第6話 チュートリアル

「おおー! こうか?」



 キョウが剣を縦に構える。すると、持っている剣が光り、キュイーンという効果音と共にエネルギーを貯める。



「そうそう。そのまま前に向かって振り下ろすんだ」



「こうか? やあ!」



 ブン! と振ると、剣が振り下ろされ、ザン! という音が鳴った。



「これをモンスターに当てれば攻撃が大幅に入る。これが剣を使った場合のスキル技だ」



「へぇー! すごいもんだな」



 VRゲーム内で自分の体を動かしてスキルが発動するという感覚は、慣れないとなかなか難しい。


従来のコントローラーゲームで慣れている人に限って、体を動かす方が苦手だったりもする。無類のゲーム好きの俺も、最初はなかなかできなかった。



「あれ? やっぱりできねぇな」



 今教わったことを繰り返し練習しようとするが、なかなか発動できない。



「意識しすぎて体が硬くなってるよ。剣を構えたらあとはゲーム側が勝手に動かしてくれる。


あとは目の前に向かって振り下ろすだけさ。あそこのモンスターで試し切りしてみなよ」



 と言いながら、俺がお手本を見せる。


ファンタジーゲームの最初の敵の定番、スライムだ。


透き通った水色の丸い体表をしたスライムがポヨンポヨンとジャンプしているところに走っていき、キョウに教えたスキル技を放った。



「ハア!」



 ザシュ! と音が鳴り、スライムが真っ二つになって、消えた。



すると、目の前に画面が現れ、獲得経験値と獲得賞金が表示される。



スライムはどんなプレイヤーでも倒せる最弱の魔物だから、もちろん大した額にはならない。



「そういやこのゲームって、クリアするのに6つの大陸を巡らなきゃ行けないんだよな?」



キョウは剣のスキルを発動させる練習をしながら、カイトに尋ねた。



「ああ。5つの自然属性を象徴した名前の大陸を冒険して、ボスを倒してクリアしていくと、6つ目の大陸が出現するから、そこを今度は攻略する流れだ」



「なるほどなー。ワクワクするなあ。俺、こういうザ・ファンタジー世界! 


みたいなゲームずっとやりたかったんだよなあ。


なんていうかさ、現実世界のいざこざを完全に忘れて、SFの物語の世界の中にのめり込める感じっていうの?」



キョウは遠足に行く前日の子供のように、目をキラキラさせて、とても嬉しそうに話した。




それに対して、カイトもうんうん、とうなずき、深く共感を示す。



「わかるよ。俺もこういう夢の中の世界というか、空想世界で自然がいっぱいで遺跡とかヨーロッパのおしゃれな街があるゲームばっかりやってきたからなあ。


なんか最近、普通の日常送ってていきなりデスゲームになったりとかするアニメとか多いじゃん。


それも衝撃的で面白いんだけど、日常から完璧に切り離してはくれないんだよね」




「わかるわかる。


俺もそういうのはエンタメ作品としては好きだけど、今の日本人ってみんな仕事とか学校で人間関係に疲れてんじゃん。


俺も社会人だからわかるけど、毎日残業ばっかりでさ、上司は怒るし、飲み会とか言っても若者は上司に気を使って生きてるから、すごい息苦しいのよ。


もう感覚的には精神的に奴隷をやってるのに近いと思うんだよな。


だから、そんな世界のことを一瞬でも忘れさせてくれるような世界をずっと求めていたのさ。きっとそんなプレイヤーも多くいると思うぜ」




そう言って、同じ草原で遠くの方でモンスターを倒しているプレイヤーを眺めながら、キョウは言った。



「なるほどな。俺はまだ高校生だからあんまりその感覚わからないけど、周りの人間関係に気を使ってるのは確かにあるな。


俺は学校でも同じゲームの話題で盛り上がれる仲良い奴がほとんどいなくてさ、割と周りから浮いてるんだが、それを見てはいけないものを見ているかのようなクラスメイトの視線が痛くてね。


より現実より仮想世界にのめりこんじまうよ」





「お前はそういうタイプなのか。


俺は同僚とは仲良くてよく遊んだりするが、会社の仕事は嫌いでな。


もともとそんな好きでもねえ上に、残業多いし、上司はクソでよ。


仕事押し付けて自分はそそくさと帰りやがる。


そういうストレスをゲームにぶつけるのが俺の唯一の楽しみなんだ」





「はは。人それぞれいろんな楽しみ方があるってことだな」




「ああ。なあ、よかったらフレンド登録しねえか。お前とは気が合いそうだ。今後も仲良くしてくれや」




そういうと、キョウは腕をお腹の高さにあげて、手のひらを目の前に大きくかざし、メニューコマンドを出現させた。



フレンド登録のボタンを探して操作している。



「ああ。こちらこそ頼むよ。いいクエストがあったらまた誘うぜ」




カイトも喋りながら、同じようにメニューからフレンド登録ボタンを表示する。



カイトはキョウのフレンドIDを入力した。



「じゃあ、俺は今日はこの辺で落ちるわ。明日からまた仕事だからよ。


その前に、鋭気を養うのと、デイブレイク・オンライン発売をお祝いして、19時に寿司を頼んでおいたんだ」



キョウは楽しみにしていた寿司をもうすぐ食べられる楽しみを待ちきれないと言わんばかりに、飛び上がって喜んでいる。



「ああ。もう19時だもんな。お疲れ。俺はまだ続けるよ。初めての完全なVRMMORPGだしな。もっと楽しみたい」




「おお! いいじゃねえか。レベル上げすぎて俺を置いてかねえでくれよ? おやすみ!」



「ああ、おやすみ」




キョウはメニューからログアウトボタンを押し(押すと言っても、画面上をタッチするだけだが)、画面から消えていった。

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