第3話・幼年期の始まり、と呼べるほど壮大でもない出だし
朝起きてゴハン食べて仕事に行って夜遅くまで働いて、それが終われば夜遊びすることもなく家に帰ってゴハン食べて寝る。
収入に見合った慎ましい生活をし、マジメに納税して世の中のお役に立っていますっ!と主張は出来る。
……けど、それだけだ。
休みの日は一人暮らし故に掃除洗濯に明け暮れ、趣味らしいものといえばゲームをするくらい。
ドラマみたいな出会いは無いし、将来に明るい展望とかも一切無い。暗い未来も無いのが救いと言えば救いだろうけど、容姿が十人並みじゃあタマノコシに乗ってバラ色の老後が待ってる、なんて期待も出来やしない。
そんなわたしが唯一没頭していたのが、ゲームだ。それも、てっぽー撃ったり飛行機を操作したりするような忙しいゲームじゃなく、似たよーな境遇の乙女がこぞって愛好している、いわゆる乙女ゲーム、ってやつだ。
これにはハマった。忙しくなくて片手間に出来るし、何よりも平穏無事と言えば聞こえはいいけど、起伏のぜんぜん無い生活の中でもしばしどらまちっくな人生に浸れる。
いーとしこいて、とか言われてたってもいい。小心者の小市民が、誰も傷つけずに恵まれた物語の主人公になれるんだもの。
そして、わたしの人生最後にハマっていたのが、「ラインファメルの乙女たち」という作品だった。
コレ、実はネットとかでの評判はとても微妙だったのだ。
主人公はネアス・トリーネという女の子。
よくある中世ヨーロッパ風のとある帝国にある学校で、ステキな男の子たちに求愛されたり恋をしたりと、やっぱりよくある内容と言えばよくある内容なんだけど、一風変わっていたのが、学校に通うところから話が始まるのでなく、子供の頃から物語が始まることなのだ。
そこでの選択次第で、物語が本番を迎えてからの展開が全然違ってくる。
そして評判の微妙だったのも、まさにその点。
ライバル役の、成金伯爵令嬢との関係が、幼少時代の選択の結果次第で、主人公を敵視しまくる険悪な関係から、ほとんど接点の無い身分差を反映した関係、そして親友とも呼べる親しい間柄まで、ほんとーに多様だったのだ。
そしてそれは、攻略対象たる男の子たちとの関係にも影響をおよぼして、たった三人の攻略対象にいくつもの物語があって……わたしは、そのうちの全部は見ることが、出来なかったのだった。
わたしは、多忙に多忙を重ねた末、なんかふっと疲れて眠くなった時、階段を踏み外して転げ落ち、頭を打って死んだ……んじゃないかなあ、と思う。
そう、「かなあ、と思」えたのは、三回目に目が覚めた時のことだった。
「あなたは、こるせあ。いい?」
やっぱりトカゲだった。
それも、今度ははっきりと分かる。
「ラインファメルの乙女たち」の主人公のライバル、時に悪役あるいは親友でもある、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナの幼少時のイベントで出会った、紅竜の幼生が、わたし。
……なんでアイナハッフェ本人じゃなくて爬虫類に生まれ変わったりするんだろう。こーいう場合、目の前の将来有望そうな少女に生まれ変わるってのがお約束ってもんじゃないのだろーか。いや、ゲームの悪役令嬢に転生する方がいいかというとそれはまた微妙なんだけど。
ともかく。
「いいこと?あなたはこれからわたしのペットなの。だから、いうことをききなさい。はい、おて!」
ぽん。
差し出された手についつい手…前脚?を載せてしまったことを、誰が咎められよーか。だって、なんかそういう圧があったんだもん。
「よろしい!いいこね、こるせあ」
何処で覚えたのかは分かんないけど、短い指でトカゲ…じゃない、竜の子供の喉をかいぐる。あなた犬と猫にする躾けとご褒美がごっちゃになってませんか。
せめてそーいう文句の一つも言いたかったけれど、喉の奥から出てくるのは人語じゃなくてご機嫌であることを謳うごろごろといううなり声。だから猫じゃねーっての。なんでドラゴンの喉が上機嫌になると鳴るのよ。
「でんせつのどらごん。わたしのペットとしていっぱいかわいがってあげる!」
そんなドラゴンの仕草にご満悦のお嬢さまは、もう誰にも渡さないとばかりにまだ長くない首をぎゅっと抱く。苦しくはない。むしろ日なたみたいな子供の匂いが、わたしの本能の部分を和ませる。ドラゴンて子供好きなのかなあ。
そんな風にぼーっとするしていたわたしだから、実のところ一番大事なことをこの時はまだ失念してた。
これが、三度目。
何かを失敗してやり直しをさせられてるんだけど、一体どーすればこのお嬢さまとわたしは天寿を全うして、このわけの分かんない状況を脱することが出来るのか。
それすげー重要なことのはず、なんだけどなあ。
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