第68話・紅竜の家出(とある暮夜の密かな決意)
「わたしはね、コルセア」
理由もなく怖じ気づくわたし。
ネアスは確かに……本当に優しく美しく思える笑顔をうかべてる。もともとキレイな子だったけれど、今はそこに凄絶とも形容し得る迫力があった……って、まあ要するにわたしに後ろめたいことがあるから、そう見えたんだろうけどさ。
『な、なに?』
なので、一歩後ずさってネアスが立ち上がる様を見守る。するとわたしよりも少し目線が上になり、部屋の灯りを背にしたネアスの表情はよく見えなくなって更に迫力が増す。あかん、わたしこのままネアスに尻尾掴まれて振り回されたり両足つかまれてジャイアントスイングされたりするんだ……。
「そんなことでコルセアを叱ったりしないよ。ほんと、ばかだねコルセアは」
『バカなの?わたし』
「ばかだよ。コルセアにしてもらったことで、わたしが怒ったりするって考えてるところなんか、特にね」
そうなのかな。
ネアスの意志に拠らずして、ネアスの気持ちを象ってしまったわたしの所業は、間違い無く罪と呼べるものだと、思っていたんだけれど。
「コルセア。どんなことがあなたとわたしたちにあったのかは知らないけれど……コルセアのしてくれたことでわたしはアイナ様を好きになった。そのことに間違いは無いんだよ?それが前回とかよく分からない事情があってのことでも、なんだ。コルセアの言う、わたしとアイナ様、そしてコルセアが仲良く暮らした世界があったとして、でもそれはわたしと無縁の世界なんかじゃない。コルセア、わたしはね?わたしはわたしで選んで、アイナ様を好きになったって思ってる。例えそれが別世界のわたしの選択に影響を及ぼされたんだとしても、だよ。わたしがアイナ様を好きでいるこの気持ちは、確かに、間違い無くわたしのものなんだ」
『……そう、なの?』
「そうだよ。コルセアは、別世界のわたしが不幸な最期を遂げたって思ってるのかもしれない。そこのわたしはやっぱりアイナ様を慕って、でもそれはかなわなかったのかもしれない。それでも、そのわたしは後悔なんかしてないって思うよ」
『なんでそんなことが分かるんだよぉ……』
「わかるよ。だって……」
と、涙目で滲んできたわたしの視界の中で、ネアスはわたしのお腹に手を当てて、笑っているように、思える。
「わたしの大事な友だちが、一生懸命に頑張っていたことに違いは無いもの。別世界のコルセアでも、今わたしの目の前にいるコルセアでも。だから、わたしには分かる。コルセアはずうっと、アイナ様とわたしの一番の友だちだから、その友だちが頑張ったことでわたしもアイナ様も、迷惑に思うだなんてこと、あるわけがない」
『ネアスぅ……』
……かっこわるいなあ、わたし。
一人で頑張ってきたつもりだけどさ、少し話しただけでこうして見透かされちゃって。
そんで、嬉しいんだか悲しいんだか分かんなくて泣けてきて、そいでお腹をなでなでされて、安心しちゃってる。
もうどうしていいのかわかんなくて、机の上で腰を抜かしたように、立ち上がりもできないわたし。
そんな腰抜けドラゴンのお腹を、文字通りその前世からの友だちは愛しげに撫でている。っていうかそんなにさすられると、お腹痛いの?ってお母さんに心配されてるみたいじゃんかぁ……あ、そう思ったら余計に泣けてきた。わたし、人間だった頃って家族には恵まれてなかったもんなあ。
「コルセア、泣かないでよ。わたしの内にある、あなたがくれた思い出の中のコルセアは、いつもわたしやアイナ様を『しょうがないなあ』って感じに見守ってくれてたと思うもの」
『……ぐすっ。それ、ネアスとお嬢さまがまだ小さかったころだけどね。それにわたしが泣いてるのはそーいうことじゃないもの』
「そうなの?」
うん。でも、これはまだ言えないし言う機会は来ないで欲しいとも思うから、この世界がどっかのデタラメな女神が作ったかなんだかした世界で、わたしはそれを外から眺めてた立場だった、だなんてことはもう忘れることにする。
その代わり、わたしはトカゲの涙なんかを指で拭って、ほんのり嬉しそうにしている友だちの女の子ともう一人の大事な友だちを、この紅竜の身を以て守っていこうって決めるのだった。
「……あ、そうだコルセア。わたしね、一つあなたに言っておきたいことがあって」
そんな密かな決意を抱いたわたしとは関係無く、割と呑気な様子で、ネアスは今思い出したみたいな軽い調子で言ってきたのだけれど。
なんだろ。ネアスがこーいう風に言う時って大概は楽しい提案なんだけど、五回に一回くらいとんでもねーこと言うからなあ、この子。
「わたし、今すぐにアイナ様とどうこうなりたい、とか考えるのは
『え?』
……そいで、これってどっちに該当するのかなあ。楽しくはないけどわたしの決心とかそういう良い感じのものをご破算にしかねない物言いな気もするんだけどぉ。
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