第80話・紅竜の告解(うちのお嬢さまは日本一!…なんか違わね?)

 んでまあ、ネアスの家から二度目の朝帰りをして帰ってきたわたしは、自分から言い出したくせにお嬢さまに「この放蕩トカゲ…どうしてくれましょうかっ!」って謂れ無き罵声を浴びせられてしまったのだけれど。ほんとネアスもコレのどこがいいんだろう?


 「何よ。何か文句でもあるのかしら?!」

 『いえ、クソとか腹黒とか放蕩とか、わたしのあだ名も随分増えたなー、って感心してたところですー。全部お嬢さまが名付けの親ですけど。ありがとうございます、お母さん。わんわん』

 「イヤミもそう悪気無く言われると腹も立ちませんわね。ほら、もうすぐ登校の時間なのだから支度をして来なさい」

 『あの、その前にゴハンを…』

 「(じろり)」

 『……なんでもありませぇん』


 いくらなんでも、昨晩の状況を経てネアスん家で朝食頂いてくる程わたしも神経太くないやい。

 玄関で仁王立ちをしてるお嬢さまの隣を、演技でもなくフラフラと通り過ぎてったわたしを流石に気の毒に思ったのか、登校の馬車の中で食べられるおべんとを手配してくれたお嬢さまだった。もう大好き。




 「それで?」

 『ふぇ?』


 馬車の中はわたしとお嬢さまだけ。

 当たり前だけどネアスは一緒ではない。まあわたしの知ってる限り、四周目の今回は昔っからずっとそうみたいだけど。


 「あなたをネアス・トリーネのところに送り出したのだから、何があったのかくらいは教えて然るべきでしょう?ま、ネアスなどに然程興味はありませんけれど、登校の間の時間を潰す役にくらいは立つでしょうから、お話しなさいな」

 『………あのー、お嬢さま』

 「………なによ」


 手に持ったサンドイッチを一度見下ろし、名残惜しみながら残る半分をぽいっと口の中に放りこむと、そのまま丸呑みした。すりおろしてオイルと合わせた香草のソースが、シクロ肉のハムと一緒に良い仕事してたのに、勿体ない。


 『んごくん……いつもなら馬車の中でも熱心に教科書読み込んでるのに、今日に限って退屈装ったってしゃーないでしょ。話さないとは言わないんですから、そーして無意味にツンデレ決め込まないで、もー少し素直になってくださいってば』


 ネアスがいない時は割と素直なんだから、とまでは言わなかったけれど、何の気も無さそうに窓の外を眺めてたお嬢さまは、居心地悪そうに居住まい正してわたしの方に向き直った。


 「……生意気を言うものではありませんわ。わたくしはネアスの心配をしているのではなく、班の和を乱すようなことになったら活動に支障が…」

 『そーいうのいいですから。えーと、じゃあわたしが勝手に話します。独り言なんで、お嬢さまはてきとーに聞き流しておいてください』


 なんかもう面倒になった。あー、リアルツンデレは面倒くさいだけ、ってほざいてた輩とネット上で大喧嘩したことあったけど、今になってその気持ちを理解出来るとは思わなかった。いくら美少女でも面倒くさいのは面倒くさい。ツンデレは離れて見るに限る。


 『ネアスはですねー、バナードに告白されたらしーんです。あ、お嬢さま。告白って意味分かります?悪いことしましたので許してください、ってヤツじゃないですよ?お嬢さまには馴染みないかもですけど、愛を囁かれて言うなれば「俺のものになれっ!」て迫られるよーな按配の、アレです。それでですねー…』

 「ちょ、ちょっと待ちなさいっ?!……その、聞き捨てならないのだけれど……つ、つまりネアスは……バナードと……契りを交わした……と?」


 契りて。また時代がかった物言いをするなあ、と思ったけど、よく考えたらこの世界て現代日本(て意識もとうに薄れちゃいるけどね)からすれば時代劇みたいなもんだし、別におかしくないか。

 いや、ていうか。


 『お嬢さまー、何を想像してそんな顔を赤くしてるんですか。もしかしてネアスとバナードがその場でニャンニャンしちゃったとか考えてんじゃないでしょうね?大概お嬢さまもムッツリスケベですねー。いくらなんでも先走りすぎですって』

 「……にゃんにゃん、とか、むっつりナントカとか、意味は分かりませんが馬鹿にされたことは分かるわね。それで何が言いたいの」

 『要するにですね、ネアスは……バナードのその告白断っちゃったんですよ。早い話がバナードはネアスに振られた。そゆことです』


 で、仲の良い友だちの気持ちを受け入れられなかった、ってネアスは昨日一日苦しんでいた……って付け加えると、お嬢さまは複雑な…複雑怪奇な顔になっていた。少なくとも一周目から含めても、今までに見たことの無い表情だ。なんてゆーか、ショックは受けているんだけど、それを出すのを堪えていることを隠しているような?…うん、わけがわからん。


 『お嬢さま?どうかしましたか?』

 「い、いえ……ただ、となると少し厄介なことにはなりそうですわね……同じ班内でそのような男女のいざこざがあったとなると……コルセア」

 『はあ』


 ただ、そんな状況もそれほど長続きはしなかった。お嬢さまは真面目な顔に改まり、暗素界の紅竜を従えるに相応しい威厳をもって、こうお命じになった。


 「バナードの方、頼みましたわよ」

 『……は?』

 「は、じゃないでしょう。あの二人の間にどんなやりとりがあったのかは分かりませんが、長く秘めていた恋が破れた、となればいくらあの元気な子でも少なからず堪えるものはあるでしょう。あなた、事情を多少なりとも知っているのなら、気に掛けておやりなさいな」

 『……は?』

 「だから、は?でなくて。よろしくて?」

 『……はあ』


 ……なんていうか、面倒事を押しつけられた、って感想より先に、お嬢さましっかりしてるなあ、って感慨を抱いたわたしなのだった。やるじゃん。

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