第81話・紅竜の告解(少年の日)

 『珍しいものを見た気がする…』


 登校してすぐ、バナードの姿を探してあっちこっち飛び回った結果見つけたのは、中庭の隅っこにある東屋で駄弁ってるバナードと殿下の姿だった。


 『何があったんです?殿下』

 「来たか。いや、バナードが死んだような顔になっていたのでな。心配になって様子を見ていた」

 「………」


 なるほど。駄弁ってたというより死んでいたか。まあ無理もないけど。


 『殿下、ここはわたしが引き受けますのでー』

 「そうか?俺が何を言っても答えてくれなくてな。そうしてもらえると助かる。頼んだ」

 『お忙しそうですね』

 「家庭の事情、ってやつだな。まあそのうち話せると思うが」

 『お大事にー』


 そこそこ本気でそんな声をかけたら、殿下は「何を言いやがる」と苦笑しながら立ち去っていった。ていうか、殿下の「かていのじじょうっ!」ってゆったら帝国の大事なのでは?


 『ま、話せるっていうんならそのうち話してくれるでしょ。おーい、バナードー?気持ちは分かるけどそろそろ生き返った方がよくない?』

 「おまえなあ……もう少し傷心の少年に対する気遣いってものをだな…」


 で、東屋備え付けのテーブルに突っ伏していたバナードに声をかけると、ゾンビも斯くや、って感じでのろのろと体を起こしていた。顔色は…まあ良いわけがないけど、昨日のネアスに比べりゃ大分マシよね。


 『男の子でしょーが。失恋の一回や二回、そのうち笑い話になるって!』

 「それで励ましたつもりなのか?」


 っても、冗談言える元気があるんなら大丈夫でしょ。まあ失恋ならわたしも人知れずしてるわけだから、気持ちは分からなくもない。とりあえず殿下が座っていた席に着地して対面する。


 「ネアスは?」

 『まあそれなりに。多分今日は空元気くらいは見せてくれるだろーから、あんたも調子合わせてあげなよね』

 「また難しいことを簡単に言ってくれるよな……ああもう、今日からどんな顔して話せばいいんだよ……」


 また突っ伏した。それで落ち着くんなら授業サボって付き合うくらいならしてもいーけど…って、なに?


 「……おい。お前言っただろ」

 『何を?』


 伏せたまま片手だけこっちに突き出し、手の平を上にして何かを要求する。思わずわたし、自分の手をその上に乗せる。お手?


 「ちげーよ!……その、慰めるくらいはしてやる、って言ってただろ。それ、頼む……」

 『あんたねえ…』


 いやそりゃ確かに言ったけどさ。でもそれはわたし自身に後ろめたいところがあったからそう言っただけのことで、本当にそうしてくれ、と言われても何をすりゃいいのか……しゃーない。


 『…これでいい?』

 「……ありがとよ」


 片腕に額を押し当ててる頭を、爪が引っかからないように注意しながら撫でてやった。わたしがここまでしてやるの、お嬢さまとネアスだけなんだから感謝するように。

 で、そのままの格好でしばらく待つ。

 芳麦期も半ば。冬にあたる青颯期の気配も濃くなってきたこの時期、ファメルの向こうにある北嶺から吹き下ろされる風は強くはなくとも冷たさを覚える。遠目に見る山々の峰が白くなるのもそう先の話じゃない。

 ……そういえば、三周目に帝国を後にしたあとは、何十年かあそこで過ごしたなあ。帝国の周辺が慌ただしくなって戦争の気配が濃くなると、北嶺の向こうから帝国に侵入してくる人間が増えてうるさくなったから退去したんだっけ。


 「おい。今の状態って俺がすげえかっこ悪くないか?」


 遠くを見ながらそんな風に物思いに耽っていると、いつの間にか手が止まってバナードの後頭部に前脚を乗せてるみたいな格好になっていた。

 なるほど、言われてみれば悪さをしたバナードを、わたしが押さえつけてるみたいに見えなくも無い。っていうか確実に傍からはそう見える。それはそれで楽しい。


 「楽しくねーよっ!お前全っ然慰めになってねーじゃねーかっ!」

 『おっと。や、でも元気は出たでしょ?』


 わたしの前脚を撥ね除けて起き上がったバナードの顔は大体いつも通りの、ちょっと考えは足りないけれど元気で主人公の女の子をひっかき回す、勢い任せの男の子のそれに大分戻ってた。それはまあ、「ラインファメルの乙女たち」において主人公をやってたわたしが割と思い入れを抱いてた表情そのものだったから、わたしは安心して悪党面になる。といってもドラゴンが「ニヤリ」とすりゃあ大概の人は慄く悪い顔になんだけど。


 「慰めるっていうんならさあ、もっとこう、なんかあるだろっ?!優しい言葉かけるとかっ、楽しい話でもしてくれるとかよー!」

 「んー、まあそういうのは売り切れたので。これで勘弁して」


 添い寝するとかも含めて、その手のはネアスに全部やってあげちゃったからなあ。あとバナードにしてあげられることなんていーとここんなもんだ。


 『(かぷり)』

 「…………おい。どういうつもりだ」

 『なぐふぁめてやってんのよ。もんくある?』

 「…………手に噛み付いて慰めるだ?意味わかんねーよ!」

 『そこはふぉれ』


 と、バナードの手から口を離して、無邪気な笑顔のわたし。


 『幼生の竜だし?これがせいいっぱい』

 「がんばれよっ!そこはもう少しがんばれよっ!!」


 あはは。笑顔で誤魔化されたりはしなかったか。そんじゃ、しゃーないわね。わたしの、数百年分の年の功、ってやつで報いてあげるか。


 『そうだね。がんばったよ、バナード』

 「え?」

 『あんたはさ、秘めた想いをそのまんまにせず、伝えることをやった。誰だって一度くらいはそれをするものだけど、溜めていた時間が長い分だけ、それをするのも大変だったし、それがかなわなかった衝撃も大きいよ。それを伝えることが出来たあんたは……うん、立派な男の子だ。誰が褒めてくれなくても、わたしだけは褒めてあげるよ。がんばったね、バナード』

 「…………」


 わたしはね、バナード。

 するべきことをしたつもりで、それは本当に大切なものを守るには全然足りない、って過ちを犯した。

 後で気がつかされて、やり直す機会を与えられただけ、わたしはまだマシだよ。

 わたしみたいにやり直すことも許されないのに、あんたは真っ向から自分の気持ちを認めて、それから逃げることをしなかった。

 だから、あんたはえらいんだよ。わたしなんかよりも、ずっとね。


 「………ちくしょう、ちくしょうっ!!」


 懺悔にも告解にも似たわたしの胸の内など知らず、バナードはただ立ち尽くして号泣した。

 何年も抱えて、それに耐えかねてかこみ上げるものを抑えきれずにかは分からないけど、表に出したことで自分だけじゃなく好きな女の子まで傷つけた。

 きっと、それは後悔にも近い、苦い味わいなのだろう。

 だから、バナードは泣いていた。人目の無いことを幸いに、腹の奥底から絞り出すみたいに、泣いていた。


 「俺はっ……あいつが好きだった…好きだったんだよっ!!」


 そうだね。

 いつか、そう思っていた自分を誇りに思える日が来るよ。

 だから、謝っておくね。

 ネアスと引き合わせて、そしてあんたからネアスを奪っていく悪いドラゴンを許してね。バナード。

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