第78話・少女の涙に

 『あ、あの…どうしたの?ネアス。もし誰かに泣かされたのならわたしが…』

 「う、ううん、そうじゃないの。ただわたしが……ぐすっ…」

 『ちょ、ネアスぅ、あなたに泣かれるとわたし困るよぉ……お願いだから笑っあべしっ?!』


 「ったァ!!」


 対気砲術にしては珍しい質量弾に弾き飛ばされたわたしは、頬にクソ重くて丸いモンをめり込ませたまま廊下の端までぶっ飛ばされた。普通に痛かった。


 『……ぐ、うぐぐ……い、痛いじゃないの誰の仕業よっ!!』


 打ちつけられた壁からずりずりと床に落下すると、一緒に落っこちた質量弾の正体に目が行く。砲丸のふた回り小さいサイズの鉄球だった。

 対気砲術の遷移反応で構築された弾体じゃなくて、現界の物質を圧力で飛ばすタイプの砲術だ。こんなやり方するのはこの学内でもそう多くは無い。誰の仕業かくらい、見当が付く。

 …いー度胸だ。このわたしを本気にさせて、タダで済むと思うなよぅ……。

 わたしにコレを撃ち込んだ輩の姿を探す。いた。二年生のナントカいう男子生徒だ。


 「……ひっ?!」


 ひと睨みして口からチョロと火を吐くと、目が合ったその男子は顔を青ざめて後ずさった。くくく、その身に暗素界の紅竜の怖ろしさを刻みつけてやぶっ?!


 「捕まえましたわよこの無駄飯喰らいッ!!……あ、ミスティス先輩。ありがとうございました。このお礼は改めて当家から人を遣わしますので、今日のところはこれで……おらついてきなさいクソトカゲ!!」


 今日は狙い過たず頭蓋の頂点を直撃したお嬢さまのゲンコツは、間違い無くわたしに痛恨のダメージを与えていた。

 それにしてもクソトカゲて…伯爵家のお嬢ともあろーお方がなんつー品の無い……。


 「誰のせいだと思っているのですか誰の!!」

 『……あい。わたしのせいですね。なのでお嬢さま…羽持って引きずるのは勘弁して頂けるとぉ……ネアスぅ、助けてぇ……』

 「………」


 わたしの憐れっぽい目を向けられてもネアスは悲しげに頭を振るばかりで、口の動きだけで「ごめんね」と言ったのは分かったけれど、何がそんなにネアスを悲しませているのか見当は……残念ながら、ついてしまった。




 まあ結局無罪放免とはいかなかったけれど、学食でバナードにしこたま奢らせて腹を満たす姿を多数に目撃されてお嬢さまに恥をかかせた、という件については「今度やったら……ええとええと……ただじゃおきませんわよ!」という、何の具体性もない、ただお嬢さまの人の良さが明らかになるだけの叱責でお終いになった。

 そしてわたしも『あい。もーしません。しょぼーん』って項垂れてみせたら温情判決が下った、ってトコなんだけど。顔が見えないからって「計画通り」と悪い笑顔になったりしてないやい。わたし、そんなに迂闊じゃ無いもの。

 それで午後の授業は大人しくお嬢さまの隣で過ごし、放課後になってさあ課外活動だ、って時にネアスがお嬢さまの席にがやってきて、こう言ったのだ。


 「……あの、アイナ様。申し訳ありませんが、今日はわたしは帰らせてください」

 「何か用事なの?」

 「え、ええ。その、少し」


 お嬢さまはそれだけで何かを察したのか、「わかりましたわ」と理解を示し、「早く帰って休みなさいな」とその上こんな優しい声までかけていたのだった。

 そしてネアスが教室を後にすると。


 「……行っておあげなさいな」

 『いいんですか?』

 「何かあったのは分かりますわ。あなたとネアスの間でだけ分かるということもね。さっきチラチラとあなたの方を見ておりましたでしょう?」


 だって。まあなんていうか、見えないところではとことんネアスに甘いよね、お嬢さまも。ツンデレにも程があるわ。

 ともあれ、お嬢さまの許可も出たので、わたしは教室を出て行ったネアスの後を追ったのだった。


 『ネアスぅ!』

 「え?」


 玄関のところで追いつくと、わたしは声をかけた。

 振り返ったネアスと宙に浮いてるわたしの視線は同じ高さ。目が合う。やっぱりまだ赤かった。教室からここまでまた泣いてたのかな。


 『一緒に帰ろ?』

 「……アイナ様は?」


 ここでお嬢さまの気遣いとかを詳らかにするとまた話がややこしくなりそうだ。今日あったことをネタにさせてもらう。


 『わたしのことあんなに叱るお嬢さまなんか知らない!やっぱりネアスが一番だよ!……ってことだから、今日は泊めて。家出してやるんだから!』

 「あ、あはは…家出なんかしたらまたアイナ様心配するよ?」

 『大丈夫!……たぶん。なのでお邪魔します(ぺこり)』

 「……うん、そうだね。わたしも、コルセアが一緒の方がいいかも。それじゃあ、行こっか」


 仲良く手を繋いで…ってわけにはいかないけれど、並んで下校する、ネアスとわたしだった。

 まあ、気が重くないことも、ない。

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