第8話・お嬢さまのお父さまと、割といい感じ

 「この度は娘ばかりかネアスまで救って頂き、殿下には感謝の言葉もございません…」


 家格はともかく、実権は帝国貴族の中でも上位に属するブリガーナ家の当主に丁寧に礼を述べられても、バッフェル殿下は鷹揚に頷くだけなのだった。

 なんてゆーか、皇子の風格ってものが既に備わってる。お嬢さま、ネアスちゃんとは一歳しか違わない御年六歳のはずなんだけど。


 「伯爵が自分に礼を言う必要はない。通りがかっただけであるし、実際にアイナハッフェを救ったのはそこの紅竜の子のようであるからな」

 「おお、なんと……」


 と、そこで引き合いに出されても、何故か皇子さまを迎えた応接間に控えさせられているわたしは身を縮こませるしかなく。

 この場に居合わせた伯爵、殿下とそのお付きの面々の視線が集中する中、わたしは飛んで逃げたくなっている。いやまだ飛べないけど。


 「……ひとつ、参考までに聞きたいのだが」

 「はい。なんなりと」


 そしてわたしから目を逸らさず、殿下は伯爵に問いかける。気のせいか、歳に似合わない鋭い眼光が柔らかくなった気がする。


 「この紅竜の子どもは、どこで手に入れたのだろうか?」

 「…そのことですか」


 言い淀む伯爵。ていうか、実はその辺の事情はわたしも知らないのだ。

 記憶に無い、というより、ゲームでもそこの辺の事情は明かされてなかったもんなあ。最初っからライバル令嬢アイナハッフェにひっついていたんだから。


 「…その、申し上げにくいのですが、当家が資金を貸し付けておりました地方の豪族がおりまして…返済に困った先方が抵当として収めてきたのが、この紅竜の幼体というわけでなのです。私としては到底承服出来る話ではなかったのですが、一目見た娘がいたく気に入りまして。紅竜の子供、などという謳い文句もやや疑わしかったのですが、自分のものにすると強硬に主張する娘から引き離すのにも忍びずに、当家で飼うことになったという次第で…」

 「そうか。伯爵、それは良い買い物をしたのかもしれないな」

 「は、はあ」


 一瞬、わたしを見る殿下の目がギラリと光ったよーに思ったり思わなかったり…まさか自分に譲れ、とか言うんじゃないでしょーね。


 「紅き竜の庇護する家は栄える、という詩もある。大切にするがいい、伯爵」

 「…恐れ入ります」


 栄えるどころかちょっと舵取り誤ると没落しますけどね。

 …って思わず口にしそうになった。人語を話せないことにこの時だけは感謝。


 「話はそれだけだ。迷子のご令嬢をお連れしただけのこと、重ねて礼を述べられるほどのことではない。我々はこれで失礼する」

 「は、はあ…い、いえ殿下。このままお返しするのも当家の恥になります。どうかお連れの方々共々歓待の栄に浴することをお許し願えませんか?」


 お連れの方々共々、ってトコで後ろに控えたお付きの表情がぐらついたみたいだった。まあ帝国屈指のお金持ちの歓待、と聞けばそうなるよね。

 けどまあ、そこは聡くても子供のこと。そんなことには一切頓着することもなく、殿下はめちゃくちゃ残念そうな顔になったお連れを伴って、帰っていった。

 その後の伯爵の顔はまあ、ホッとしたというか人の良い貴族のもので、殿下を引き留めて悪いこと考えてたわけじゃなさそう、というのには安心したんだけど。


 「……齢六つにしてあの豪毅な気性。全く、帝国の権奥というものはどれだけのものを生み出すんだろうね、コルセア」


 わたしにンなこと言われましても。

 聞こえませんよー、って感じに後ろ足で耳の付け根を掻いたら、伯爵はなんとも柔和な表情になってわたしを抱き上げた。なにすんの。


 「……君にも礼を言わないといけないね。アイナ…と、ネアスを守ってくれてありがとう」


 そして、わたしを正面に見据えると、本気で言ってそうな口振りで、わたしに礼を告げたのだった。

 ……伯爵さまともあろー方が、得体のしれない爬虫類を抱え上げてそんなこと言っちゃダメですよ。

 でもまあ、助けた子供の父親に、しみじみそう言われるのは悪い気分じゃない。

 わたしがいろいろ画策してるのは基本的に自分のためではあるけれど、その一環でサポートしてあげよう、って対象に、お嬢さまの他この伯爵さまを含めてもいーかな、って気にはなった。


 「さて、アイナは今頃ミュレンに叱られているころだろうね。それが済んでからでいいから、慰めてやってくれるかな」


 まあ、いいでしょ。

 遠くまで割と聞こえる耳には、既に伯爵夫人に散々ドヤされて鳴き声をあげてるお嬢さまの声が聞こえてる。

 伯爵の奥方ながら、直接娘を叱り飛ばすお嬢さまのお母さま、って人に敬意を抱きつつ、わたしは伯爵の腕から降りると、お嬢さまのお部屋に向かっててくてくと歩き出した。

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