第37話・光と闇の校外実習 その1

 実戦的、と言うだけあって、帝国高等学校の授業は教室の中だけでなく学校の外での授業も多い。

 そんでもって、そーゆーのはいかにもイベントがありそうで、実際あるわけなんだけど。

 今回のは、高等学校では初めての学外実習。二人ひと組になり、理力歩兵団の訓練場になってる山に入り、指定された目標を達成するとゆー、初っぱなからきっつい授業だ。

 ちなみに理力歩兵、っていうのは対気物理の使い手で構成されたかなり特殊な兵種で、術者は基本的に行使する力は個人固有のものなので、いかにも軍隊的な統一された集団行動というのがとりにくい。なので、各術者や指揮官は仲間の力量を把握した上で、少人数で行動することが多い。まあ言うなればデルタなんとかとかみたいな特殊部隊だと思えばいいかも。


 「コルセア、また難しい顔をしてどうしたというの?」


 ところで毎度思うのは、お嬢さまにしてもネアスにしても、今のところでっかいトカゲに過ぎないわたしの表情をよく読み取るよなー、ってこと。

 難しいというか説明しづらいことを考えてたわたしは、それとは別に思ったことを聞いてみた。


 『お嬢さまー、わたしの難しい顔なんてよく分かりますね。人間に比べたら表情なんてそう変化無いと思うんですがー』

 「そう?コルセアとわたくしは姉妹同然に育ったのだから、当たり前のことだと思うのだけれど」

 『………はあ』


 思わずわたし、ぽかん。

 姉妹同然て、気位の高い貴族令嬢がペットのドラゴンに言うような台詞なんだろうか。


 「それより組み合わせが発表されますわよ。ま、わたくしにはコルセアがいれば充分なのだけれど」


 今日は野外活動、ってことで制服じゃなくそれ用のツナギみたいな装備に身を固めたお嬢さまは、誰と一緒でも楽勝ですわ、とフラグ立てみたいなことを言いながら、発表を待つ一年生の群れの中に混ざっていく。

 格好はともかく、髪型はいつもの縦ロールなので似合わないこと甚だしいんだけども、お嬢さまはそーゆーことあんま気にしない。そういやゲームでも立ち絵に違和感覚えたなあ。


 「あ、コルセア、アイナ様」

 「……どうしてわたくしより先にコルセアの名前を呼ぶの、あなたは」


 先にいたネアスがこちらを見つけて呼び止めてきた。ていうかお嬢さま的に気になるのはそこなんですか。


 「うるさいわね。下僕より後に名前を呼ばれる主人なんて格好がつかないでしょうに」

 「ふふ、わたしはそんなつもりないです。アイナ様もコルセアも、わたしにとっては大切な同級生ですから」

 「……ふん。いつまでもそのように余裕を見せられはしないことを今日証明してみせますわよ。さあ、わたくしの相方を務めるのは誰かしら。ま、誰が相手でもわたくしには関係ありませんけどっ!」


 またフラグを強化するようなお嬢さまを見て、わたしはもう何も言うつもりは無かったりする。




 そして今、わたしはネアスの隣で浮いていた。


 「アイナ様、大丈夫かな」


 一つ前に出発したお嬢さまの組が見えなくなると、ネアスは少し心配そうにそう呟いていたけれど、わたしとしては別の文句があって。


 「ネアス・トリーネさん。次はあなたの組ですよ。そろそろ準備してください」

 『バスカール先生ぇ…なんでわたしがお嬢さまについていっちゃいけないんですかあ』


 組の発表後、相方の名前を見てお嬢さまは少々怪訝な顔になっていたけれど、わたし共々文句を言っていたのはそっちじゃなくて、「アイナハッフェ・フィン・ブリガーナは紅竜コルセアの同行は認めない」と添えられていた一文に、だった。


 「なんでも何も、あなたがついていったら本人の授業にならないじゃないですか。コルセアさん、自分が何者か分かって言ってます?」

 『んなこと言いましても、お嬢さま一人で山歩きなんか出来るわけないでしょーが』

 「一人じゃないですよ。ちゃんと二人組で行ったでしょう」


 その二人組の相方がアレだから心配してるんだけどなあ、とネアスの方をちらと見て思う。

 発表された組み合わせでは、お嬢さまはバナード・ラッシュとのペアになっていた。

 ちなみに「ラインファメルの乙女たち」ではルートによってネアスとバナードの組み合わせになったり、お嬢さまとのペアになったり、何故かバスカール先生と一緒になったりと様々だった。そこら辺は幼年時代からのフラグによって変わってくる、っぽい。

 にしても、お嬢さまとバナードのペア、っていうのは想定外だったし、その上わたしがお嬢さまから引き離されるというのは更に予想外過ぎて。


 「まあまあ。コルセア、アイナ様も子どもじゃ無いんだからきっと大丈夫よ」

 『ネアスは心配にならないの?お嬢さまのこともだけど、バナードがお嬢さまと一緒って、揉め事しか起こらない気がするんだけどー』

 「わたし?授業なんだから大丈夫だと思うよ」

 『そーいうことじゃなくてー…』

 「?」


 本気でわからないみたいな顔をしてた。バナードとのことでお嬢さまに嫉妬したりするんじゃないかなー、と思ったんだけど。


 高等学校での生活が始まってから色々と見聞きした上でのわたしの認識としては、バナードはネアスを意識はしてる。男の子として気になる女の子に…って感じかどうかはハッキリとは分かんないけど、そもそも乙女ゲーなんだからそーゆー感情があっても不思議じゃない。

 じゃあネアスの方はどーなのか、っていうと、このコやっぱり乙女ゲーの主人なだけあって、とにかく鈍い。その分自覚してからは一直線だけど。

 なもんだから、そこの辺の事情を分かってるわたしとしては「ああああああ」って身悶えせざるを得ないわけで。もどかしくてもう。

 いや、ね。紐パン女神の事情があるからネアスとバナードがくっついた方がいい、とも言い切れないのよー。でも乙女ゲーの主人公がカッコイイ男の子(多少バカではあるけど、バナードはその点流石に攻略対象だけあって資格充分なのである)に心惹かれるとゆー場面だって見たいわけじゃない、やっぱり。

 そこんとこの自分での整合性がとれなくていろいろ悩ましい日々が続いているのだ、わたし的には。


 「……時間ですね。ネアス・トリーネ。フィアラント・フィン・カルテジア。出発して下さい」

 「あ、はい。カルテジア様、参りましょう」

 「ええ」


 バスカール先生の合図で、ネアスとそのペアであるとある男爵令嬢が揃って出発する。こっちのフィアラント、ってゆーご令嬢はモブだけど、別に悪役令嬢ってわけじゃない。うちのお嬢さまにはいろいろ対抗意識を持ってるみたいで、その分ネアスには特にわだかまりも無いようだから、こっちの心配は必要無さそう。

 なので、わたしは当面自分の心配を優先するのだ。


 『……ネアスー、お嬢さま見かけたら気をつけてあげてねー…』

 「わかってる。でもアイナ様もバナードくんも、実力は確かなんだから気にしなくてもいいと思うけどなあ」


 我ながら過保護だとは思うけど、割と朗らかに「じゃあね、行ってくる」って手を振って出て行くネアスを見て、わたしはため息をつかざるを得ないのだった。

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