第76話・これから失恋する男の子
そんで、ビアール先生から計画書の修正内容もオーケーが出て、アイナハッフェ班の活動も方向性が改まった。
その過程でわたしがお嬢さまにあーだこーだと問い詰められた件は忘れることにする。
……全部吐くまでおやつ抜きとか、うちのお嬢さまは鬼だ!鬼ババアだ!……って言ったら鬼婆じゃなくて夜叉の面になって屋敷中追い回されたんだけど、それも含めてもう思い出したくない。
「なんだよ、随分景気の悪い顔してんな。どうしたんだよ」
『あんたにゃ理解の出来ない苦労ってモンが世の中にはあんのよ、バナード…』
昼休み、お嬢さまのもとを離れて学内をふらふらしてたわたしは、暇そーなバナードに声をかけられて世を儚んでみせた。そしたら不満げにぶーたれてたけど、普段使わないアタマをフル回転させられたわたしのひろーこんぱいが分かってもらえるとも思えず、適当にお愛想言ってその場を去ろうとしたんだけど。
「あ、おい待てって。ちょっと相談があるんだけどさ」
『そおだんんんんー?あんたがわたしにぃ?どんな風の吹き回しよ』
「そこまでめんどくせー顔しなくてもいいだろ?メシ、おごるぞ」
『今日この時よりあなたはわが主……如何様にもお取り扱いくださいませ…』
恭しく着地し頭を垂れたわたしに、バナードはめんどくせー、って顔色を一層濃くしてた。なんでよ。
「だって冗談でもお前の主とかになったら、アイナハッフェがうるさそうだしさあ」
ごもっとも。まあでもおごりはちゃんと頂くけどね。
『足りない』
「ちょ、おま……おい、どれだけ食うんだよぉ…ここのメシって高いんだからさあ、ちょっとは遠慮ってもんを…」
『うっさいわね。どーせ奨学金もらってんでしょ。そこから出せば良いじゃない』
「これだから金持ちに飼われてるヤツは……あのなあ、一応限度ってもんがあって飲食は上限があんだよ。教材や研究の資材購入は割と緩いけど」
『そーいうもんなの?』
だったら悪いことしたかなあ、と学食のテーブルに山と積まれた空の皿を見上げて八分目のお腹をさする。ダイエット云々でまたお嬢さまに叱られるかもしれないけれど、これはわたしの交友関係で得たゴハンなので文句を言われる筋合いはない、と思ったんだけど、こーなるとバナードからお嬢さまに文句が行くかもしんない。
なら精々相談とやらには誠意をもってのってあげよーか。
わたしはそう思って、最後のお皿を脇に避けた。このトリ肉のソテー、ソースの甘味と辛味が絶妙で最高なのよね……ぺろり。
「やめんか、いじましい。お前って金持ちのペットのクセしてそういうところ意地汚いよな」
『出された食事には全力で敬意を払うよう教育されているのよねー。で、相談ってなに?これだけ食べさせてもらったんだから、わたしで出来る話ならなんでもするけど』
「それだけ食ってハイサヨナラされたんじゃあ涙も出ねえよ。で、話ってのはさ…」
『うん』
声を潜めて姿勢を低くするバナード。必然的にわたしも前屈みになり、鼻先に話しかけられるよーな格好になる。ナイショ話するんならこんな人の多い場所でわたし相手じゃ良くないんじゃない?
「ネアスのことなんだけど……って、なんで目を逸らす?」
そして持ちかけられた話は当然と言えば当然の話で、後ろ暗いところのないでもないわたしは気まずくならずにはおれなかった……だってさあ、ネアスの気持ちは知ってて、それをぶっちゃけるわけにいかないじゃない。『あんたがご執心の女の子は、わたしのご主人さまにおネツなの!』とかって。しかも同性だし。わたしだったらショックで卒業まで引きこもるわ。いや引きこもったら卒業出来ないけど。
「おい、出来る話ならなんでもすんだろ?こっち向けコラ……って、もしかして出来ない方の話だったか?」
『ん、そんなわけじゃないけど。で、ネアスがどーしたの?』
「あ、ああ。その……なんか俺ってさ、アイツのこと……まあ、好きだろ?」
『そーいや前にそんな話したわね。まだ抱え込んでたの?』
「そんな簡単に行くかよ!……で、まあ何年もそんな状態でよ。なんかもうさ、いろいろぶちまけてしまった方がいいんかなあ、と思ってさ……どう思う?」
『うーん……』
恋する少年の真摯な悩みは、多分ネアスには伝わってない。そーいう意味でネアスがバナードを意識してない、ってのもあるけど、根本的な理由としてはネアスがこーいう方面にはとんでもなくニブいからだ。他人から寄せられる好意に対して、特に。
まあこれは本人の性格とゆーか、乙女ゲーの主人公としてのフォーマットだから、どうこうしようがない。
ただなあ……この件ほっといてネアスが自分の恋心貫くってのも、多方面に不誠実な気はするんだよね。バナードはお嬢さまへ突っ掛かることが多くて、それはお嬢さまがネアスをいじめてるのでネアスを守るため、ってつもりなんだろうし。
で、お嬢さまとネアスは最近割と、仲が良い。いやキャッキャウフフの世界ではないにしても、以前に比べて間にある空気が穏やかだ。
ネアスが物怖じせずお嬢さまに話しかけてたのは変わんないけれど、お嬢さまの方があまりムキにならずに「仕方ないですわね」ってむしろ楽しそうにしているから。
……そんなん見たら、バナードとしてはそりゃ焦るよなあ。自分のやる気が向かう場所見失うし、加えてお嬢さまに嫉妬してる、ってのもあるのかもしんない。本人が自覚してるかしてないかは別として。
なので、ここでハッキリさせとく、っていうのは重要イベになると思う。ただ、一つだけ確認しておかないといけないことはあって、だね。
『……バナード。まーネアスは多分気がついてないだろうから、ちゃんと言葉にするのは大事だと思う』
「え、もしかして脈の有る無し以前の問題なのか?じゃあもしかしてちゃんと伝えたら…」
『最後まで聞け。あんたがネアスを好きなのは分かるけど、それをぶちまけるのって、一体誰のため?』
「誰って……そりゃあ……誰のためなんだ?っていうか、誰のためとかなんとかって、意味のある話なのか?」
『わたしが気にしてるのはね』
と、舌をペロリ。口の端に残ってたソースの味がした。
『ぶちまけてしまって楽になりたい、ってだけならオススメはしないわよ、って話。そりゃあんたはスッキリするだろーけど、そう言われてネアスはきっと悩むと思うよ?』
「悩むってどういう………ああ」
気がついてしまった、ようだった。
コクられて悩む、っていうのは……まあそういうことだもんね。
「……あのさ、一応聞くけどネアスの…その、好きなやつって……」
そんで、顔を曇らせたバナードは当然聞きたいことを聞いてくる。
『わたしの口からは言えないわ。あんたが名前を挙げたとしても、否定も肯定も出来ないし』
「…………そっか。ありがとな」
なんで礼を言われるんだろ。きっと幾らかは傷ついただろーに。
わたしとしても割とケンカはするけどバナードはキライなんかじゃないし、今の問答で傷心を託つことになるとしたら、罪悪感覚え無いでもないなあ…。
そんで、多分相手も想像ついたんだろうと思う。雑に見えて他人の気持ちには敏感なコだから。
『……どうする?あんたにはキツいかもしんないけどさ、慰めるくらいならしてあげるよ?』
「急に優しくすんじゃねーよ。惨めになるだろが」
『別に惨めなんかじゃねーわよ。男の子がそーいう気持ちになるのって、悪くないと思うし』
「そっか」
はあ、と大きなため息をついて、バナードは天井を仰いだ。
昼休みもそろそろ終わるということで、引き上げていく生徒たちで賑やかになってる。注目は…まあ、思ったよりも浴びてない。きっと自分たちのことでそれどころじゃないんだろう。
「……わかった。ネアスにはちゃんと伝えてみるよ。俺もさ、お前が言うみたいに自分がスッキリしたいだけ、って指摘はグサッときたけど、なんかそうしなけりゃ何にもならねーって思うし」
『そう。そこまで考えてのことなら……止めはしないわよ。がんばってね』
「おう」
ふっ、とドキリとするよーな爽やかな笑顔だった。
まあなー…三周目は、ネアスとくっつけたろかと思ったこともあったわけで、こんなことになってなけりゃ素直に応援する気にもなるんだけどな。
……やっぱり、わたしが悪いことした結果なのかな。これも、さ。
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