第23話 エピローグ

「ッハ、ッハ、ッハ」

「っは、っは」


 夜。希望の星、ホープスと双璧を成す一回り小さな星明かりが二人を照らす。郊外より寄り深い森の中を必死に走るその姿は美麗。だが靴とスカートの端が土で汚れていた。


「ック!」

「母様!」


 母様。そう呼ばれた女性は足を止めうずくまる。脇腹を抑えていた手を見ると、星明りで光沢が見えた。


「かあさ――」

「ッシ! 静かにしなさい」

「ッ」


 焦りが混じる声を言われ、少女は手で口元を抑える。再び血濡れの手で脇腹を抑え息を潜める。


「……」

「……」


 草が擦れ、何かが動く音が聞こえる。それを額に汗を搔きながら少女と目を合わせ、静かに留まった。


 しばらくすると疑わしい音が消え、風の音だけが辺りを包んだ。


「……どうやら行ったようね」

「母様、大丈夫……?」

「ええ。お母さんは強いから大丈夫よ」


 嘘だった。これが娘についた初めての嘘。気丈に振舞う笑顔が精一杯。


「行きましょ」


 酷い痛みを耐えて立ち上がる。彼女は思う、幸いだったと。


「ッハ、ック!」


 歩きながら思った。目的地と逆方向に音が遠ざかったと。


「っは、っは」


 娘の息遣いが重い一歩を踏み出す力となる。


「ッハ、ッハ、ッハ」

「っは、っは」


 命より大切な子供。その末女。


(この子は絶対に生かす! 命に代えても生き延びさせる!)


 母親の想いは確固たるものだ。妾の子だとしても、流れるその血は紛れもない本物。確かに受け継がれる能力。それが少女にはある。


「ッハ、ッハ」


 なぜこんな事になったのか。なぜ圧倒的強さを誇る子種の主が討たれたのか。答えが出ない問答を走りながら繰り返した。


「ッ! 見つけた!」


 思わず声が出た。それは質素な小屋だった。木造でおんぼろ。すぐさま立ち止まり娘に目を合わせる。


「いいよく聞いて。お母さんのいう事聞いてくれるわよね」


 それを首を縦に振って娘が応えた。


「あの小屋の中に安全な場所があるの。子供でも開けれる。そこに行って――」


 言葉が続かなかった。暗がりの小屋の周辺を歩く追跡者がいたからだ。


「ッ!」


 少女を強引に引き連れ茂みに隠れる。


(何故、何故、何故__)


 瞳を揺らし息を殺して思考するが、疑問が生まれるばかりで真面な思考ができない。


(小屋の存在は一部の人しかしらないのに! なのにどうして……!)


 混濁する中、ッハっと意識がまともになった。握る小さな手が震えていたからだ。


(この子のためにも生き延びないと……ッ!)


 砂を踏みしめる足音が聞こえ緊張感が走る。ジッと息を殺し、過ぎ去るのを待った。


「……ふ」


 汗をかき静かに息をする。小さくなっていく足音を聞いた。やがて辺りが風の音だけになると、母親は娘に目を合わせる。


「小屋の中に入ると床に魔術陣があるの。それに魔力を流せば転移できるわ」

「どこに?」

「親戚のおじさんの所。ほら、歳の近いあの子のお父さんよ」


 無垢な瞳に語りかけた。


「母様もいっしょよね! そうでしょ!」

「……もちろんよ」


 一瞬どもるが微笑みながら口にした。


「でもお母さんはお花を摘みに行きたいから、先に転移するのよ」

「え、でも__」

「わかったなら頷きなさい」


 脇腹の傷を見られ焦る様に話しかけた。頷く娘を見た母親が抱きしめる。


「母様……?」


 娘の声が耳元で囁かれより強く抱きしめた。我が子の温もりを忘れぬように、確かに動く鼓動を感じるように。母の温もりを忘れさせぬように。


「行きましょ」


 茂みから娘を連れて出る。一目散に小屋へと進むが、脇腹の傷が疼いてうまく歩けない。だが娘に心配かけまいと気丈に歩く。


「ッハ、ッハ」


 小屋に立て掛けてある雑貨が視認できた。


(もうすぐ。もうすぐよ!)


 心臓の鼓動が速くなる。馳せる気持ちが足を速くさせた。


「――」


 倒れた。砂を頬に付け苦悶する。


「っく!」

「母様!!」


 痛みの下を見ると、太ももにナイフが刺さり血が流れていた。


「――行きなさい! 早く小屋へ!」

「いやよ! 母様を置いていけない!」


 悲鳴に近い娘の声が響く。


「言う事を聞きなさい! 早く!」

「母様がいっしょじゃなきゃ――ッ!」


 突然現れた黒ずくめ。その黒ずくめに娘が抱えられる。


「放して! いやよ放して!」

「放しなさい! 私はどうなってもいい! だからその子を放して!」


 二人の頬に涙が流れる。


「そうかよッ!」

「ッぅう!?」


 別の黒ずくめに傷口の脇腹を蹴られ、仰向けにされる。痛みより悔しさで涙が溢れる。


「母様ぁ!」

「娘は確保したが母親はどうする」


 娘を抱える黒ずくめが言った。


「ッへへ、好きにしろとの事だ。……ン゛!」


 母親が顔を勢いよく叩かれる。


「ック、……娘だけは、解放して――ッ」


 馬乗りにされ叩かれる。


「雑音が聞こえるなぁ。フン!」


 再び叩かれる。


「ッ……ッ……」

「何だって? 聞こえねぇなぁ!」


 何度も頬を叩かれる母親。


「お願いやめて! いじめないでぇ! 母様をいじめないでぇえ!!」


 涙を流す悲痛な叫びが木霊するが、容赦ない暴力は止まることは無い。


「あ……ああ……」


 顔が腫れ鼻から血が流れる。力尽き、息をするのが精一杯だった。


「よぉぉし! お前らぁ! ショータイムだ!」


 音頭のように合図すると、暗がりから数名の黒ずくめが出てきた。


「ッケケケ!」

「溜んねぇよなぁ」


 下賤な声が辺りを被う。


「――いやよ」


 群がる。


「――ッこんなのいやよ!」


 布が破られ胸元が露になる。


「助けて! 誰か助けてよぉ!!!!」


 少女の叫びは森の中を響かせた。


「ッハハ、……レロ」


 力ない母親の顔が舐められる。


「――」


 もう……。もう無い。もう何も無い。少女の想いは露と消え、瞳に絶望が染まろうとしていた。





「待てい!!」





「!!??」


 雷鳴の様なその声は、静けさが支配するこの場の何よりも響いた。


「!?」


 跨る黒ずくめも、群がる男たちも、そして捕らわれた少女と母親も、一切の誰もが声のする方へと目が向く。


 壁の様な断崖のてっぺんにそれはいた。希望の星を背にコートをはためかせ、逆光によりその姿は鮮明ではない。だがフードの奥には確かな眼光がある。


 誰もがその声の主を見ると、声が発せられる。


「母の愛、娘の愛。その親子愛を別ち凌辱する者達よ……。おのが姿を見るがいい!!」


 魂から湧き上がる様な力強い言葉。それを聞いた者の鼓動が速くなる。


「無垢な心は闇に触れ、打ちひしがれ絶望するだろう……」


 誰かの後ずさる音が小さく響く。


「だが、無垢なる鋼の心は絶望を一脚し、一歩前へと進む!」


 少女の頬から雫が落ちる。


「前へ、一歩前へ。諦めず、光を掴む!」


 母親と少女の目に光が宿る。


「掴み取った輝き、人はそれを……希望と言う……」


 かぶいたセリフ。それを聞いた跨る男が立ち上がり怒りを言う。


「おい! 何様のつもりだ! お前はいったいなんなんだ!!」


怒号が森を響かせる中、それは高らかにこう返した。


「貴様らに名のる名はない!!」


 脚部から発射する棒を掴む。形成される刃、得物を構え男に向けて大きく飛び降りた。


「天誅!!」


 男が見た最後の光景。それはこの世の物ではない鎧姿

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

饅頭無創 ~饅頭になった親友がF○CK! F○CK! 言いながら創造している件。俺は饅頭にサイボーグにされて無双する!~ 亮亮 @Manju0501

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ