第2話・二周目…の始まり?

 目が覚めたらトカゲになっていた。またか。


 …「また」って?これが初めてじゃない?どゆこと?

 というか、今まで何していたんだっけ。

 ええと…。


 「コルセア、おはよう」


 アタマの痛みに不快感を覚えていたけれど、それを吹き飛ばすような涼やかな声。

 わたしは布団の中にいたらしく、とりあえず現状確認を、と明るい場所を目がけてふごふごと這い上がる。

 人肌の温もりも感じる布団の中から、どこかひんやりとした朝の空気にアタマをさらした。そして横を見ると、これまた見覚えのある、ナイトキャップを被ったお嬢さま然とした女の子が居た。相変わらず美人だ。

 女の子はわたしの顔の下に手を伸ばし、その白魚みたいな指でのどのところをくすぐってくる。わたしはほんのーに従い、ゴロゴロと喉を鳴らす。猫か!


 「……ふふ、朝からご機嫌ね」


 よく考えたらトカゲの身で美少女と同衾とかなかなか許されるものじゃないと思う。これでわたしが男の子だったら二重に許されないのだけど、これでもわたしは女の子なのである。いやトカゲのメスとか言っても誰が得すんだ。トカゲのオスくらいだろう。


 「…ん、と……そろそろ起きましょうか。今日はネアスが迎えに来るから、ちゃんとした顔を見えないとね?」


 ネアス、というのはお嬢さまの幼馴染み。

 ブリガーナ伯爵家と違ってただの一般庶民だけれど、対気物理学の才にとても特別なものを持っていて、お嬢さまのみならず居並ぶ帝国の貴族顕官のお歴々からも一目置かれている少女のことだ。

 もっとも、飼われているわたしが言うべきことじゃないけど、ブリガーナ伯爵家の方だって先々代からの成り上がり。対気物理学に用いる触媒の取引に便乗してのし上がった商人が買った身分に過ぎないんだけど。

 …って、なんでわたしがこんなこと知っているんだろう?いや長年この家に世話になっているんだから当たり前か。さっきからおかしなことゆってるな、わたし。




 お嬢さまは仲の良い家族と朝食をとり、それから学校に行く。

 学校といっても言うなれば大学みたいなものだ。一般教養を学ぶ場、貴族としての社交の場、そしてこの世界で大きな力を持つ対気物理学を学び研究する場。

 対気物理学の修得にはものすごいお金がかかる。

 だから、貴族の中でも割と裕福な家、そして国から認められた才能のある人材しか通えない。

 お嬢さまは裕福な家の代表格。ネアス・トリーネ嬢は才能ある人材の代表格。

 その二人が幼馴染みとして睦まじいのはこの学園では周知の事実だ。

 だから今日も一緒に学校に通う。


 「おはようございます、ブリガーナ様!コルセアも、おはよう?」

 「おはよう、ネアス。今日も……でっ、殿下っ?」

 「おはよう、アイナ」


 お嬢さまが伸び上がってド緊張していた。だって、家に迎えにきたのはネアスさんだけじゃなく、帝国第三皇子のバッフェル殿下が一緒だったのだから。

 殿下はお嬢さまの婚約者。どうも向こうはあまり積極的にお嬢さまと好を結ぼうってつもりはなさそうなんだけど。

 でもお嬢さまはこの皇子さまにベタ惚れだ。そりゃあこれだけの美形だものね。無理もない。


 「おはよう、コルセア。お前も毎日通学大変だな」


 でも、何故かわたしには親切とゆーか親しげとゆーか。いくら長じては伝説級のドラゴンになるとはいえ、そんなの数百年は先の、今は単なる空飛ぶトカゲに過ぎませんけどね、わたし。


 「さあ、ブリガーナ様、殿下。今日も勉学に励みましょう!」


 ネアスさん、片手をぶち上げて今日も元気。

 なんだか今日もいいことがありそうな気がする。そんな予感。




 「裁定を下す。アイナハッフェ・フィン・ブリガーナを、国外追放に処す……これは陛下からの温情と知れ」

 「……っ!………」


 お嬢さま、後ろ手に縛り上げられて跪き、凄く悔しそう。

 そんな彼女を気の毒そうに見下ろしているのは、親友であるネアス・トリーネ嬢……ナンデ?


 「……残念だ。アイナ、俺はお前の良き伴侶となるべく努めてきたつもりだ。だが、お前が全てを壊してしまった。この、光溢れる才を壊そうというのであれば……断罪せざるを得ない…」

 「………ブリガーナ様…わたし、わたし……」

 「………許さない。許さない許さない許さないっ!!ネアス・トリーネ!あなたがわたくしから全てを奪ったのよっ!」


 ……そうじゃない。

 ネアスさんはいつだってお嬢さまの親友として側にいた。

 殿下だって、ネアスさんに優しさを見せていたのは殿下自身の気質故だ。

 それを邪推して、横恋慕だのなんだのと言いがかりをつけていたのは、お嬢さまの方。

 どこで間違ってしまったのだろう。

 わたしの飼い主は、こうして国外追放の憂き目をみて、わたしは…。


 「……ごめんね、コルセア。あなたのご主人さまは……」


 ううん、いいんです。わたしは優しいひとの側にいられれば、それで。

 だから、これからよろしくお願いしますね、アイナ。


 …………あれ?もしかしてもう二周目終わり?

 …………いや、そもそも二周目って何よ。そろそろ説明と整理が必要なんじゃない?

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