音と共に小舟の中のわたしの体が一瞬浮いた。着地した衝撃で跳ねたのだった。うん、間違い無く上手くいったよ、これは。
「バナード、でかしましたわ!」
「やったね!」
「見事だ!」
『いよっ!千両役者!』
「意味の分かんねえ褒め方するんじゃねえよそこの赤トカゲ!あと痛えよ!」
あははは。
後ろから飛びかかって頭を囓ってるわたしを振り解くと、バナードは小舟から飛び降りて殿下に尋ねた。
「どんなもんでした?!」
「うむ、これくらい、だな」
「……そんなもん?もっと浮いたように思ったんだけどなあ…」
殿下が右手の指で示したのは、親指と人差し指をいっぱいに広げたくらいの間隔で、初めての成功にしちゃあ上出来だと思うんだけれどバナードは満足じゃなかったみたい。
「バナード、よくやりましたわ。お疲れ様」
「うん、すごかったよ!やっぱりバナードくんはわたしのお手本だね!」
「お、おー……ありがとよ」
素直に労うお嬢さまとネアス。バナードがいささか面食らってるよーに見えるのは、ネアスに称賛されたからじゃなくてうちのお嬢さまに褒められたからだろう。きっと。
『……考えてみたらお嬢さまがバナードを褒めるなんて場面、お目に掛かったことないし…あたっ』
「コルセア。わたくしがバナードに含むところがあるように見えますか?わたくしだって誇り高き伯爵家の娘。明らかな成果に称賛を惜しむことなどありません!」
『含むよーなところがあるのは事実じゃ…あひゃひゃひゃあっ?!』
後頭部を引っ叩かれた上に口の端を摘ままれて横に広げられるわたし。やめてお嬢さま。このキュートなお口が広がっちゃう。
「……何を言ってるのかしらねえ、この要らんこと言いのアホトカゲは。さあ、仰ってみなさいな。わたくしにどんな含む所があると言うのかしら?」
『
「聞こえませんわね。ということはあなたがわたくしに言うことは何もない。よろしくて?」
『……ふぁい』
「結構」
手を離されて地面に落下するわたし。こーいう時いつもならネアスが「まあまあ、アイナ様」って取りなしてくれるんだけど、お嬢さまがバナードに含むところ、ってコトに思い当たる点があるせいか、少し顔を赤らめてぽやーっとしてた。ええい、わたしの味方はいないのかっ!
「……ま、口は災いの元とも言うしな。少しは自重しろ、コルセア」
『うう、殿下まで……わたし一方的な被害者ですよっ?!』
「そりゃ盗っ人猛々しい、っつーんだよ。っかし、お前とアイナハッフェの漫才は見てて飽きねーなー」
そして何故か日本産のことわざで説教される。なんなの。いじいじ。
「あはは……大丈夫?コルセア」
『ネアスぅ…やっぱりわたしの味方はネアスだけだよ…』
「うーん、今日だけはアイナ様のお味方したいかな、わたし」
『ひどっ?!』
やっぱり味方はいなかった。泣きそう。
「ではとりあえずわたくしは、バスカール先生に報告して参りますわ。殿下、申し訳ありませんが、実験結果の取りまとめをお願い致します」
「ああ、任せておけ」
流石に実験成功を受けて沸き立つ心持ちなのか、常に無い上機嫌な足取りでお嬢さまは部屋を出て行った。残されたのはそんなお嬢さまを可愛らしく思う友人一同……あいや、一人だけ不気味なものを見た、みたいな顔になってたけれど。
「……さて、アイナに言われた取りまとめをしておくか。ネアス・トリーネ。記録を」
「はい、殿下」
「バナードは記憶の限りでいい。ネアスの記録を時間軸でこの表に起こしていくから、自分の術の内容を話してくれ」
「うす、殿下」
殿下は要領よく実験結果をまとめていく。
お嬢さまが大雑把でこーゆー作業に向いてない分、殿下は細かいことにまで気付いて実験中の些細な変化までを逃さない。殿下は謙遜していたけれど、実験を具体的な成果にまとめあげるという点では、お嬢さまの言う通り欠くべからざる存在だと思うんだけどなあ。
「コルセア。他人事みたいな顔をしていないでお前も混ざれ」
『はいはい。って言ってもわたしバナードの背中見てただけですけどね。気界にも暗素界にも一切力及ぼすな、って言われてましたしー』
「お陰で取りまとめる方は一苦労だよ。お前が気界の観測をしてくれればもう少し簡単に済んだのだがな」
『それは無いものねだり、ってもんですよ、殿下』
だってわたしが気界に干渉すると、実験結果に影響する、ってお嬢さまの話だったんだもの。わたしがそんなヘマすると思います?って尋ねたら、むしろしないと思える方が不思議でしょう?、と言われた時のわたしの気持ちが誰に理解出来ようかっ。
「ネアス、その時の三番の色は?」
「ええと……緋色から橙に移る途中でした。バナードくん、これ見えていた?」
「わり、集中しててそっちまで目に入らなかった」
「そっかあ……」
「そう残念がることもあるまい。バナードの術の効用も触媒で観測出来ているのだからな」
混ざれ、と言われてもこの状況でわたしに出来ることなんかない。ただ、熱心に話し合いをしている三人の顔とか背中をぼけーっと眺めてるだけだ。
「その時の気界からの応答強度は?いつもの指標通りでいい」
「えーと、三から四に……いや、四で」
「バナードくん、もう少し指標細かい方がいいかな?」
「今更変えても混乱するだけだって」
「だな。ネアス、散知の方で見直した方がいい」
「分かりました、殿下」
わたしはその中でも、真剣な顔で話をする殿下の横顔に見入っていた。その様子に、帝位継承権の争いなんて厄介ごとの存在をにおわせるものなんか何も無い。
(殿下と、いろいろ話し合う必要があるのかな)
成果を見せたことで沸き立つ部室内の空気をよそに、わたしはそんなことを考えざるを得なかった。
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