第6話・どらごんぶれすっ!

 「こるせあ、どこーっ?!」

 「あいなさまぁ、まってーっ!」


 ペットのドラゴンを探して家を飛び出した幼女が二人。

 そのお探しモノたるわたしは二人を追いかけているんだから、随分間の抜けた話だ。

 短い四本の足を一生懸命にぶん回して二人を追いかけていると、街の人たちがまず二人の姿を。次いでそれを追うわたしの姿を見る。それは一様にギョッとしていて、よく考えたらトカゲというにはちょっと大物なナニかが、子どもを追いかけて危害を加えようとしているように見えなくも無い。てか、わたしだったらそう考える。

 …そう思って、ヤベぇ、と気がつく。一般市民ならいざ知らず、仕事熱心な兵隊さんとかに見つかったら、わたし串刺し。そうなったら…あかん、と一周目の終わりの光景を思い出してゾッとする。かといって追いかけるのを止めるわけにもいかなくて、こうなったら段々と距離が離れていく前の二人を誰かがつかまえてくれることを祈るばかり……。


 「きゃぁっ?!」

 「あいなさまっ!」


 ……という願いは叶えられ、人気の少なくなってきた裏路地に入りかけたあたりでお嬢さまがなんかゴツい男の人に腕を掴まれていた。よかった。

 わたしはそれに追いつこうと足の回転を更に速め、立ち止まったネアスちゃんの足下に辿り着こうかという頃にようやくお嬢さまを捕まえてくれた男の人の顔を、ようやく見ることが出来たんだけど……。


 (……?)


 何かが、おかしかった。

 そういえばこの辺り、賑わいを見せる街の中心部からは外れてあまり行状のよろしくない人たちが徘徊する辺りにもほど近いはず。

 まさか、とは思うけど。


 「はなしてっ、はなせぇっ!」

 「こっ、コラこのガキ!暴れんじゃねえよ!」


 それはどう見ても迷子の子どもを保護しました、って様子じゃなく、何か悪いことを企んでいます、ってツラだった。


 「たすけて!だれかたすけ……むぐふぅっ?!」

 「うるせえよ!……けっ、こんなところに迷い込んだにしちゃあ小綺麗なガキじゃねえか。どこかのお貴族さまのガキか?どっちにしても金にゃあなりそうだな……クク」


 そして、ツラに違わずよからぬことを口走っていた。


 「あ、あいなさま、あいなさま……だ、だれか…だれかたすけっ…」

 「黙れクソガキ!」

 「ひっ?!」


 まだ暴れてるお嬢さまを押さえつけてるためにネアスちゃんには手を出せず、そのチンピラは怒鳴りつけて黙らせることしか出来なかったけれど、小さい子どもにはそれで充分なのだろう。ネアスちゃんは悲鳴を上げて座りこんでしまう。


 「……おい、おめえこのガキがどこの誰か知ってんだろ。戻って親に伝えろ。ガキは預かったから、返して欲しければ金を持ってこい、ってな」

 「や、やだ……あいなさまを、あいなさまをはなしてぇっ!」

 「へえ、アイナ、ってのかこのガキは。なら調べようはあるわな。いいぜ、そのまま帰って寝ちまいな。おつかいはナシだ。もっとも、無事に帰れればの話だけどな」


 うん、まあ定番通りの台詞だ。ていうか、確か幼少時のイベントに似たようなものがあったはず。えーと確かその時は……あー、第三皇子とそのお付きが駆け付けたというか居合わせたんだっけ。

 わたしは周囲を見渡してみたけれど、他に人のいる気配はない。ダメか。


 「むーっ!むーっ!」

 「元気なガキだなァ。おい、貴族のガキなんざ死ななけりゃそれでいいんだ。ケガしたくなけりゃ黙って……あぎぃっ?!」


 なら、わたしがやるしかないか。

 お嬢さまとネアスちゃんに注意がいって足下のお留守になってたチンピラの足を、がぶり。

 空も飛べないトカゲでも、大きな口でこれくらいのことは出来る。


 「…っ、こるせあっ!?」


 痛みに耐えかねてチンピラがお嬢さまから手を離す。解放されたお嬢さまはほとんど投げ出されるようにして、地面に転がる。即座に起き上がって何が起きたのかを確認したお嬢さまは、助けに来たペットのドラゴンの名前を呼ぶけれど、わたしはわたしで必死だ。噛み付いたトカゲを振り解こうと足をぶん回す男を放すまいと、噛みしめた顎に更に力を加える。


 「いでぇっ、いでえよこのクソっ、トカゲかよ!なんでこんな所に……放しやがれ畜生!」


 そして、壁にぶつければ口を離すだろうと考えてか、足を建物の壁に向かって蹴り上げる。

 そのタイミングを待っていた。わたしはカパッと口を開いて自分から離れると、空ぶったチンピラの足は見事に壁にヒット。

 鋭い牙で噛まれるよりはいいだろうけど、それでも全力で振り抜いた足は硬い壁にぶちあたって、チンピラはまた無様な悲鳴を上げる。


 「お、おおお、おおおおおお……てっ、テメェ…何しやがったか分かってんだろうなァッ!そこのガキ諸共ぶっ殺してやるッ!!」

 「………ひっ」

 「……た、すけて…」


 もうお嬢さまとネアスちゃんは震えて立ち上がることも出来ない。

 そしてわたしも小さなトカゲの身じゃあ、二人を連れて逃げることも出来ない。

 やるしかない。

 もう一度決意すると、ふと喉の奥に滾るものを覚えた。

 それはとっても熱くて、でもわたしにとっては胸の躍る衝動だ。

 来るよ。

 そう思って、口を開いた。呼吸をした。

 そしたら、出た。

 チロリ、と、いずれモノに出来ようものよりも遥かに頼りはないけれど、確かに紅き竜の証したる、炎の一筋が。


 「なっ、なんだ…?お前今何をした?」


 何をした、って?それはわたしの台詞だ。この二人にお前は一体何をした。何を、しようとした。

 大きく息を吸って、吐く。今度は明らかに、炎熱が見えた。

 お嬢さまとネアスちゃんを庇うように四肢を踏ん張るわたしの口から、猛き炎が吹き出る。

 ボボボボボッ、ってな感じのそれは人の半身くらいの長さがあり、直接触れなくても肌が焦げるほどの熱さを伴っていた。


 「火っ?!……お、おい…それ……ヤベぇ、おい待て、待てっ!わ、分かった謝るから助けて……ひいっ?!」


 一歩、踏み出した途端にチンピラは弾かれたように立ち上がり、そのまま無様な悲鳴を上げながら、何度も何度も転けつつ逃げていったのだった。

 わたしの、勝利!

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