第36話・おしえーてーおじいさんー…なんて呑気なモンじゃない
ブリガーナ伯爵家の前当主、マイヨールのじーさまという人はとにかく無茶苦茶をする人だった。
特に親友ルートではお嬢さまの方のフォローをしてくださって、例えば殿下ルートのグッドエンディングでは、婚約者との別れに泣き濡れるお嬢さまを優しく慰める…つもりでその実お嬢さまを煽り、あんな尻軽な婚約者のことなぞ忘れて新しいいい男を見つけに往けい!…とかアホなことを言ってたものだ。
まあそのお陰でプレイヤーたるネアスの罪悪感を薄める効果はあったんだけど。
で、そのじーさまが帝国高等学校の校長?学園長?
そんな話、無かったんだけど。
「さて、孫娘の進学の初日と、殿下の帰国を祝うという建前は以上で消化した。ここから先はわけぇモン同士で旧を懐かしむなり乳繰るなり好きにするがよかろ」
乳繰るて。あーた仮にも帝国の皇子にその言い草はどーなんですか。つーか建前て。ほんと、ツッコミ所が次から次へと出てくるじーさまだ。
「懐かしむほど老け込んだ覚えは無いぞ、前伯爵。それより、編入を認めて頂き感謝する。前例の少ないことであるから、アイナハッフェと同学年から始めねばならないのか、と危惧していたが」
「なに、先方より殿下の成績優秀なことは保証されておりましたのでな。教授陣を黙らせることなど造作もないことですぞ」
「……いちいち不穏な言い方をなさらないで下さい、お祖父様。いえ、学園長」
「なんじゃ、孫よ。もう授業は終わっているのだからおじいちゃんでもじいじでも好きなように呼べばよかろうに」
「ではお言葉に従って学園長先生、と呼ばせて頂きますわ。さ、参りましょう殿下。今宵は当家で心ばかりのもてなしを用意しておりますので」
「ああ、お邪魔するとしよう。それでは前伯爵。いや、今日からはアイナハッフェに倣って学園長、と呼ぶべきだな。二年間、宜しくお願いする」
「つまらんのう…わけぇのが二人とも老人を邪険にしよるわ。コルセア、お前さんがせめてこの傷心の老人を慰めてくれんか?」
『あなた空飛ぶトカゲに慰められて大人しくなるよーなタマじゃないでしょーが。そこらでお酒でも呑んで憂さ晴らししててください』
並び立つ殿下とお嬢さまの間で浮かびながら、机に指で「の」の字を書いてるじーさまにそう毒づくと、わたしは率先して学園長室を後にした。
その後ろでお嬢さまと殿下も、「学園長先生に対する」礼を示してわたしの後に続く。
扉を開くと二人を先に通し、わたしも続いて出て行こうとじーさまの方を見ると、こちらに手招きをしていた。
『……お嬢さま、先行っててください。お祖父さまが呼んでるので』
「分かりましたわ。妙なことに巻き込まれないうちに戻って来なさいな」
まあろくでもない話だろーなー、とお嬢さまたちを見送ると、わたしは警戒しつつもじーさまに近付いていく。
三周目の時にはそれほど接点あったわけじゃないんだけど、インパクトだけは強くて印象には残ってんのよね、このヒト。
『なんでしょ』
「……実際のう、お前さんから見てうちの孫娘と殿下の仲というのはどうなんじゃい?」
学園長らしく、お嬢さまのお部屋のものにも負けず劣らずでっけぇ机に着地すると、また異な事を尋ねられた。
どう、と言われてもねー。四周目はまだ二日目だし、どうも三周目の時といろいろ様子違っててまだわたしとしても確定的に言えることなんか、あんま無いんだよなー。
じーさまは自前のはげ頭をつるりと一撫ですると、両手を顔の前で組んでわたしをじーっと見る。そういやわたしを伯爵家に連れてきたのって、このじーさまだったっけか。借金のカタに、とか言って。
あんまその辺の細かい描写はゲームではされて無かったんだけど、わたしの記憶としてはそうなってる。最初っからお嬢さまにプレゼントというかペットとして与えるつもりだったんだろう。よく考えてみたら、滅多に人前に現れない紅竜を孫に与えるとか、初手からぶっ飛んだじーさんだった。
『…ふつーに仲はいいんじゃないですか。さっきの様子見ても、気が合わないって感じじゃないですし』
「そうかもしれねえがよぉ、なんつーか他人行儀ってえか、ガキの頃を覚えてっか?」
わたし、首を振る。だって悪役ルートだとしても、現状はいまいちゲームの設定と整合性取れてないもの。
「そうかい。先帝陛下からの申し入れで婚約させたはいいんだが、本人同士がその気になってないモンを無理矢理に、ってのも気の毒でなあ」
『また貴族らしからぬ発想ですよね、じーさまは。お家の為なら殿下とは何がなんでもくっつけた方がいーんじゃないですか。あと別にお嬢さまはその気になってない、ってこたーないと思いますよ』
「……お前さん、覚えてないのかもしれんがな」
『ほい』
じーさま、机の引き出しから何か包みを取り出したかと思うと、机の上の水差しからグラスに水を入れて包みの中身を飲み干した。そーいや薬呑んでんだったっけか。
「……こんなモン呑まなけりゃ長生き出来ねぇ、ってのも因果な話よのう。で、アイナは家のことで気負い過ぎるところがあってな。ブロンヴィードが生まれたお陰でそれも大分落ち着いたところもあるが、それが為に望まない結婚をする羽目になるのも、気の毒っちゃあ気の毒な話よ。そこんとお前さんどう思うよ?」
……っていわれてもね。
わたしとしては一つ気になったのは、悪役令嬢ルートでブロンヴィードくんが生まれてこない、ってコトだ。
じーさまの口振りからすると、逆に弟のブロンヴィードくんが生まれてなければ、お嬢さまは伯爵家の将来を背負って、しないでもいい苦労をして、悪役令嬢的な振る舞いになる、ってことなのかもしれない。
うーん、わたし今まで逆に考えてたのかも。悪役ルートだと弟が生まれる、のでなくて、弟が生まれなかったからこそ、お嬢さまは悪役令嬢になる。
ま、ゲームとしては主人公の選択肢次第だから、そう言いきれるものでもないんだけどね。
それにわたしのやるべきこととしては、だ。
『じーさま、わたしはお嬢さまが幸せになれればそれでいーんです。じーさまには悪いけど、お嬢さまが不幸になるんだったら、伯爵家なんかぶっ潰してもいいくらいに』
「ほお…言うじゃねえか、紅竜の嬢ちゃんよ」
紅竜の嬢ちゃん、なんて初めて言われたわ。
『なんで、ブロンヴィードくんには立派な伯爵家当主となっていただいてー、お嬢さまには自分が幸せになれるよう、好き勝手に生きてもらいたいな、って。そんだけですね』
「それで第三皇子殿下との婚約が破棄されるようなことになってもか」
『そこんとこはなんとも。でも、そうする必要があるなら、わたしはいくらでも……お?』
じーさま、シワで節くれ立った指先をわたしのぷっくらしたお腹に突き差す。
そこに何があるのかというと、「お嬢さまが幸せになれればそれでいい」なんてお為ごかしを言ったことへの、後ろめたさだ。
ゆえに、ごくり、と息を呑むわたし。
「人を和ませる見てくれと口振りながら、なかなか腹の黒いことじゃねえか。儂だってよぉ、前伯爵なんてぇ言われる身分だが、肩書きなんぞ取っ払っちまえばただの孫が可愛いジジィよ。暗素界の竜のガキがそこまで思い入れてくれるんなら、お前さんをアイナに引き合わせただけの意味はあるってもんだな」
『………』
「だが現界に身を置くモンとしちゃあしがらみを全て投げ捨てるわけにもいかねえ。ブロンヴィードだって儂にとっちゃあ可愛い孫の一人よ。そこんとこを忘れないで、お前さんがアイナの側にいてくれるってんなら、そう悪いようにするつもりは無ェよ。分かったかい?」
『………(こくこく)』
「よろしい。んじゃあそろそろ帰りな。アイナと殿下が待っておろうよ」
……じーさまは満足したのか、立ち上がって学園長の標しであるマントを片手に、もう誰も部屋にいないかのようにとっとと出て行ってしまった。
それを見送ったわたしのやることとなると……。
『こ、こえー……あのじーさま、何モンよ、ほんと……』
ぐてー、と机の上に突っ伏して、逃れた恐怖の大きさに、ドッと冷や汗(ドラゴンに汗腺なんかあるのだろうか)が出る思いだった。なんか、ヤクザに脅されるってこーいう気分なんだろーか。直接圧迫的な言葉をかけられたわけじゃないのに、迫力がすごかった。まあ逆らわない方が良さそうだなあ、ほんと。
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