第5話・お嬢さまがたの無体な遊戯
「はじめまして。あいなはっへ・ふぃん・ぶりがーな、ともうします」
「おめにかかれてこうえいです、あいなさま。ねあす・とりーね、ともうします」
お互いスカートの裾を持ち上げて頭を垂れる。
礼儀正しい幼女同士のごあいさつ。良き。
…なんて不審者みたいなことを考えてるわたしをよそに、後にややこしー関係になる二人の少女はそんなことを微塵も感じさせない和やかな初対面の時を過ごしている。
ネアス・トリーネ…ネアスちゃんでいいや…は、対気物理学の触媒を製造する職人の娘。
うちのお嬢さまはその触媒を取り扱う大手の商人から成り上がった中堅貴族。の三代目の娘。
成り上がりの中堅貴族といっても、建国の元勲以外には伯爵位より上の叙勲は許されていないから、実権のある貴族としては最上位といってもいい。実際、そこらの歴史や家格だけがウリの公爵・侯爵さまよりよっぽどお金はあるし。
けどまあ、お金がある、ってことは恨みも買うのよねー。とにかくブリガーナ伯爵家というのは敵が多くて、味方と呼べる人もブリガーナ家のお財布目当ての人が多いし。
まあそんなわけで、そーいう家であるということがお嬢さまの未来にも暗い影を落としているわけで、わたしとしてはなるべくそうならないようにアレコレ策を講じるのが、この世界での生き方ってものにならざるを得ないわけで。
「ネアス・トリーネ。きみのお父さんはどうしたんだい?」
「はい。ちちはわたしをおいてまいごになりました」
「そ、そうかい……早く見つかるといいね」
若干困惑した顔の、ボステガル・フィン・ブリガーナ伯爵。お嬢さまのお父上。成金伯爵の三代目だけあって、割かし鷹揚で穏やかな人柄。ただ、家を取り巻く状況からすると呑気というか頼りない人なんだよなあ。悪役令嬢の父親役としては、結構不安。
実際、お嬢さまが断罪されるシナリオでも出番がなくて娘を救えなかったし。そんなことにならないよう、紅竜(の幼生)たるわたしがしっかり支えてやらねば。
「じゃあ、アイナ?ネアスを連れて中庭で遊んでいるといい。僕はネアスのお父さんを探してお話ししているからね」
「はい、おとうさま!ねあす、いきましょう?コルセアもいらっしゃい!」
「はい、おともします」
勝手知ったる我が家のこと。お嬢さまはネアスちゃんの手を引いて応接間を飛び出していく。お嬢さまのペットであるわたしも、当然付き従っていく。
「では、なにをしてあそびましょうか?」
言われた通り、中庭にやってきた。
手入れの行き届いた庭園にはそちこちに花壇も備わり、幼い子どもが遊ぶには充分なスペースだ。
子どもだけで遊ばせて危なくないのか、っていうと、当然ながら目立たないようメイドさんやらが目を配っていて、わたしとしてはそういう心配はしなくてもいいのが助かる。
「ええと、こるせあさんで遊びませんか?」
「それはいいわね!」
…なんて辺りの様子をうかがっていたわたしの耳に、聞き捨てならない単語が飛び込む。
こるせあさん「で」あそびませんか、と言うたか今。コルセアさんと、でなくて。
しかもお嬢さまが言ったのでなくて、ネアスちゃんがそれ言って、お嬢さまも「大賛成!」みたく満面に笑みを浮かべてわたしに迫る。な、何をする気だっ。
わたしににじり寄る二人の幼女。場合によってはご褒美とも呼べなくはないけれど、無邪気(悪気はないという意味で)な笑顔で迫られると恐怖しか覚えない。
そしてお嬢さまがわたしを指さし言ったのは。
「とべ!こるせあ!」
飛べません。
将来はともかく今は浮くことも出来ません。
でもまあ、それくらいで済んで良かった。それっぽく羽ばたきながら庭を駆け回れば満足してくれるでしょ、と、背中の小さい羽をパタパタさせながら四本脚で駆け始めた。我ながらおぼつかない足取りで。
「あ、にげた!おうわよねあす!」
「はいっ」
待て。別に逃げたわけじゃ無くてただ走っただけだってば。
でも人語を話せないわたしの意図なんか伝わるはずもなく、いつの間にか鬼ごっこが始まったみたいなことになる。
そしてわたしは、もしかして竜の本能にでも急かされたように、全力疾走に移行。いやだからそんなつもりはないってのに。
「そっちよ!」
「まってこるせあさんっ!」
屋敷の角を曲がると、お嬢さま方はわたしを見失ったのかそのまま直進。あれ?あの、そっち行くと敷地の外に出ちゃうんだけど!
慌てて反転し、二人の後を追う。途中、使用人の方々もいたけれどそちらも慌てたように道を空けて二人を通してしまう。待って、待って!
そして追い縋った甲斐もなく、何故か鍵のかかっていなかった裏口の格子の扉から二人は外に出てしまった。冗談じゃないわよっ?!
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