第99話・トカゲに謀略は似合わないんだってば

 『よいしょ。あ、お茶もう一杯お願いー』

 「………」


 心底悔しそうな顔してる、わたしを連行した衛兵さんに申しつけると、何も言わずにわたしの前のテーブルから茶碗を持っていった。


 『あと出来ればこのお菓子もひとつお願いねー。とても美味しかったわ、とシェフに伝えてちょうだいな』

 「増長するにも程があるだろうがこのトカゲがッ!!」


 本当に美味しかったから褒めたのに。他人の気遣いってものが理解出来ない野蛮人は困るわね。ぷんぷん。


 「言われた通りにしたまえ。一応今のところは客だ」

 『不本意ながらねー』

 「………くそッ!」


 手付きも足運びも荒々しく出て行く衛兵さん。更に扉もぶっ壊れんばかりの勢いで開け閉めして出て行った。

 それを見送ると、男爵さんに向き直り、改めてその容貌を観察する。

 三周目と変わらず、どっかの書記長みたいな立派なヒゲを鼻と口の間にたたえてらっさる。

 頭頂部は割と寂しげ。ただし、からかって遊ぶにはまだ足りず、かといって「ご立派な御髪ですね」と言ったらイヤミにしかならない。そんな半端な様相。

 軍隊生活が長かったせいか、体はがっしりして日焼けもしている。まあ、なんていうか、経歴通りの見た目だ。

 で、街中で会っても親しげに声をかける気には到底なれそうなおっちゃんに、わたしは衷心からの忠告をする。


 『部下の躾がなっていないのでは?』

 「彼は私の部下ではないよ。ビデル殿下からのお預かりではあるがね。なのであまりからかわないで頂きたい」

 『その割に楽しそうじゃない。あんたもなかなかのタマよね』

 「殿下の側にいるつもりなら、これくらいの挑発に一々激昂していては務まらんさ。丁度良い修行だ」


 それで恨みを買う方はたまったもんじゃねー。戻って来たらもう少し優しく対応してあげよ、と図々しいことを思いながら話を再開する。


 『で、うちのお嬢さまの許婚なバッフェル殿下と帝位継承権を争うビデル殿下派としては、この帝国全土に影響力を及ぼす暗素界の紅竜たるわたしに、余計な口を出すな、と。そういうことで?』

 「いや、全く。ただ、コトが煮詰まった際にあなたの力で全てをひっくり返されても困るのでね。保険に過ぎんよ」

 『なめられたもんねー、わたしも』

 「そうでもないと思うがね。帝権の定めるところを全てご破算にする力があると、そう目されているのだからあなどられているわけではあるまい?」


 そりゃ、ものは言いよう、ってやつなんじゃ。

 まあわたしとしては、過大に見積もられても侮られてもどっちでもいいんだし、別に腹が立ったりはしない。ただなー。


 『……一つ聞きたいんだけどさ。わたしに釘を刺すのって、うちのお嬢さまのこともあるんでしょ?家格はともかくブリガーナ伯爵家は財産は多く、帝国の経済の少なくない部分に手を伸ばしてる。それがバッフェル殿下の後ろ盾になるとなると、おたくの殿下にも面白くはない。そーゆーことでしょ?』

 「ま、誰が見てもそう思うだろうが。それで?」

 『それでなんでわたしに手を伸ばしたのかが分かんないのよ。何だったら公爵さまとか侯爵さまとか、もっとおえらい貴族さまならブリガーナ家なんて家格の低い家、なんとでもなるんじゃないの?』

 「……飼い主の家を悪し様に言うところなど、なるほど恩も感じられない畜生の所業か」


 吐き捨てるおっちゃん。わたしはケロリ。


 「ブリガーナ家は借金で帝国の名立たる名家の首根っこを押さえている。成り上がりの分際で、な。それを忌々しく思っている家も少なくない。そんな家を後ろ盾にしているバッフェル殿下を危険視する貴顕が、ビデル殿下の味方だ。貴様のような力しか無いトカゲの分際を怖れることなど無いが……だが、力には違いない」


 またあっさり馬脚を現したわねー。あんたの男爵家だって上の方から見れば塵芥みたいなもんじゃない。そんなものにおもねって大事なものを見誤るってのもかわいそうな話よ。

 ……なんてことをおくびにも出さず、代わりにあくびを出したわたし。むつかしーことわかんなーい、ってことを装って後ろ足で首筋を掻き掻き。


 「……ふん、所詮は力だけの存在か。恐るるに足りぬとはいえ、強大な力であるには違いない。手懐けたブリガーナの小娘の便利な道具になられても面白くはない。そこで、コルセア殿。取引をしよう」

 『取引?』

 「ブリガーナ家の庇護を出たまえ。代わりに当家で面倒を見よう。望むものならなんでも与えることを約束する。聞くとろによると、ブリガーナの娘には虐待に等しい処遇を受けていると聞くじゃないか。当家であれば、寝て過ごしたとて文句を言う者はおるまい」


 ま、多少は働いてもらうことになるが、という男爵のおっちゃんを、わたしは呆れた目で見る。

 えー、この人マジか?わたしを食客として迎えようなんて、確実に家のシンショ食い潰すと思うんだけど。いや別に食べなくたって死にゃしないけど、今のところわたしの最大の趣味でもあるしなあ。食べないと死ぬ。退屈で。そんな感じ。


 『いちおー聞くけど、わたしがブリガーナ家にいるとおっちゃんは困るのね?』

 「おっちゃん呼ばわりはやめてもらおう」


 いや、誰がどう見てもおっちゃんじゃん。おっさん呼ばわりしないだけまだマシってもんじゃないかしら。


 『わかった。おっちゃん。で、わたしの返事となりますとー』

 「……うむ」


 こめかみに青筋立てつつわたしを睨むおっちゃんに、わたしなりに凄味を利かせた笑顔を向ける。


 「………」

 『お断り。やなこった。あっかんべー。一昨日来やがれ。お好きなのを選んでちょうだいな』

 「………考えの足りぬ浅はかなトカゲめ」


 うん、もう韜晦すんのもめんどくせーので、思ったところをそのまんま述べるね。


 『おっちゃんさあ、初手から下手打ち過ぎよ。いきなり謀議の首魁が顔出したらダメでしょ。こんな分かりやすい構図見せつけられりゃ、いくら考えの足りないトカゲだって気がつくわよ。わたしがブリガーナ家にいるうちは、第二皇子派はバッフェル殿下には手出し出来ない、って』

 「……なんだと?」

 『政治ごっこしたいんなら、ブリガーナ家は相手にしない方が良いわよ。おっちゃんの言った通り、全てをひっくり返してしまう暗素界の紅竜がいるんだから』

 「脅すつもりか!?」

 『捉え方はそちら次第。んじゃねー、夕食が待ってるから帰るわー』

 「待て!」


 止める声も無視して椅子から降りる。トカゲらしく、四つん這いになって扉に向かった。自慢のぷりちーなお尻をふりふり。我ながらセェクスィ……。


 『……あ、ちょっと待って』

 「今度は何だっ!!」


 思い出したことがあった。立ち止まって振り返ると、こんな顔を多分チャーチルは見てみたかったんじゃないかな、って表情があった。


 『さっきのお菓子、すんげー美味しかったからお土産に頂けない?』

 「とっとと出て行けこのクソトカゲめがッ!!」


 お嬢さまに言われるのと全く違って愛嬌の皆無な「クソトカゲ」頂きましたー。あとで覚えてろ。そのヒゲ炙って無くしてやる。

 わたしはそう固く誓うと、陰気な印象しか覚え無い第二師団の本部とやらを後にした。建物そのものは割合最近出来たっぽい壮麗な石造りなのに、中にいる人間が陰険だとまとう雰囲気もそうなるのね。


 『さーて、お嬢さまー。約束通り夕食には戻りますから、たんとごはん用意しておいてくださいねー』


 聞こえるはずもないだろうけど、わたしは夜空にそう吼えてから、暖かいブリガーナ家の食卓に向けて、必要も無い羽ばたきをしたのだ。

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