第52話・なつがっしゅくっ!! その1

 青銅帝国は大陸の内地に存在しているため、海というものが無い。

 代わりに、国土の中心部に、北部の高地から流れ込むいくつもの河が生み出すでっかい湖があり、帝国全土の水源となっているのだ。

 そして、雪解け水やら氷河の溶けた水やらで満たされた湖、これは帝国ではただ単にファメルと称され、ここに水を注ぎ、あるいは水の流れ出てゆく河川のことを総称して「ラインファメル」と呼んでいる。

 つまり、乙女ゲー「ラインファメルの乙女たち」のタイトルはココから来ていることになる。いや、来ているとゆーかゲームのタイトルの方が先にあるんだから、順番逆か?まあどうでもいいけど。あと、乙女ゲーなのに「ラインファメルの」てのはどういうことなんだろ。今更ながらいろいろ疑問に思う。


 閑話休題それはともかく

 で、帝国はもとより、ここから水を供給される周辺各国への影響も大きいこの湖は、設定的にカスピ海よりもでけぇということになっていて、その畔には海運を司ったり漁業の拠点だったりの、大小様々な街がある。

 そして水の綺麗な湖と来れば、リゾートもあるというもので。帝国の貴族や帝室の面々は、揺星期の暑い時期になるとこぞってそんな保養地に訪れるわけだ。

 当然、そーいったお歴々の訪れるよーな保養地は、お金の有る無しで松・竹・梅と残酷なレベル分けがなされている。故に、帝国屈指のお金持ちであるブリガーナ伯爵家の保有する別荘地は。


 「………話には聞いていたが、この街丸ごと一つが伯爵家の持ち物なのか?」


 ……いや、ほんと。帝国の皇子である殿下が呆れるくらいなんだから、金持ちって何考えてるのか全然分かんない。


 「持ち物、と言いますか確かに最初は当家だけの保養地として、下賜された土地に作られたのですけれど、維持するための人を雇ううちにいつの間にか街と呼べる規模にまでなってしまったそうで……お恥ずかしい限りですわ」

 「金のある連中ってのは頭が悪いっていうか……こんな無駄な真似しなくてもいいんじゃねえか?」

 「いちいちうるさい男ですわね。あなた経済という概念くらい学んでいるのでしょう?雇用を得た人の集まるところに人が集うのは当たり前のことでしょうに」

 「まあまあ、アイナ様。お招き頂いてありがとうございます。ほら、バナードくんも」

 「ああ。ま、俺たちみてーな庶民にゃ一生経験出来ないだろうからさ。せいぜい楽しませてもらうよ」

 「物見遊山に来たのでなくて合宿だと何度言えば理解出来るのかしら。実はあなた方二人が一番浮かれているのではなくて?」

 「あ、あはは…」

 「うるさいな」


 人の出入りの絶えない石造りの門前で、ブリガーナ家所有の馬車に乗った四人はてんで勝手なことを言っていた。

 わたしはネアスの膝の上。もちろん最初はお嬢さまに抱えられていたけれど、脚が痺れてきたから外を飛んでなさいな、と放り出されそうになったところをネアスに救われて、それ以後ずっとこの格好だ。当初こそお嬢さまはこっちを恨めしげに見てたけど、そもそも投げ出したのあなたの方でしょーが、って藪睨みしたら当てつけがましく殿下と睦まじく会話を始めてた。お嬢さま、割と大人げない。


 「まあそう堅苦しいことを言うな、アイナ。確かに自主課題として成果を残さなければならないのは確かだが、こうして部内の親睦を深めるのも意味の無いことではないだろう?」

 「……殿下がそう仰るなら別に構いませんけれど……」


 不満、というより自分がズレているのだろうか?と心配になってるみたいな顔になって、お嬢さまは以後の文句をごにょごにょと口の中に呑み込んだ。まあ自主課題にかける熱意は知っているのだから、せめてわたしだけでもお嬢さまの理解者であることを努めたいと思う。




 『……と、思っていた時期がわたしにもありました』


 目の前に広がる、ファメルの水面。

 流れ込むのは山地で数年を過ごした清水。当然、透き通ってそのまま呑んでも問題無さそうだ。実際呑んで見ても帝都の水道よりもよっぽどおいしかった。

 そしてここは、帝国でも屈指のリゾート地。その中でもブリガーナ伯爵家の別荘の裏に用意された船着き場。

 そこでわたしは………二人の乙女ゲー攻略対象の、たくましい水着姿をぼけーっと眺めてた。

 いや確かに親睦を深める云々て名目はあるだろーけどさ、到着していきなり水着に着替えて遊び始めるか?しかもバナードだけならともかく、殿下まで年齢相応の少年に戻ったみたいだし。あなた帝国皇子の中でも豪毅さにおいて群を抜く存在だったんじゃないですか?


 「コルセア、どうかした?」


 桟橋に座りこんで「どーしてこーなった」と首を傾げてたわたしの後ろからネアスの声。

 振り向くと……あんたまあ、これがもう絵に描いたような黒髪美少女の、水着姿。締まった肉体を持つ少年の水着姿もなかなか眼福だけど、鑑賞するならやっぱり女の子よね。ぐふふ。


 「ふふ。どう、似合う?お屋敷から貸して頂ける水着がいっぱいあってね。アイナ様に選んでもらったの」

 『うん。とってもかわいいよ、ネアス』

 「ありがとう。……でもこんな格好するの初めてだから、なんだか恥ずかしいなあ」


 トカゲの、とはいえ自分以外の視線に晒されて急に恥ずかしくなってきたのか、白のワンピースのスカート部分を摘まんでもじもじするネアスは、ニッポン人の乙女ゲーマー視点からしても………かぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁもおっ!!………てなもんである。

 ネアスはどちらかといえば痩せ型で出るトコは年齢相応ではあるけれど、腰のところなんかはもう見事なくらいに高い位置をキープしてる。

 普段の膝丈スカートの制服姿しか見てないからおみ足はどーかと思っていたけれど、その高い腰から下方にすらりと伸びたほそい両脚は、思わず「ペアでお幾らでしょうか?」と尋ねたくなるくらいだ。意味わからんが。

 肌も白いというよりは健康的に色づいて、トカゲの身ながら…いや、トカゲであればこそひと舐めさせて頂きたいッッッ!


 「何をしているの、あなたは」


 …と、半ば混乱気味に脳内でネアスの肢体を褒めあげていたら、お屋敷の方からもうお一方の声。言わずと知れた我が主、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナその人のものである。


 「褒めるのであればわたくしの姿を見てからでも遅くないのでないかしら?コルセア」


 ネアスの「もじもじ」が「もじもじもじもじ」に移行するくらいにじーっと見つめていたわたしは、お嬢さまはどんな水着にしたんだろ、とさして覚悟も決めずにそちらを見やると。


 『…………(がくん)』


 アゴが落ちた。

 なんだこれ。

 まず、着用しているのは日本で例えるならば「ブラジリアン」というビキニだ。要所要所で肌が露出して、激しく動いたらポロリが期待でき…危惧されるとゆー、アレだ。

 色は黒。お嬢さまの白い肌と豪奢な金髪によく似合う。というかこれ以外は認めない。認めたくないッ!

 そしてお嬢さまのスタイルは……昔一緒にお風呂に入ったこともあったけど、そんな記憶も吹き飛ぶばかりの見事な「ボン・キュッ・ボン」。とても十五歳には見えない。加えてネアスに負けず劣らず長い足はほーまんの一言。人によっては太ましいとも言えようが、それとて上半身のボリュウムに負けないバランスを見事に誇っている。ああ、神は美の化身を地上に降ろし賜ふたのだ………。


 「な、なによ。そんなにジロジロ見るものでもないでしょうに……」


 わたしは一度四角四面に正座の構えをし、生まれてから例の無い程に真摯に頭を垂れる。深く、深く。

 そしてそれが済むと。


 『おじょうさまぁぁぁぁぁぁぁんんんっ!いくらっ?!いくら払えばこれを好きに出来るんですかッッッ?!』


 お嬢さまに飛びかかって思う存分にスリスリする。


 「こ、こら!そんなにしがみついたら脱げてしまうでしょうっ?!」

 『でもでもでもっ!もうこれ辛抱たまりませんっ!ああっ、お嬢さまを食べてしまいたいっ!!』

 「やめなさい!あなたが食べたいとか言うと洒落にならないでしょうがっ!!」


 そんなこと言われても、わたしにとっての最大の愛情表現なんだけど。

 必死にわたしを引き剥がそうとするお嬢さまと、振り解かれまいとするわたしがどうにか引き離されたのは、こちらの様子に気がついて慌ててやってきた男の子二人と、わたし同様にお嬢さまに見蕩れてたけど騒ぎでようやく我に返ったネアスの手によってだった。

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