第51話・招かれざる客との丁々発止
『わたしわるくないです。以上ッ!!』
「以上!…で終わるわけないでしょうこのおバカっ!!……申し訳ありません、うちのペットが粗相を…」
『お嬢さまぁ、ペットの粗相とか言われるとわたしお漏らししたみたいじゃないですか。失礼しちゃうわ』
「お黙り」
漫才みたいなやりとりは、場の空気を和ますことなど一切無く、学園長室に集った三人の人間と一匹のドラゴンは顔をしかめたり知らん顔をしたりと勝手な振る舞いをしている。
「……と、本人が言っているので、これで済ませたいところなのだがの」
「お祖父様まで何を仰ってるんですか、もう……」
その中で学園長せんせーであるブリガーナ前伯爵は、比較的呑気な口調でそんなことを言っていた。ただし、孫娘たるお嬢さまには、その眉間のシワを増やす効果しか無かったみたいだけど。
「…………はあ」
そして、派遣されてきた理力兵団の役人っぽい人は、ため息をついてこの世の終わりみたいな顔になっていた。わたしにどーしろってのよ、もー。
すっっっかり記憶の彼方にうっちゃっていたけど、校外実習の際にわたしが打ち上げたデッカい花火の件で、今更聞き取り調査の手が入っていたのだった。調査、っていうか、事情聴取をしたいからブリガーナ家預かりの紅竜は理力兵団本部に出頭しろ、って命令が来たわけなんだけど。それにしても、一件からどんだけ過ぎてるっての。お役所仕事にも程があるトロい対応だ。
「……で、改めて確認したいのだがのう。お前さんらはうちの孫娘が大変可愛がっておるいたいけなトカゲの子どもを、どうしようというのかね?」
「いや、学園長。いたいけなトカゲの子ども、などという可愛げのある存在ではないでしょう?青史にも記録の希な紅竜ですよ。およそ暗素界に基を持つ存在としては最強とも目される竜を、放置しておいていいものかと改めて問題にされているのです」
わたし、お嬢さまに抱っこされて両の後ろ足をぶらぶらさせながらそんな賛辞に聞き入る。悪い気はしないけど、そんな怖がられるよーな存在じゃないってば。
『ね?お嬢さま』
「何が、『ね?』なのか知りませんけど、あなたもう少し自分の立場というものを理解なさい。このままだと理力兵団に連れて行かれかねないのですわよ」
『えー、こんなに愛らしくお嬢さまに忠実なペットに向かって言うこっちゃないでしょー』
「その割には最近ネアスにおやつをもらってご満悦なようですけど」
その件についてはわたしにも抗議する権利はある。だってあからさまにゴハンの量減らされてるんだもん。
「少し痩せた方がいい、と厨房にわたくしの方から伝えてあるのです。このままだとこうして持ち上げるのが難しくなるのも、遠い先の話ではなくなりますわよ」
『だからこれは太ったんじゃなくて、成長したんですってば。お嬢さまだって最近きっちり成長してるじゃないですか』
「失礼なことを言うものではありません。わたくしのどこが太ったというのですか」
『いや太ったんじゃなくて。ほら、こーして抱っこされてる時もわたしの後ろ頭にあたるふくらみが最近とみに豊かになってますしー…あいた』
「あ、あ、あ……あなた他人のいるところで何を言うのっ?!」
思わずわたしを放り出して胸を掻き抱くお嬢さまのお顔は真っ赤だった。
地上に落下した格好のままお嬢さまをしばし見上げてたわたしだけど、すぐに二本脚で歩いてそばにより、はい、と前脚を差し出して再度抱っこを要求。
「……仕方のない子ですわね。よいしょ」
『お嬢さま、よいしょは余計です。それじゃわたしが重いみたいじゃないですか』
「お黙りなさい」
そうして元の体勢に戻ったわたしとお嬢さまを見守る男性二人の目は、なんだか微笑ましいものを見るよーな視線だった。
「……こほん。とにかくの、こういう状況であるからお前さん方が危惧するようなことにはなるまいて。コルセアの行動には当家が責任を持つから、帰ってそのように伝えてくれんか?」
「……え、ええ。いえまあ、私個人としてはこれまで通りでも構わないとは思うのですが。ご令孫も厳しく躾けていらっしゃるものと思いますし。ただ、やはり兵団上層部でも問題視する声が少なくなく…」
「それを、ブリガーナ家で責任を持つ、と言うておるのだ。当主の座は退いたとはいえ、まだ当家において儂の発言は軽くはないぞ?その儂の言葉に信が置けぬというのであれば、この先兵団との取引も考え直さなければならぬかもしれんな」
「…………私の一存ではお答えしかねるお話ですが……承知しました。一先ずここは引き上げることにしましょう」
「おう。お前さんには悪いようにはせん。ただ、そこまで話がしたいのであれば呼びつけるのではなく、そっちから出向いて来い。そのように伝えておいてくれ」
「重ねて承知しました。では」
それほど気を悪くした様子でもない、兵団の役人さんは扉を開けて振り返り、丁重に一礼すると重たい扉を静かに閉めて、帰っていった。
残ったのはじーさまとお嬢さまと、わたしだけ。
「……よろしいのですか?お祖父様」
「ま、半ば脅したようなもんであるから、後々問題にされるかもしれぬが……孫娘から大事にしているペットを取り上げようなどという真似はさせられんよ。ほれ、お友達も待っておろう?早う帰れ」
「………分かりました。ですが、お祖父様のお立場を損ねるのもわたくしの本意ではありませんから。もしそのようなことになりましたら、コルセア共々家を出る覚悟はございます」
『お嬢さま?そんなことになったらまずわたしがブチ切れしますからね?』
「ふふ、その気持ちだけ頂いておきますわ。ではお祖父様、先に帰りますわね」
「儂もすぐ帰るでな。伝えておいてくれ」
「はい。承りましたわ」
そして、続いてわたしとお嬢さまも部屋を後にした。警戒していたけれど、今度は呼び止められることもなく廊下に出た。
『お嬢さまー、またえらい思い切ったことをおっしゃいますね』
部屋を出る時に降ろされたわたしは、例によってお嬢さまの右斜め後ろをふよふよ浮かびながら後についていきながら言った。
正直なところ、胸にわたしのアタマをぎゅっと収めたまま覚悟を述べた時には、わたしを抱きしめる腕にも力がこもっていてこれは本気なのだと少し胆が冷えたものだ。
「そうね。恐らくこれは警告なのでしょう。今回は見逃すが、次に同じ事があったらこちらも本気になるぞ、という。お祖父様もそのおつもりなのでしょうね」
『そんなもんですか?』
「わたくしはこれでもバッフェル殿下の許婚ですもの。そうそう手出し出来るものではありませんけれど、ただ、お祖父様だけではなく殿下のお立場というものも考えると、そう好き勝手も出来ませんわね。ですから、コルセア」
『はい』
立ち止まり、振り返るとわたしに指を突き付けて言う。
「あなたも。今までのように我が侭に振る舞える立場ではないことを、少しは弁えなさい。わたくしもあなたも、いつまでも子ども扱いはしてもらえないのだから」
『………あい。肝に銘じます』
「よろしい」
多少戯けた言い方で応じると、それでもお嬢さまは納得したように「ふふ」と微笑んで、いつものように自身たっぷりな足取りで、教務棟の廊下を闊歩していく。
まあ、わたしは割と、悪役令嬢らしいお嬢さまのこんな歩き方が嫌いじゃ無いのだ。
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