第69話・紅竜の家出(家に帰る時間です)

 『ネアス、どういうこと?』

 「うん。コルセアが持ち込んだ思い出、っていうのはわたしも大切にしたいと思ってるし、それに影響を受けたからってアイナ様への気持ちが変わることは無いんだけど……もう少し焦らないで楽しみたいかな、って」

 『楽しむ…?えーと、それって楽しめるものなの?』


 抱きとめていたわたしから離れて、ネアスはわたしの両の上腕(もはやトカゲの上腕とかややこしいことを考えるのは止めた)に手を掛けたまま、イタズラっぽい笑顔でこちらを見下ろしながら言った。


 「楽しいことに決まってるよ。コルセアが一生懸命に、わたしはアイナ様のために励んだ結果でしょう?それがいやなことのわけないじゃない。楽しいことに決まってるよ」

 『大事なことだから二度言ったのかもしれなけど……正直わたしには一方的だと分かってる恋って苦しいものだと思うんだけどな…』

 「ふふ。コルセアも恋をしたことがあるの?」

 『まあ、無いってことは無いけど』


 人間だったころにね。それも、今割と近くにいる人相手にだけど……だなんてことは、とても言えやしない。


 「それは素敵だね。そのうちコルセアの恋の話も聞かせて欲しいな」


 なので、それは勘弁してもらいたい。それにしてもまあ。


 『……女の子って恋バナ好きだよね、ホント』

 「女の子はお茶とお菓子と恋の話があれば一生生きていける、ってどこかの本で読んだことがあるなあ。あ、あとね。別にわたしにとって勝ち目も何もない恋ってわけじゃないと思うんだ」

 『それもまた、どゆこと?』

 「……分からないの?わたしがそう思える理由だって、コルセアがわたしに与えてくれたものの中にあるんだけれど」

 『?』


 本っ気で分からなくて右に左に三回くらい首を捻ったら、ネアスが呆れたみたいな顔になって椅子に腰掛けてしまった。しょーがないじゃない。わたし生前は女朴念仁の名高いにぶちんだったんだもん。本人は認めてたわけじゃないけどさ。


 「うん、まあいいよ。でも、わたしが今の状況を楽しんでるってことだけは覚えておいてね?合宿の時にあれこれコルセアにもみっともないとこ見せちゃったけれどね、いろいろ考えて、昨日今日とアイナ様のお顔を見て、そう思ったから。心配したり申し訳なく思ったりしなくてもいいんだよ」

 『ネアスがそー言うんならいいけど……本当に、無理はしてないんだよね?』

 「大丈夫。あんな恥ずかしいことまで言っちゃったんだもの。今更コルセアに隠し事なんかしたりしないよ」

 『それが本当ならわたしには嬉しいことだけどね……』


 わたしをまっすぐ見下ろしてるネアスの表情は、やっぱりいつものイタズラっぽい笑顔をたたえている。

 そーいえばネアスってばお嬢さまにどんなに邪険にされてもにこにこしてて、お嬢さまも面食らったっていうか空回りした挙げ句、ネアスのことについては「しかたありませんわね」って意外と楽しそうに納得しちゃうもんなあ。

 四周目はお嬢さま・悪役令嬢ルートを辿っているとずうっと思っていたけれど、実はそこの点が「ラインファメルの乙女たち」本編との一番の違いだ。ゲームでは、ネアスつおい、で押し切られてしまった後は苦虫を一ガロンくらい噛み潰したみたいな顔になって悔しがり、それで余計にネアスに対抗心滾らせると同時にプレイヤーは溜飲下げたもんだけど。

 そう思うと、改めて納得してしまう。わたしは、乙女ゲー「ラインファメルの乙女たち」とは違う世界にもう生きている。三周目の思い出だか記憶だかを持ち込んでしまってはいるけれど、ゲームの筋立てとか設定に拘ったり囚われたりする必要は無いんだなあ、って。

 それはとても嬉しいことである反面、舵取りについてはもうチートまがいな真似が出来なくなることを意味する。

 明らかに、わたしの周りに人間関係は三周目までとは異なる様相を示してる。

 お嬢さまと殿下は前みたいにベッタリ甘々バカップルでもないし(かといって反目しあってるわけでもないけど)、ブリガーナ前伯爵のじーさまが高等学校の学園長だなんて立場にもなってるし。

 それ以外にも細かいとこを挙げてったらキリは無いだろーけど、要するにそういうことなんだろう。


 『……本当に、いまさらだなあ、わたし』

 「え?どうしたの?」

 『うん。そんなに難しく考えた自分がバカだったなあ、って思って。ほんと、ネアスの言う通りだよね。わたし、バカだった』

 「そんな!コルセアはばかなんかじゃないよっ?!」

 『あの、言ってることがさっきと全然ちがうんだけど』


 わたしのツッコミにネアスは、あはは……と、始めて気付いたように苦笑。こーゆーところも可愛い子だなあ、とつくづく思う。


 『ま、ネアスの気持ちは分かったよ。お嬢さまもどう考えてるか分かんないけど、わたしはネアスを応援するからね。それだけは約束するよ』

 「ありがとう。ふふ、二人でアイナ様を落とそうね?」

 『言い方ー。でもま、殿下のこととか伯爵様のこととか、いろいろ大変だろーからそれは覚悟しておいてよね』

 「うん。相手にとって不足はないよ」


 フンス、と腕まくりでもしそーな勢いで細い腕に力こぶを作るみたいなポーズになる。合宿最後の日にあれだけ取り乱してた子が随分とパワフルになったものだ。わたしよりよっぽど先に行ってしまってる。

 そういえば、殿下といえば…いやあんま関係ないけど、バナードはこれで失恋確定かー。気の毒だとは思うけど、もともとネアスの方も「仲の良いお友だちっ!」って接し方だから悪く思うんじゃないわよー。


 「よし、と。じゃあ話もまとまったことだし、コルセア、今日は泊まっていくんでしょ?」

 『そうだね。一緒に寝てあげる、って約束したものね。わたしは約束を守る竜なのだ』

 「……なんだったらずっと一緒でもいいんだよ?」

 『お嬢さまが何て言うかかなあ…。ネアス、お嬢さまとわたしを取り合う覚悟ある?』

 「それはかなわないと思うからやめておくね。それにアイナ様には、もっと大事なものを頂くつもりなんだから!」

 『うふふ、がんばろーね、ネアス』

 「うん!」


 ……そういうことになった。

 これでわたしの家出とゆーか、考え事タイムは、お終い。明日からまた、今までと変わらないようで変わった日々が始まる…………のだと、この時浅はかなわたしは思っていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る