第98話・面倒と厄介は頼んでもいないのに手を繋いでやって来る

 『で、わたしどこに連れてかれるんでしょ?』

 「やかましい。ついてくれば分かる!」


 いやそりゃついて行けば分かるでしょーよ。でもわたしは到着する前に知りたいんだってば。

 なんてことを言ってもどーせ無駄だろうと思ったので、衛兵二人に前後を挟まれながら大人しくついていく。

 この二人にしてみれば「連行」してるつもりなのかもしれないけれど、わたしが本気になればこのまま家に帰って美味しいごはんにありつくくらいのことは出来るのだ。ていうかお腹減った。


 『えーと。お腹空いたので何か食べるもの貰えません?』


 くれなかったらお前を取って食う、くらいのつもりで言ったら、後ろを歩いていた衛兵氏が、懐から出した干し肉をくれた。わたしに渡す時にすごく悲しそうな顔をしていたから、なけなしの給料で買ったとかの何か大事なものだったんだろう。ありがたく頂戴して丸呑みする。はぐはぐ。


 「……あまり調子に乗らないことだな」

 『それなんですけどね。わたしにこーして連行される覚えなんか無いんですよ。こぉんな清廉潔白で誰にも後ろ指指されない真っ正直に生きてる天真爛漫なコルセアちゃんに、一体どんな問題があるってんですか』


 呑気にそんなことを言ったら、前方を歩いていた衛兵氏に苦々しく舌打ちされた。いや言うてもわたしの方が舌打ちしたい気分なのに。


 理力兵団。

 帝国の軍隊において、対気砲術を扱う術者を一定数まとめて運用することを専門とする軍団だ。

 対気物理学の、最も目に見えやすい応用としての対気砲術の兵器としての質は個人の力の大小に拠るところが大きく、けど軍隊の道具としてはそれでは扱いづらいものだからある程度人数をまとめて部隊とし、部隊ごとに平均化することで軍隊として扱いやすいようにしている。

 理力兵団はそんな部隊を統括する組織であり、当然に対気物理学への造詣も深くなくてはならない。そして帝国国内で対気物理学の取扱いで危険があるような事態では、この理力兵団が真っ先に首を突っ込んでくる。

 わたしに関わりがあるのだとすればその点だ。ただ、いつぞやの校外実習でわたしが帝国にとって見過ごせない威力の炎を見せた件のことであるならば、その時は一応お咎め無しになったのだしそれ以前に一体何時の話なのよ、ってんだ。蒸し返すにしても、きっと何かろくでもない意図があって、これはその口実に過ぎないってことなんだろうな。まったく、面倒なことよね。ぷりぷり。


 で、お嬢さまたちの馬車の停車場とは正反対の、学校の裏手に連れて行かれる。まあ捕縛したモンを連れ出すなら裏口の方が話としちゃー分かるけど、あからさまにお嬢さまたちから引き離されてるようで、面白くない。


 『あんのー、なんか雰囲気悪いんだけど、これから何しよーっての。わたしが大人しく言うこと聞いてるうちに答えた方が身のためだと思うわよ?わたし、火だけでなく囓る方もけっこー……わぷっ?!』

 「召し捕ったーっ!!」


 なんだそれ。召し捕ったとかどっかの捕物帖じゃあるまいに、というわたしの文句は彼らに届かなかった。

 いやだって、まず口を塞がれてロープでぐるぐる巻きにされ、面食らってるうちにやっぱりロープで体をふん縛られた上に頭の方からずだ袋被されて転がされ更にその上袋の口を塞がれて……まあ要するに無様にとっ捕まってしまったのだった。我ながら不甲斐ないことだ。くっそぅ。


 「……よし!これでもう何も出来まい!連行するぞ!」


 どうも衛兵二人だけでなくて、その辺りに潜んでいたのが他に何人もいたらしい。それが一斉に飛びかかってきてわたしが唖然とするような手際の良さ。敵ながら天晴れである。


 「待て、手荒な真似はするな!事実かどうかは分からんが、傷つけると溶岩のような出血を伴うと言われた!」

 「たかがトカゲであろう?いかに最強の竜などといっても所詮は幼生だ。何なら足の一本や二本切り落としたところで……」

 【ちょー、ちょー。あんたたちこの国を滅ぼしたいわけ?うちのお嬢さまが言ったのは嘘でも誇張でも無いんだから滅多なことしない方がいいわよー】

 「なっ…?!」


 ふはははは。袋の外に感じる人の気配が全員絶句してやんの。口を塞いだくらいでこのわたしが黙ると思わないことね。


 【あんさー。せっっっかく言うこと聞いてやってんだから、わたしが反抗したくなるような真似しない方がいいわよ?身動きとれなくたって、出来ることには事欠かないんだからね。自ら発火してこの縛め解くとかその状態であんたたちに飛びかかるとか、何だって出来んのよ。分かったら今すぐここから出して。ほら出して!】

 「ぐ……くそ、本当に大人しくついてくるのだな?」

 【出してくれるんならね。あとこれからどこ行くのか教えてちょうだい】

 「……理力兵団の第二師団本部だ」

 【あと小腹空いたからなんか食べるものちょうだい】

 「調子に乗るなトカゲ風情が!」


 罵倒された。まあすぐに袋から出してもらったから、いいけど。

 にしても、第二師団をわざわざ選ぶってねえ……面倒なことにならなけりゃいーけど。いや、もうなってるか。




 「手荒な真似をして済まないね」

 『いえいえ。お茶菓子で歓待されては文句も一緒に飲み込めてしまう、ってものですわオホホホ』


 まあそういうわけで連れて来られた理力兵団第二師団本部ってのは、帝都の外郭に近い、ほとんど外と変わらない場所だった。悪巧みするには最適な場所だこと。

 そう嘯いてはみたけれど、それでもキレイな部屋に入れられて、お茶とケーキなんぞ出されれば機嫌の悪くなろうはずがない。


 『で、そちゃらの方がゆってたトカゲ風情を呼び出して、第二師団の長ともあろー方が何をお話しして下さるので?面白い話でしたら芸の一つくらい披露してもいーですけど。無礼な衛兵さんの火踊りとか。一瞬で炭になる師団本部とか』

 「はっはっは、流石名にし負う紅竜殿だ。冗談もまた一級品と見える」

 『いえいえ。怖いもの知らずにもその紅竜に槍を突き立てよーとする危なっかしい冗談には負けますわー』

 「はっはっは」

 『おっほっほ』

 「………」


 部屋の入り口の脇で、笑いあう師団長閣下とわたしの声を聞いていた衛兵さんが青ざめていた。

 ま、それは置いといて。


 「………」


 いまわたしと相対しているのは、青銅帝国理力兵団、第二師団長のブガト・フィン・ロムメルとゆーおっちゃんだ。

 フィン、と名前についているので分かる通り、歴とした男爵位持ちのお貴族さまでもある。

 ただ、どっちかってーとたたき上げの軍人、って趣きで、貴族っぽくはない。実際、実家を出て兵隊生活してたところに上の兄が三人とも病死して爵位と家が転がり混んできた、ってだけみたいだし。


 『……んで、第二皇子の腰巾着と目される第二師団長が、ブリガーナ伯爵家のペットに何のご用で?お腹空いたので早く帰りたいんですけどー』


 そんでもって、「ラインファメルの乙女たち」には登場しなかった第二皇子の腹心というか帝位継承権争いにおける懐刀とも言われてる。

 なんでこんなこと知ってるのかというとだな、三周目にいろいろゴタゴタがあったからだよっ!!……あーもー、あんときのことは思い出したくもねー。殿下だけじゃなくてお嬢さままで巻き込んでえらいことになりかけた。幸いあの時は殿下が帝位継承権争いから降りたので、大事にはならなかったんだけど。


 「そこまで理解しているのなら話は早い。バッフェル・クルト・ロディソン皇子殿下と手を切って頂きたい。それだけのことだがね。如何いかがか?」


 ……まったく。お嬢さまとネアスのことだけでも頭が痛いってーのに、まーた今般も厄介ごとになりそうでやんの。やってらんねー。

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