第4話・出会い三秒ケガ一生(だから気をつけろって話)

 明日のために出来ること。そのいち。


 ですからね、お嬢さま。あなたが将来捻くれてどす黒くて呼吸をするように他人を陥れる性格になる萌芽は既にこの時間に存在しているのです。

 身を慎み、勉学に励み、友人を大切にし、先達に敬意を払い、わたしの食事にもう少しタンパク質を増やして頂ければ、破滅などという恐ろしい運命が襲い来ることもないのです。

 分かりましたか?


 「こるせあ!ごはん!たべなさい!」


 だから昆虫じゃなくてタンパク質寄越せつってんでしょうがっ。本当に人の話聞かないお嬢さまですねあなたはっ!




 明日のために出来ること。そのに。


 いいですか、お嬢さま。この世界には暗素界なる対なる世界が裏に存在しているのです。生命森羅万象は全て、対となる存在を暗素界に有しているのです。

 そして現界と暗素界との間には気界と呼ばれる、わたしたちがその有り様を捉えられる境界があります。わたしたちは暗素界のことを直接見聞き出来ることはありませんが、気界を捉えることによって暗素界の対なる存在に働きかけることが出来るのです。

 あなたがこれから学ぶことになる対気物理学、その根本となる理屈です。当然お分かりですよね?


 「くー…くー…」


 聞いちゃいない。寝てる分にはかわいー子どもなのに。まったく。




 明日のために出来ること。そのさん。


 …とやる前に心が折れた。何せ言葉が通じないんだから、何を言っても無駄なのだ。

 生前のわたしはそれなりにこのゲームにハマってたんだから、何をどーすれば有利に運ぶのかは分かってる。

 でも言葉が通じないんじゃあ、この破滅お嬢さまを正しく導くことも出来やしない。困った。


 それにしてもなあ。こんなことになるならもう少しゲームの設定の方もマジメに覚えておけばよかった。

 「ラインファメルの乙女たち」がゲームとしてそこそこ微妙なのは、設定がゴリゴリに作り込まれていて、ありきたりな魔法とか精霊とかそーいうものとは一風違った世界観が支配しているからでもあったのだ。

 ただしシナリオライターの人はそーゆー要素をばっさり切り捨ててしまい、実際にゲームの中で用いられているのは単語くらいで、演出としてはふつーの魔法や魔術とそんなに変わりはない。

 そのことが面白くなかった設定担当のひとは同人誌で設定資料集を作ったらしーのだけど、もともと売れ行きや評判の微妙なゲームの表に出なかった設定資料集なんかが話題になるわけもなく、とある同人誌即売会において見事に爆死してたとかなんとか。今なら、買っておけばよかったと思うんだけど。


 そんな風に人生の来し方を後悔しつつ、お屋敷の中庭をとぼとぼと歩いて(四本脚の方が楽)いた時のこと。


 「あら?とってもりっぱなどらごんさんですねっ」


 俯いていたわたしに影が差し、なんともはつらつとした声がかけられた。

 半ばやさぐれていたわたしは、その優しげな声にも「うぜー」って気分にしかならず、我ながらガラの悪い目付きで声の主を睨め上げる。

 そしてそこにいたのは。


 「こんにちはっ。ねあす・とりーね、っていいますっ」


 …見るからに将来有望そうな黒髪の美少女、もとい美幼女だった。

 この世界では、古い言い伝えでは黒髪は不吉の象徴とも言われていて、今はあまりそんなこともないけれど髪の黒い人は迫害の対象になっていた時期もあると聞く。てか、そういう設定。

 それにも関わらず、朗らかで活発、物怖じしない性格……「ラインファメルの乙女たち」の主人公、ネアス・トリーネ嬢じゃないですか。なんでこんな所に、っていうかよく考えたらこれゲームの幼少時代のイベントじゃないの。そうそう思い出した、親に連れられてブリガーナ家を訪れた主人公は、ライバル令嬢アイナハッフェの可愛がってるペットのドラゴンと遭遇するのだ。


 「どらごんさん、おなまえは?」


 となれば、この出会いを軽視するわけにはいかない。

 えーと、確か、こう。


 「…こ、る、せ、あ?こるせあ、さん、ですか?」


 わたしは地面に爪で字を書いた。名前を。それはちゃんと読めたみたいで、ネアスは、コルセア、というわたしの名前を正しく認識してくれた様子。よかった……いや、よくない!そもそも何なの、四足歩行でまだ空を飛ぶこともままならない今のところタダのトカゲが字を書いて自己紹介とかどー見ても事故案件じゃないっ?!


 「こるせあさん、ここはどこですか?」


 …ところがネアスは特に意に介した様子もなく、意思疎通のかなったトカゲに、当然みたいな顔して次の質問をしてきた。乙女ゲーの主人公なんだから当然かもしんないけど、神経の太い子だなあ。

 まあいいや。イベントとしては確かアイナと始めて出会って幼少期ルートのフラグ立てるとか、そういう感じだったから、後のライバルだか悪役令嬢だか親友だかと会わせるのが筋ってもんでしょ。

 わたしはそう考えて、こっちに来いとでもいった感じに後ろを見ながら、ネアスを先導して屋敷の中に入っていく。

 どうすれば平穏無事に、この三周目を終えられるのかなあとか、今のところわたしのアタマはそれでいっぱいだ。

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