第77話・逃げるドラゴン、追うお嬢

 「コルセア。あなた具合でも悪いのではなくて?」


 その日の夕食時、じーさまを除いた全員が揃ったブリガーナ伯爵家の食卓で、わたしはお嬢さまに異な事を言われた。ちなみにじーさまは学園長としての仕事が切羽詰まってるとかで、普段何も仕事なんかしてなさそうなあのじーさまにしては珍しいこともあるもんだ、と素直な感想を述べたら一家全員が苦笑していたから、身内の評価もわたしとそう変わんないのかも。


 『具合?生まれてこの方絶好調を維持し続けてますけど。そう見えます?』

 「だってあなたが夕食のお代わりをしないなんて、天変地異の前触れと思われても仕方無いと思うわよ」


 うんうん、とまたもや揃って頷く伯爵家ご一家。わたしどー見られてんの、とじーさまの件を棚に上げてわたし、不満顔。


 『別にどこもおかしかないですって。ただ、思ったよりお昼ごはんが重かったので、もう入らないってだけです』

 「重い?あなたのお弁当はいつも通り少なめに盛ってもらっておいたはずなのだけれど。おかしいわね」


 お腹周りは元通りに戻ったとはいえ、気を抜くんじゃ無い!…とか言われてダイエット食は継続中なのだった。お陰で学校が終わる頃には最近目眩もしてたので、栄養を補充してくれたバナードにはふかぁく感謝するところのものである。

 いやまあ、それはともかく。


 『いえ、ちょっとおやつとして食後に軽い食事を。お嬢さまには迷惑かけませんから大丈夫ですって』

 「…………」


 お嬢さまの目があからさまに胡散臭いものを見る目付きになっていた。これは確実にどっかに面倒かけてるな、と。失礼な話である。


 『人助けした見返りみたいなもんです。ほら、たまには浮世の束縛を離れて欲望を満足させたい時ってあるじゃないですか。それですよ、ソレ』

 「それは否定はしないけれど、あなたの欲望を満たしたとなると相当のことがあったと思わずにおれないのよ。明日わたくしが学校で後ろ指さされることにでもなっていないか、心配だわ」

 『まあ目撃者は語る、みたいなことはあるかもしれませんけど、心配には及びません。大体彼とわたしの間でそんな遠慮とかありませんから。ね?』

 「彼ぇ…?……本当に大丈夫なんでしょうね?後になって、あの時吐かせておけば良かったッ!!……なんて事態にならないことを願うわよ、もう」

 『はいはい。お嬢さまは心配性ですねー。あ、わたし今日はこれで満腹なので、お先に失礼しますねー』


 椅子から飛び降り、居並ぶご一家にペコリ。

 礼儀正しくあざといわたしの所作に、お嬢さまを除く一家はメロメロなのだ。

 そしていつも通りにこやかに見送られて、わたしは自室にひっこんでいった。あ、歯磨きして寝ないと。



   ・・・・・



 「クぉぉぉルセぁぁぁぁぁぁッッッ!!お待ちなさいーッッッ!!」


 翌日、昼休みの時間になったらわたしはお嬢さまに追い回されていた。

 わたしは今日、じーさまが何してるのか気になって学内のあっちこっちを彷徨っていたから、午前中はお嬢さまと顔を合わせていない。てことは、お昼前に昨日何があったのか聞かされてお嬢さま的にそれは許しがたい真似だったらしい。まったく。見解の相違というものはどの世界にも存在する普遍的な騒乱の源なんだなあ……。


 「昨日吐かせておくべきでしたわっ!!あなた衆目のあるところで何てことしてくれるんですのっ!!」

 『お嬢さまー、校内を走ったりしたら危ないですよー』

 「やかましいっ!!今日という今日はその意地汚さを再教育して無駄飯ぐらいを出来なくさせてええとええとそれから…」


 わたしを追いかける速度を落としてまでばりぞーごんを考えるお嬢さま。普段汚い言葉使わないからそーいうの向いてないのになあ。

 わたしはこの機に逃げおおせることも可能なところを、わざと飛ぶスピードを下げてお嬢さまが諦められないように調整。そうそう、お嬢さまもたまには全力疾走した方が美容と健康のためにはいーですよー。


 「あなたまた失礼なこと考えているでしょうっ!!ええい、こうなったら……そこの駄トカゲを捕まえた者には……卒業まで学業に必要な触媒をブリガーナ家が提供することを約束しますわっ!手伝いなさいっ!!」

 「「「「「………っ?!」」」」」


 げ。とーとーお嬢さまカネにもの言わせた手段を選びやがった。普段そんな真似しないのに、そこまで……やばっ、いくらわたしが空飛べるからって、飛び道具を全員持ってる学内じゃそのうち撃ち落とされるっ?!


 「急ぎなさい!」


 天井の高い建物の中、わたしを見上げる視線がギラついてきて身の危険を覚える。何カ所かで既に触媒が励起する反応が見えた。決断早すぎるでしょあんたたちっ!


 「あッ!逃げたぞ!」


 そら逃げるわい、と窓に向かおうとしたらそこには既に追っ手が待ち構えている。しかも手にした触媒は反応が高まっていて、今にも一発カマそうか、って勢いだ。

 こいつぁヤベェ、と反転。お嬢さまに向かって突貫を開始。


 「なっ?!」


 そして狙った通り、身を庇ったお嬢さまをかすめるように通り過ぎると、お嬢さまはわたしを追いかける群衆に巻き込まれていた。


 『へへーんだ!お嬢さまここまでおーいでーっ!!』

 「このバカトカゲ!帝都から逃れられると思うんじゃありませんわよ!!」


 また大げさな。そこまでする程のこっちゃないでしょーが、バナードにメシおごらせたくらいのことで。

 でも本気になったお嬢さまは自分の周囲だけでなく、わたしの足下で何ごとかと騒いでいた学生たちを先ほどと同じように煽動すると、これまた同じように触媒の反応が立ち上る。うーん、これ逃げるなら味方探して助け求めた方が…ええと、わたしの味方ってーと……いたぁっ!!


 「まだ逃げますか!コルセア今すぐ戻ってきて謝れば三日間ゴハン抜きで許して差し上げますわよっ!」


 じょーだんじゃない、三日間ゴハン抜きて精神的に死刑じゃないですかっ。

 わたしは廊下を上昇、下降を繰り返して逃亡。それは追撃の火線を受けないように、って学内でそんな真似するのか?と疑問に思われるかもしれないけど、この学校の学生はそーいう意味では半端ない。腕だって確かだから、当てられると確信して撃てば、大体当たる。なら当たると思わせないように、と普段ならぜってぇしないような機動をしながら、目標地点の……。


 『ネアス助けてっ!……お嬢さまが…………どしたの?』


 …ネアスの所に辿り着いたら、そのネアスが。


 「え?……あ、ご、ごめんねコルセア……わたし今ちょっと……ぐすっ…」


 泣いていたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る