第97話・身柄確保されちゃうわたし
その翌日の自主課題の活動は、まずネアスとバナードの和解…?から始まった。
といって、二人が互いに「ごめんね」「いや、こっちこそ悪かった」という、当人同士にとっていろいろと思い深い言葉を交わしてそれで終わり、ってだけのもので、居合わせた他の三人は何も気にしてない風に見守るだけ。
でもそれでいいんじゃないかな。
「さて、活動もここから進展の速度を上げていきますわよ。年度終わりまでに一定の成果を残さなければ、次年度もこの活動を続けていくことは出来ないのですから」
そう、そろそろ目に見えた何かを残さないと、学年が上がった時に班は解散させられ、また別のグループを作らないといけなくなるのだ。
逆に先生方を唸らせるくらいのものを見せれば、研究に対する便宜が増やされたりもする。そして、卒業時の成績にも箔がつくのだ。
『っていうか殿下は次年度はどうするんです?』
「俺か?いや、特に何も聞いてはいないが。力になれるのであれば引き続き参加させて欲しいところだが、最上級生ともなると他事も出てくるからな」
「あら、殿下はもうこのアイナハッフェ班の欠くべからざる構成員の一人ですわよ。どんなご事情があるかは分かりませんが、何を置いてもこの班の活動には関わって頂きます」
「……それほど役に立っているとも思えないのだがな」
殿下はそう苦笑していたけれど。
ともかく、ちゃんとした活動を再開したアイナハッフェ班なのだった。
「ここんとこ。この変容見ると気界での揺動効果の揺らぎを把握出来るんじゃね?」
「……あら、確かに。ネアス、この気界散知の触媒の特性を確認してちょうだいな」
「はい、アイナ様。ええと……そうですね、こっちの仕様書だとそんな働きは無いみたいですけれど、こっちの触媒の特性と組み合わせると……うん、バナードくんの言う通りかもしれません」
「追試が必要かもしれんな……いや、他の記録とまず突き合わせてみよう。同じ記録があれば手間が省けるかもしれん」
「ですわね。コルセア、この両者の試験であなた何をしたか覚えてますわね?」
『もちろんですよー。ええと、この時は……』
その活動再開後、どーいうわけかバナードが妙にいろいろ鋭いところを見せて、これまでの実験結果を見直しているとドカドカと新しい知見が得られていた。
昨日あれやこれやとレクチャーしたのが効いてるのかしら、と思って会議中にバナードの方を見たら、向こうもこっちを見て若干気まずそうにしてたから、全く無意味だったというわけでもないみたい。それなら結構、結構。
「コルセア、聞いておりますの?」
『あ、はいはい。わたしが思うに揺動効果とか言うヤツはですねー……』
そしてわたしも、アカデミックな展開に気後れすること無く、この班の全員がちゃんとした結果を残せるように力とアタマを働かせるのだ。マジメな学生生活に万歳。
・・・・・
「ふう。今日は大分進みましたわね」
「ですね。お疲れさまです、アイナ様、コルセア」
「他人事みたいに言わないでちょうだいな。あなたも触媒の効果については次から次へと提案を出していたでしょうに」
「ふふ、ありがとうございます。アイナ様に褒めていただくのが、わたしにとって一番のご褒美です」
「何を言っているのよ、もう……」
……この二人、既にバカップルの空気を時折醸し出してるんですけど。
わたしは、「やってらんねえ」とばかりに並んで歩く二人の前方をふよふよ漂っていた。
日が短いのでもう暗くなっているところを下校する途中で。
男子二人はともかく、女の子がこんな夜道を歩いて帰るのは危ないと、お嬢さまはネアスを家まで送っていくことを申し出ていて、ネアスもそれをありがたく受けて、こうして校内の馬車置き場に向かっているところだ。
「コルセア。あなた何を拗ねているのかしら」
『別に拗ねてませぇん。お嬢さまとネアスがいちゃついてるからって疎外感覚えてたりしませぇん』
「コルセア。それどう聞いたって構って欲しくて拗ねてるだけにしか見えないよ?ほら、こっちおいでよ」
我ながら縦線でどんよりした顔を向ける。
なんかちょっと前よりお嬢さまとネアスの物理的距離も縮まってるように見えるのよね。この二人が一緒にいるときって、大概わたしもいるはずなんだけど、いつの間にこーなったんだか。
「わけの分からないダダをこねないでちょうだいな。いいからこちらにいらっしゃい」
『……うー』
差しのべられた手をとる。恐る恐る、という態で。そしたらば。
「ネアス。そちらの方をお願いね」
「はい、アイナ様」
と、お嬢さまに握られた手というか前脚というか、とにかく反対側の腕をネアスに掴まれた。
そして必然的に、わたしは左右の腕を掴んだ二人に挟まれる格好になる。
「これならあなたも寂しくないでしょう?」
「うん。このまま三人で帰ろう?」
『いや、わたしの言いたいことはこーゆーことじゃないんだけどね……』
尻尾が地面に着きそうな低空飛行で、わたしは右側にお嬢さま、左側にネアスに手を繋いでもらってた。なにこれ。捕まった宇宙人かわたしは。でもなんか悪くない。むしろ気持ちえー。ごろごろ。
「……撫でてもいないのに喉を鳴らすなんて、あなたそこまで…」
「ふふっ、いっそ歩いて帰りましょうか、アイナ様?」
「寒いしそれは勘弁願いたいところね……あら?」
そして、この壁の向こうが馬車の停車場、ってところまで来た時だった。
前方にしゃちほこ張った格好で立っていた、帝都の衛兵さんらしき人影が二つばかり、こちらを見つけると駆け寄ってくるのが見えた。
手に持った槍を構えこそしてないけれど、明らかにこちらを見据えて近付いてきており、一先ず対応を待たなければならなさそうだ。
「……ネアス。気をつけなさい」
「はい。何かあったんでしょうか?」
「それはまだ分からないわね。コルセア」
『お任せください、お嬢さま』
そして、それと認めてわたしの手を解放したお嬢さまとネアスの前に立ち、わたしは二人の衛兵が直前とは言い難い距離を保って静止するよう、睨みを利かした。
「……失礼。アイナハッフェ・フィン・ブリガーナ様とお見受けしますが」
二本足で立ち、睨め上げるわたしの視線に少し狼狽しながらも二人のうち先に立っていた方がそう声をかけてきた。ちなみにもう一人の方は、両手で槍を縦に携え、いつでもこちらに向けられる体勢だ。どっちかってーとお嬢さまとネアスに向けて、ではなくわたしに向けて、っぽいけど。
「如何にも。人定にしては物騒ですわね。わたくしに何か?」
「いえ、失礼をしました。あなたに、ではなくそこのトカゲを捕縛せよとの指示を受けておりまして。ご協力願えますでしょうか?」
「コルセアをっ?!どうしてですかっ!!」
お嬢さまではなく、ネアスが食ってかかったことに衛兵氏は面食らってか、半歩下がって暗がりにもはっきりと狼狽の色を見せた。
「ネアス、およしなさいな。それで当家の愛玩動物にどのような
「……アイナハッフェ様。あまりそう剣呑な物言いはお止め下さると助かります。いえ、捕縛は言い過ぎましたので訂正します。出頭要請が出ておりますので」
「どこから、ですの?」
「理力兵団です」
はて、とわたしが首を傾げるのと、お嬢さまが訝しげにこちらを見たのが同時だった。
目が合うと、アイコンタクトを交わす。
(あなた何をしでかしたんですの?)
(濡れ衣ですっ!……皇帝陛下に献上する予定のおかしをつまみ食いしたくらいしか心当たりありませんて)
(……いつの間にそんなことを)
(ネアスのお母さんのお店にお声掛かりがあったんですよー。献上前の焼きたてを見せてもらったらあまりにも美味しそうだったので、こう、包む前の焼き菓子を一つ、ぱくりと)
(あなた一度捕まえてもらった方がよろしいのではなくて?)
(お嬢さま、わたしが捕まると飼い主としても責任問われますよ?)
(そんなバカな真似しでかすペットなど、この場で放逐してやりますわよ)
実際にそんなやりとりが成立したかどーかはともかく。
『お嬢さまー。なんか誤解があるみたいなんでちょっと行って解いてきますね』
「大丈夫なの?」
『ま、なんとかなるでしょ。なので、そこで泣きそうになってるネアスのこと、よろしくお願いしますね』
「……こるせあぁ」
泣きそう、っていうか実際泣いていた。
「……分かりましたわ。そこな方々。うちのトカゲは下手にケガなどさせると、溶岩の如き血を流すと聞いておりますわ。
「……心しましょう。ご協力に感謝します」
どこから聞いたかしらないけれど、こうりゅうのにくたいのひみつ!……をお嬢さまは知っていた。話した覚えは無いんだけどなあ。
「ついてこい……いや、ご同道願おう」
でもま、わたしの口からじゃなくお嬢さまの口からそんな脅しが出たことで、わたしに対してすぐにも手荒な真似をする、ってことは無さそう。賢明な判断よん。脅しじゃなくて事実なんだから。
『じゃ、行ってきまーす』
「夕食の時間までには戻りなさいな」
『わたしがごはんサボると思いますか?』
「ま、ないわね」
そんな簡単に帰せるわけあるかっ!……って衛兵さんたちの声なきツッコミを受けつつ、わたしは意気揚々と連行されていくのであった。
だからネアス?お嬢さまに肩抱かれてちょっとほっこりしてるんじゃないっての、もー。
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