第3話 3日前

「父さん、ついに3日後に『デイ・ブレイク・オンライン』の発売が開始するよ」



 俺は病院のベッドに横たわる父に声をかけた。



「ああ、そうだな……やっと私の悲願が達成される時が来た。お前もぜひ楽しんでいってくれ……」



 弱々しい声で返事をする父を目にし、思わず俺は目を背けてしまう。




 50代には似合わない白い髪の毛と、おびただしい数の皺で覆われた顔。



普段仕事ばかりをしていて顔を合わせる機会がほとんどなかった父のあまりの変わり果てた姿に、未だ衝撃を受けてしまっている。




 父はゲーム開発に打ち込むあまり、過労と栄養不足によって幾度も体調を崩し、「デイブレイク・オンライン」発売の半年前に、末期のガンが見つかってしまったのだ。




 医師によるともう手遅れだということだったが、父はそれに驚きをあまり見せず、受け入れたような顔をしていた。




 俺は母から後でその事実を聞かされたが、複雑な感情を覚えた。



父とは仲が良いわけでもなく、悪いわけでもない。



同じ家に住んでいても遊んでもらったことはないし、話をしたことも少ない。




一緒に食事をすることは少しはあったが、8割は食事の時間も書斎にこもって仕事をしていた。



俺も父親とはそういうものなんだとどこか受け入れてしまっていて、それが当然なのだと感じていた。



その代わりだったのかはわからないが、母がよく俺の話を聞いてくれて、仲良く過ごしていたから、それで満足だった。



きっとシングルマザーの家庭はこういう生活をしているのだろう。






「海人……私にはな……夢があったんだ。私はその夢を叶えることができなかった……」



 窓の外を見ながら、父さんが喋り始めた。




 驚いた。父が生まれて初めて自分のことを語り始めたのだ。夢? 夢とはなんだろう。




「夢? 父さんの夢って、『デイブレイク・オンライン』を作ることだったんじゃないの?」



「……確かにそうだ。私はその夢を叶えた……そのために犠牲にしたものもあったがな……」



 そう言うと、窓の外を見ていた父さんが俺の顔を見た。


おそらく家庭のことを言っているのだろう。



「……そんなことないよ。俺はゲーム好きの父さんの背中を見て育ってきた。


父さんがやってきたゲームのお下がりを全部クリアした。


俺も父さんのように立派なゲーム好きに育ってきたよ。俺はそれで幸せだよ」




 これは本心だった。


ゲームと出会えて、一生楽しめる趣味を見つけたと思っている。


そこに関してだけは父に感謝している。



「……そう言ってくれるのは嬉しい……しかしな、この『デイブレイク・オンライン』はまだ完成していないのだ……足りないものがある……」



「え?」




 父さんが人生をかけて作ったゲーム。


1ヶ月前にベータ版が公開されて、それにも参加してみたが、クオリティーに何か不備があったとは感じなかった。



幼い頃からゲームをし、高校生になった今まで、10年間をかけて、数百以上のゲームをプレイしてきた俺が、


「このゲームは紛れもない世界最高峰のゲームだ」と感じたのだ。




100種類以上もゲームをプレイしていれば、必ず駄作にも当たる。



シナリオが面白くなかったり、グラフィックが崩れていたり、プレイしている途中で動きが止まってゲームが落ちたり、



キャラクターが魅力的でなかったりと、プレイヤーの期待値を下回るゲームも数多い。




しかも、俺はその中でも特に辛口の方だと言う自覚がある。



少しでも面白くないゲームがあれば、その会社に返品をしたいという電話抗議をして、返品することもあるタイプだ。



だから、ぶっちゃけ「デイブレイク・オンライン」に関しても、自分の父が作っているとはいえ、しっかり客観的に見て批評しようと思っていた。




前情報もしっかり仕入れて、パッケージと中身に齟齬がないかを確認し、話題になるほどのクオリティーが担保されているかをきちんと見た。



 そこまでしても、粗探しをしても批判するべきところが見つからない、あっぱれだと感じたのだ。



そんなゲームのどこに足りない部分があると言うのか。



むしろ完璧すぎると言うくらいなのに。




「そんなことないよ! 父さんが作ったあのゲームは最高だ! 


俺はあんなすごいゲーム見たことがないよ! あれは間違いなく世界最高のゲームとして歴史に名を残す価値がある。僕はそう思うけど……」




「……そう言ってくれるのはとても嬉しい。


お前のような息子を持てて幸せだよ……死ぬ前にその言葉が聞けてよかった……でも、ダメなんだ……あのゲームには……が……足りない……でも……お前なら……」





 父さんの意識が途切れていくのを感じ、焦って呼びかける。



「父さん! おい! 父さん!」



 父さんはゆっくりと目を閉じ、少し口角が上がった状態で目を閉じた。




 ベッドの脇にペースメーカーがついているが、それを確認しなくても、俺は全てを察した。




 部屋を出て、外で俺の謁見を待っていた看護婦に言う。




「父さんが息を引き取りました……」

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