第82話・紅竜の告解(働いた分食べ、食べた分働くのが我が矜持)
結局、バナードがグズるのに付き合って午前中の授業はサボることになってしまったから、お嬢さまのところに戻ったのはお昼休みになってからだった。
「お疲れさま」
『実際疲れましたー……』
だってなー。若人の恋にかける情熱とかとまんま向き合うのって、オトナにゃ結構キツいものあるもんなー。まあわたしの正体知らないお嬢さまにそんなこと言っても仕方無いんだけどさ。
「お腹が空いたでしょう?食堂に行きましょう」
『お?あのー、今日はいつものダイエット弁当は?』
「たまにはいいでしょう。労に報いるのも主の務めだもの」
……お嬢さまの物わかりが良すぎてコワイ。いやまあ、バナードをそのまま学食に連れ込んでまた醜態晒されたらたまったもんじゃない、とか考えてるのかもしれないけど。
でもわたしは胃袋の奴隷なので、くうくう鳴ってるお腹を抱えながらふらふらとお嬢さまについて食堂に向かう。
『あれ?そういえばお嬢さま、ネアスの方はどしました?』
「あの子、今日は休みみたいなのよ。あなた昨晩一緒だったのでしょう?学校にも出てこられない程酷い状態だったの?」
『うーん……』
今朝、ネアスの家を出るときはにっこり笑って見送ってくれてた。多少は無理してたにしても、無理出来るくらいなら学校には出てこられると思うんだけど。
『……心配でしたら後で見に行ってみましょうか?』
「それがいいかもしれないわね」
そういうことになったので、放課後はまたもお嬢さまには同行せず、わたし一人で様子を見に行くことにした。
で、ちょうど食堂に着いた。
おべんと持ち込みで食事する生徒もいれば、セルフサービス式の料理を頼む生徒もいる。貴族の子供も通う学校とはいえ、本来は実力主義の学校で平民の生徒も少ないからこういうところは割と偉ぶってない。
うちのお嬢さまもそんなやり方にはとっくに馴染んでいて、当たり前みたいな顔でトレーを手に調理場のカウンターに連なる列に並ぶ。わたしも同じく、自分のトレーを持ってお嬢さまの後ろに浮かんでた。
……冷製に考えると結構シュールな光景のハズなのに、もうこの学校では珍しがられてもいないのは良いことなんだか悪いことなんだか。
『……お嬢さま、わたし好きなもの頼んでもいいんですよね?』
「一品だけなら構わないわよ。一品だけなら」
『……やけに一品を強調してくれますね。わたしそこまで意地汚くないですよ?』
「先日同じこの場で空の皿を山にしてた大食らいが何を言うのかしら。わたくしと一緒に学内で食後の運動をしたいというなら構わないけれど?」
『今日はシクロ肉のステーキが食べたいですねー。血も滴るくらい分厚いヤツ』
お嬢さまに煽動された生徒たちに襲いかかられた記憶が蘇って日和ったわたしへの、そんなもの置いてあるわけがないでしょう、ってお嬢さまのツッコミは、なかなか列が進まず苛立つ腹ペコの若者たちに一時の安らぎを与えたようなのだった。
「あなたはいいわね。そうやって欲望の赴くままに行動しているだけで人気が出るのだから」
失礼ですね。一応計算くらいしてますよ。あざとさとか。
『ごちそうさまでしたー!』
皿に残ったソースの一滴まで余さず平らげ、わたしはシクロ肉のステーキを完食した。
注文が聞き入れられた時の「なんでそんなものがあるのっ?!」……ってお嬢さまの悲鳴はなかなか心地よかったけれど、これには理由がある。列に並んでいた時のわたしとお嬢さまの会話を聞きつけた厨房のひとが、お馴染みのわたしのために学校の来客用に取り置いてあるお肉を用意してくれたのだ。
ふふん、この学食はわたしのテリトリー。お嬢さまを出し抜くなんて容易なことなのだよ。
「やめなさい、お行儀の悪い。皿を舐めるなど、いくら竜といってもやり過ぎですわよ」
『それバナードにも言われましたけど、わたしからしたら、どうしてダメなのか分かんないです。ゴハンを最後まで残さず食べるのは生き物の義務なのに』
「残さず、っていうのはそういう意味ではないでしょうが」
食後の茶を頂くお嬢さまは、姿勢も正しくまこと隙が無い。時々このお澄ましを崩してさしあげたくなるけれど、学校でそれやると大惨事なのでやめておく。
『……にしても、けっこーお高いお昼ゴハンになりましたけど、お嬢さま大丈夫ですか?』
「先ほども言いましたけれど、バナードの面倒を見てくれた褒美ですわよ。気にしないで構わないわ」
『そですか』
流石に深皿に水を張って、それをペロペロ…ってのも品が無いので、わたしは食後のお茶もなくお嬢さまと二人掛けの席で向かい合わせのまま、じっとしてる。
それが間が保たない…ってのはまあ、当然聞かれるだろうことを聞かれないことを、わたしが気にしてるからなんだろうけど。
『お嬢さま』
なので、こっちから切り出すことにした。
「なによ」
『バナードのことですけど。聞かないんですか?』
「………」
無言でティーカップを置くと、お嬢さまはいささか物憂げに目を逸らした。
『お嬢さま』
「……わたくしには口を出す権利はありませんわ」
『権利、ですか。それってネアスとバナードの関係に、お嬢さまも何かしら関わりがあってこそ出る言い分だと思うんですけど。そーいうことでいいですか?』
「解釈は如何様にも」
………なんだかなあ。ここ最近のお嬢さまとネアスの仲睦まじいトコ見せられると、「やっぱそーいうことなのかなあ」って思わずにはいられないんだけど。
ただなー、紐パン女神の思惑通りに動いてるってのが面白くないのと、あとはこのまんまだといろいろ不義理かますことになりそうーだなー、っていうのが、一番わたしとしてはひっかかるんだ。
だってさ、ネアスのことを後悔したのが四周目の発端なのに、今度は違う後悔とか生み出したくないもん。ネアスとお嬢さまのことは大好きだけど、それ以外を壊したくもないんだもん。
『お嬢さま』
「……なによ」
だから、さ。
『やっぱり、学校終わったら、ネアスの顔一緒に見に行きません?』
そうしてもいいっていう覚悟は、お嬢さまからわたしに与えて欲しいんだよ。
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