第79話・月の下の懺悔
ネアスは、遠回しに話をしたり大事なことをなかなか言い出せずに口ごもったりせず、きっぱりと話を切り出すことが多い。
だから、自分の部屋で相手を前にして言い淀んでいるような、こんな姿は珍しい。
「………」
流石にもう泣いたりはしてないけれど、わたしをベッドの上に置いて自分は机の前の椅子に腰掛けたまま顔を伏せていて、まだ何かを話せる様子じゃあなかった。
別に時間はあるんだから、わたしとしてはこのままでも構わないんだけど……ベッドから降りて、ネアスの足下にてくてくと二本足で歩いてく。そんなわたしの様子にネアスは気がついてないみたいだった。
でも、俯き両手を乗せた膝に手を掛けると、流石にこちらを向いて「どうしたの?」って感じに首を傾げる。
『ん、ちょっとね……よいしょ』
「…コルセア?」
悲しげな瞳と視線が一度交わり、でもわたしはお構いなしにネアスの足の上に飛び乗った。重くてごめんね。
『話しづらいようならさ、わたしのことぬいぐるみとでも思って、独り言のつもりで言ってみなよ。ネアスが返事欲しくなるまで黙ってるから。ね?』
「……うん。ありがとう、コルセア」
図々しくも自分で除けたネアスの両手を、お腹の前に持ってきて組ませる。ネアスに抱っこしてもらう時のいつもの体勢だ。うん、割と落ち着く。ネアスもそうだといいんだけど。
「…………」
黙ったまんまなのは今までと一緒。
でも、後ろ頭の当たってるネアスの胸の奥には、話すべき言葉を選んでいる様子があった。
『………』
だからわたしも、黙ったまま。流石にじっとしているのは落ち着かないので、尻尾や羽をもぞもぞさせるけど、その度にネアスはわたしが収まりよいように動いてくれて、何度かそんなことをしてると居心地も良くなって、とうとう…。
『……ぐう』
…寝てしまっていた。不覚もいーとこだろ、わたし。
『………んあ?』
目が覚めたら知らない布団の中だった。いや、ネアスの匂いがしたからネアスの寝床なんだろうけど。
『………あー、寝ちゃってたか。何やってんだか、わたし…』
もぞもぞと頭上に這い上がって掛け布団の端から首を出す。
「起きた?コルセア」
したら、目が合った。
ネアスの家は職人としては裕福な方だけど、家が大きいとはいえない。その中でも娘のネアスに自分の部屋が与えられてるんだから、ベッドもめちゃくちゃ広いってわけでもない。
だから、ネアス一人が横になっているところにわたしが混ざって、ベッドから落ちそうになっていた。
『あー…ごめんね、邪魔しちゃった』
「ううん。泊まってくれるって言ったから、大丈夫だよ」
『ていうか、話聞くってゆったのに、寝転けるとかわたしもどーいう神経してんだか……自己嫌悪』
「そうでもないよ。コルセアが…」
と、布団の中から腕を出し、ネアスは枕の端っこにアゴを預けてるわたしの頭を撫でる。
「一緒にいてくれたから、落ち着くことが出来た。ありがとうね」
『……んー、まあそれなら少しはお役に立てましたか、お姫さま?』
「アイナ様を差し置いてお姫さま、って言われるのはなんだか悪いなあ……」
ネアスの優しい手付きに、わたしはまた眠気を催して目蓋が落ちる。すとん、って感じに。いやいや、それどころじゃないだろ。
『話、する?』
ネアスの側の目をどーにか開いて見やる。
部屋の中は灯りも消えてて、カーテン越しの窓の外も月明かりで薄ぼんやりと明るいだけだ。
夜になっても賑やかな職人街がこんなに静かなんだから、もう時間としては遅いんだろう。そんな頃まで起きてわたしが目を覚ますのを待ってたのかな、ネアスは。
「うん、そうだね。そのつもりだったものね。じゃあ、コルセア……わたしね、バナードくんに……告白されちゃったの」
『……うん』
まあそういう話なのは分かってた。にしてもバナードのヤツぅ…行動早すぎでしょ。相談受けた次の日に突撃するとか、思い切りがいいにも程があるっての………いや、あの子はあの子なりに、早いところ楽になりたかったのかもね。だったら結果は分かってるって教えちゃったわたしにも責任はあるのか。
わたしの横目から視線を逸らさず、身体ごとこちらに顔を向けていたネアスは、そんなわたしの逡巡というか後悔というか、したくでも出来ない懺悔めいたもやもやを嗅ぎ取ったのか、わたしの頭の上に置かれていた手の指を、額とか頭とかのでこぼこに添うようにゆっくりと前後させる。あー気持ちえー…じゃなくて。
「コルセアは何かしってるの?」
『知ってるっていうかねー……ごめん、昨日の昼にバナードから相談されてた。ネアスのことが好きなんだけど、どうしたらいいのか分からない、って』
ほんとはもう少しアレな内容だったけど、まあそこは全方位が傷つかないように濁しておく。
『わたしはさ、ネアスの気持ち知ってたもの。お嬢さまに心を寄せてるって、本人から聞かされてたもの。だから、バナードが苦しいなら止めはしないけど、その想いがかなうことはないよ、ってハッキリとは言わないで、ただにおわせてはしまった。思いとどまるかなー、って思ってたのに、意外とバナードもさ、強かったのか弱かったのか、行動に出ちゃったんだね。そしてそれがネアスを苦しめることになっちゃったのなら……ごめん』
「ううん、それはいいよ。本当に一番いけないのはわたしなんだから。バナードくんは大切な友だちで、本当ならわたしにとっても幸せに思えることだったんだろうけれど……わたしは、アイナ様が好きって、自分で決めちゃったから……」
『それもわたしのせい…』
「ちがうよ」
聞いていられなくなって目を瞑ったわたしの頭に、ネアスは顔を、っていうか唇を寄せてそっと触れさせた。
何が起こったのか…ああいや、何かと考えの足りないトカゲに口づけとか、普通に親愛の情を示しただけだよね。わたしがその気持ちに適う存在かどうかは分かんないけどさ…。
「前も言ったけれど、わたしのこの気持ちはコルセアが植えてくれて、わたしが自分で育てた気持ちなんだよ。そうでなかったら、わたしなんか勝手に気のせいにしちゃって、アイナ様とも適当に距離をとって、それで」
『バナードの告白にも真っ赤になって、「はい」とかって頷いちゃう?』
「あはは…そうかもね。ううん、きっとそうだったと思う……わたしは、バナードくんのことは友だちとして本当に大事に思ってた。だから、彼をこんなにも苦しめてしまうことがすごく…………つらっ、い………っ……ひぐっ……ごめ、ん……バナードく、ん……ごめんね……わたしが、ぐすっ………アイナ様のことを好きだったから………ごめんなさい………」
『………うん』
その場面を思い出したのか、ネアスはまた泣き出してしまう。
でも、いいよ。
今は、わたししかいないから。この世界で、この夜に、ネアスが泣いてしまったっていう事実とその理由を知っているのは、わたしだけなんだから。
声を忍んで泣くネアスに、わたしはそっと寄り添う。狭いベッドの中で、大切な友だちが泣いている時に、その子を一人にせずにいられるということはとても幸いなことなのだと。
わたしはなんとなく、パレットと名乗っていた自称女神に、感謝する気になっていた。
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