第50話・事情をしってるヤツが正しいとは限らない

 『あんのやろー、どこを探してもいやがらねぇ』


 決意したはいいものの、だからといってそう都合良く相手が見つかるとは限らないもので、わたしはイライラしながら三日目の夜の散歩を遂行中。散歩といっても別に歩いてるわけじゃない、なんてつまんないことを考えてでもいないと「出てこいおんどりゃー」と夜空に一発デカいのを打ち上げでもしかねない勢いだ。


 「ちょっ?!そんな物騒な真似しないでよねお願いだからっ!」


 ……やってから言えばよかった。


 『ていうか今までアンタ何してたのよ。ちょっと小半日問い詰めたくなるよーな状況にヒトをぶっ込んどいて放置とか流石に酷すぎるとか思わないワケ?』


 これまたいつも通り、どことも知れない民家の屋根の上からヤツはこっちを見上げていた。いつも通りに「燃やしてください」と言わんばかりのヒラヒラしたドレス姿。うずうず。


 「相変わらずあたしを見る目が物騒なんだけど……とりあえず降りてこない?」

 『言われるまでもねーわよ。アンタには聞きたい事が山盛りあんだからね』


 身構えるパレットの隣に着地。別にいきなり取って食ったりしないってば。用が済んだ後なら話は別だけど。


 「……ま、まああなたの感覚でそれほど久しぶりってわけじゃないわね。どう?調子は」

 『その前になんで悪役令嬢ルート確定した状況に放りこんだのよ。それじゃアンタの言ってた、お嬢さまとネアスをカップリングするとかいうアタマの悪い無理難題が遂行できねーじゃないの』

 「え?そう?割といー感じに仕込み出来てると思ったんだけど」

 『あんたねえ…』


 最早怒る気力もなくなって、屋根の上にペタンと座りこむ。

 それでいきなりわたしに火を吐かれる心配が無くなった、とでも思ったのか、ヤツも隣に腰を下ろした。残念ながらノーモーションで着火は出来るんだけど。


 「あなたに渡した『思い出の卵』、あるでしょ?」

 『今のところ何の役にもたってないけどね。アレ、なんなの?』

 「役に立ってないわけないじゃない。ちゃぁんと、アイナハッフェとネアスちゃんはお互いを意識するところにまで進んでいるわよ。見てて分かんない?」

 『どこがよ。お嬢さまは相変わらずネアスを敵視してるし、ネアスはバナードといー感じになってるし。あとついでに言えば殿下だってお嬢さまラヴなのは変わってねーっつーの。言っとくけどね、思い出とやらはわたしにだってあるんだから、お嬢さまを大事にしてる殿下を『あんたなんか要りません。ポイッ』だなんてする気にはなんねーわよ』

 「あなたって傍若無人なのか義理堅いのか、よく分かんないトコがあるわよねぇ……」


 行っておくけど、わたしが傍若無人なのはアンタ限定でしかもちゃんと謂れもあるわよ、と歯を鳴らしたらビビってた。なんか楽しい。


 「……そ、それはともかくね。前回だってネアスには思うところはあったはずなの。それが叶わなかったのは、お互いに遠慮ってゆーか、お互いを思うが故に踏み出せないトコがあったからなの。そう思わない?思うでしょ?ね?ね?」

 『あの二人を百合ップルにするのってあんたの欲望なんじゃないの?もしかして』

 「そそそそんなことないわよっ?!あたしは花の女神。別に百合の花だけヒイキしてるわけじゃないからねっ?!」

 『どーだか。けど、わたしだって殿下とかバナードとか伯爵さまをないがしろにするわけじゃねーわよ。そこんとこは覚えておいた上で、協力しなさい』

 「あ、それ無理」

 『炭にするぞ、コラ』

 「もはや燃やすところなんか通り過ぎてるのねえ……わぁっ、ほんとにやらないでよっ?!」


 このやり取りもいい加減飽きてきたから、ひと思いに炭も残らないよーにしてやろうかと軽く発火したら、斯くの如く飛び退いていた。


 「と、とにかく協力するといっても、あたしの出来ることなんかもう無いの!この世界の人間関係に介入するにしたって、ただの人以上の力なんか無いんだから。例えば『あたしはこの世界の女神です。これこれこーいう理由があるのであなたは彼女とくっつくなさい』とか言ってはいそうですかって信用されると思う?」

 『わたしだって同じよーなもんでしょ』

 「あなたは日本で生活してて、それを異世界に送り込んだっていうあたしの実績を認められるでしょ」

 『余計なことしやがって、としか思わねーわよ』

 「話にならないわねー」


 うっさいわ。そもそも最初っからあんたとわたしの間でかみ合うことなんか何一つ無いっての。

 けどまあいい。多少は役に立つかもと期待するのと、最初っからアテにならない、と分かっているのでは大分違うのだし。

 恐る恐る元の位置に戻るパレットに首を向けて、話を続ける。だからいちいちそーやってビクビクしないで欲しい。わたしが悪のドラゴンみたいじゃない。


 『そんじゃ次の話にいくけど。思い出の卵、ってのがどんな働きをしてんのか、吐け』

 「もう少しおねだりするように聞いてくれると素直に教えてあげる気になるかもよ?」

 『おねえさまぁん…わたしのお願い…き・い・て?がじがじ』

 「囓るなっ!……もー、吐け、とか脅迫するように聞くから逆らいたくなるんじゃないの。あなたは力を自覚してるのはいいけど、もう少し人間の会話をする努力をした方がいいわね。で、思い出の卵の効用だけど」

 『三周目までのフラグの蓄積、だったっけ?』

 「そう。そこで何があったのかはあなたが一番知ってると思うけど、あなたに心当たりが無いんじゃあ、役立てようが無いわね」

 『………』


 んなこと言われてもなー。

 わたしは、わたしに優しくしてくれた人が不幸にならないようにがんばっただけで、それを最後に否定されたみたいになったから、意地になってるだけなんだし。


 『一つ聞きたいんだけど』

 「なに?」

 『お嬢さまとネアスが、このままくっついたりせずにそれぞれいいひと見つけてそれぞれに幸せになったりしたら…あんたはどうするの?』

 「………まあ、そうねえ」


 三周目のわたしのいまわに言われたことを思い出す。

 乙女ゲーの主人公と悪役令嬢のカップリングを望む、なんてアホな願いを叶えるためにコイツはいろいろ画策してると言った。

 でも、それでお嬢さまとネアスが幸せになるって決まったわけじゃないし、そうでない道で二人が幸せになれない、と決まったわけでもない。

 だったら、今度こそお嬢さまが殿下と結婚して幸せな生涯を過ごし、ネアスがお嬢さまやわたしと友人関係のまま長生きして幸せになる道があったっていいじゃない。


 「………あなたがさ、これでいいや、って納得した最後を迎えられるなら、それでいいわよ。あなたのお嬢さまとネアスちゃんが結ばれる、って結末はわたしにとっても望ましいけど、別にそうならなかったからといってわたしが死ぬわけでも世界が滅びるわけでもないんだし」


 だから、今までになく女神っぽい表情になってそんなことを言うパレットには、ちょっと安心してしまうわたしなのだ。


 『それでいいの?』

 「いいわきゃないでしょ。でも、みんなが納得して迎えた最後にまでケチつけるわけにもいかないでしょ。そこまで了簡狭かないわよ、あたしだって」

 『……そか』


 ため息ついでに一発ちっさいのを噴いたら、今度はビクつきもせずに生暖かい目で見られた。若干ムカつく。


 「まあでも、あなたが気付いてないだけで、『思い出の卵』の効能はいろいろ顕れているかもしれないわよ。ま、別にあたしがお願いした通りに動くつもりはないかもしれないけど、そこんとこだけは覚えておいてね」

 『帰るの?』


 立ち上がりながらそんなことを言ったパレットは、わたしを見下ろしながら柔らかく微笑んでいた。

 今日のわたしはどーかしてる。女神、なんて名前に多少は見合うかも、なんて思ってしまったんだから。


 「またそのうち顔を出すわ。それまでに多少は変わっているといいわね。あの二人だけじゃなくて、あなたもね」

 『あ、ちょっと待って』

 「え?」


 なので、お約束だけは果たしておこうと思う。


 『てい』

 「ひいっ?!………って、あ、あ、あんたねぇぇぇぇぇぇ……どうしてもそれをやらないと気が済まないワケぇっ?!」


 ヤケドはしない程度に調整した火力で、紐パン丸出しにだけはしておいた。


 『アイサツみたいなもんだと思ってよ。そいじゃね。なるべくなら長い間会いたくはないわね』


 今度はわたしの方から先に飛び立った。

 どっか知らない家の屋根の上で「覚えてなさいよ───っ!」と喚いていた紐パン女神だったけど、顔を出した家の住人に「うるせぇ!ひとン家の屋根で騒ぐんじゃねえ!!」と怒鳴られてペコペコしていた。まあ、割といい気味だった。

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