第9話・きょうからいちねんせい!
「ではお父さま、お母さま。行ってまいります!」
「うん。今日から学校に通うことになるわけだけれど…勉学に励むんだよ、アイナ」
「はい!がんばって、わたくしの夢をかなえてまいります!」
「……アイナ、くれぐれもおいたはいけませんよ?我が家は国家の顕彰を受くるとはいえ、歴史の浅い家なのです。成り上がりの誹りを受けぬためにも、振る舞いには気をつけなさい」
「……はい、お母さま。むずかしいことはよく分かりませんが、がんばります!」
満面の笑みの伯爵と若干顔をひくつかせた夫人に見送られ、お嬢さまは馬車に乗る。
今日からお嬢さまは、帝国初等学校の生徒として登校を始める。
この学校には、七歳になった帝国の貴顕の子弟の他、特に認められた、才能のある庶民からの選抜が通う。
教育内容は、貴族に相応しい礼儀作法はもとより青銅帝国のみならず世界の歴史。語学や数学に至るまでの一般教養。それから何よりも大切なこととして、帝国の剣とも盾ともなるべく、対気物理学を修めることになる。
そんな学校に、伯爵家の令嬢としてお嬢さまも通うことになる。馬車による送り迎えがあるのは、流石に二年前の事件を経てからの用心、てことにはなるけれど、実際ヨソのお家の子も似たようなものだしなあ。
「ネアス、見つけたわ!……止めて!ネアスも乗せてあげるの!」
「アイナさま!」
そして、そんな中でも歩いて通う子はいるわけで。
登校する列に続く馬車の中から、お嬢さまがネアスちゃんを見つけて声をかけていた。
特に認められた才能のある庶民の一人であるネアスちゃんは、当たり前だけれど馬車に乗れるような身分じゃないから歩いて通学することになる。
お嬢さまは割とダダをこねるよーにして、ネアスちゃんも同じ馬車に乗って登校しよう、って言っていたけれど、これはネアスちゃんのご両親が固辞してかなわなかった。
でもお嬢さまはネアスちゃんと一緒に登校するつもり満々で、登校途中で親友の姿を見つけると、こうして同じ馬車に上げてしまうのだ。
「うふふ、おはようネアス。今日からいっしょにとうこうしましょうね」
「はい、おはようございますアイナさま!ごいっしょできてうれしいです」
御者のおじさんが馬車を降りて、うやうやしくネアスちゃんを馬車に引き上げる。
動作にイヤミもなく、お嬢さまの友人として当たり前に接することの出来る仕事ぶりは、まったく尊敬に値すると思う。
そしてネアスちゃんもそれに驕るようなこともなく、年齢なりの礼儀正しさでおじさんに「ありがとうございます」とお礼を言って、お嬢さまの向かいに腰をかけた。
「お嬢さま、発車しますのでお気をつけください」
「お願いね!」
ぴしり。
馬に軽くムチを入れると、二頭立ての馬車はしずしずと動き出した。
馬車の中は前方の後ろ向きの席にネアスちゃん。後方の前向きの席にお嬢さま。
向かい合わせで腰掛けた二人は、何が楽しいのかにこにこと微笑み合っている。
この二年、お嬢さまとネアスちゃんはとても良い時を過ごしてきた。
「ラインファメルの乙女たち」においては親友ルートが、お嬢さまの迎える結末としては一番穏便なものが多い。
なので、わたしとしてもお嬢さまのペットとして、時にあざとさを駆使し、あるいは時に裏から手を回し…いや回せるものなんか尻尾くらいのものか。それに、伝説級のドラゴンとはいえ今のところはせいぜい宙に浮かぶデッカいトカゲ、くらいのわたしに、裏から手を回すとかいってもやれることなんか大して無い。思い当たる実績なんか、遊びに来てそのまま泊まることになったネアスちゃんが、お嬢さまの天蓋付きのベッドに潜り込むのを支援したくらいだ。夜回りのメイドさんにエサをねだって気を引いて。
えーと、それはともかく、仲睦まじい幼女二人の会話は弾む。
「ネアス、こんどあそびに来たときはブロンヴィにも会っていってね」
「はい。おとうとぎみにおあいできるのがたのしみです!」
「ええ、ブロンヴィはね、とっても大きな声で泣くの。お父さまはお耳がこわれる、ってこわがるくらいにね!」
話の内容は、半年ほど前に産まれたお嬢さまの弟、ブロンヴィくんのことになっていた。いやまあ、わたしからの呼称としては、お嬢さまに呼応して「お坊ちゃま」とかの方が相応しんだろうけど、まだ首も据わってない赤ん坊にお坊ちゃまも何もナイ。
下世話な話になってしまうケド、わたしの奮戦努力の甲斐あってお嬢さまはとても愛らしく、素直に育ったため、ご自分たちの子供がとーっても可愛くなった伯爵夫妻は、二人目をお仕込み遊ばされてしまった、というわけだ……どう取り繕って言ってもあんま品が無い。
とはいえ、ご両親の仲が良いこと自体は、多分お嬢さまの成長にとっては良い影響を与えると思う。
これから三人目、四人目となるとまためんどーなことになるだろうけど、長男の誕生によって伯爵家の看板の重圧を必ずしも受ける必要の無くなったお嬢さまは、悪役令嬢としての素養には欠ける成長を遂げていって頂けるものと、わたしは願っているのだ。
あとそれと、現状がゲームのシナリオと異なる点として列挙しないといけないのは。
「……コルセア。そうやって浮いているとあぶないから、ちゃんとせきについていなさい」
折角窓の外の景色を眺めていたというのに、お嬢さまは宙に浮いていたわたしの尻尾を引っ張って引きずり下ろす。
むぎゅっ、とかいうあざとい擬音と共に座席に「伏せ」をさせられたわたしは……そう、予定よりもずっと早く、空を飛べる……言い過ぎた。えーと、宙に浮かぶくらいのことは出来るように、なっていたのだった。
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