第5話 ワープ

 現在




「っシャア!! ざまぁねえなカス共がよお! 僕の親友に手を出した報いだ!」


 徐々に色を取り戻し映像を確認すると、無数にいたPhotonが跡形もなく消滅していた。無論囲むように設置されたゲートも消滅している。

 この結果に声をあげ、思わず中指を立ててニヤついてしまった。


「ぅん~♪ 上出来じゃないかサテライトF○ckぅ」


 つくづく実感するよ、僕のPSYは都合がよすぎる。発射された特大ビームは名前の通りPhotonだけを消した。この島の木々や生物、周辺の海域には一切の干渉はない。想像通りも創造通りだ。


「なぁ~て素敵なんでしょ♪」


 今この島を観察している各国の首脳陣はおっかなびっくりだろう。人や街に干渉せず、Photonだけを消滅させた超大型兵器が出てきたんだ、まさに理想の代物だろうさ。


 offにしていた機能を戻し、僕を呼び出すコールサインが画面の端に表示される。一覧を展開すると、知り合いからの通知と所属機関から連絡がきていた。


「……はぁ。出てやるか」


 ここまで大事にしたんだ。簡単な説明くらいはする義務があるだろう。

 そう思いながらコールボタンを押した。


「ハローボブさん」

《――なに!? 繋がったか!》


 眉毛がチャームポイントのハゲ上司 の声がする。サウンドから忙しなく流れる現場の環境音よりも騒がしい音を立てながら映り込んできた。


《ナッシュ! お前は! お前というやつは!! 何てことをしたんだ!!》

「人を襲うPhotonを退治しただけですけどぉ」

《ッッッ~~馬鹿にしているのか貴様あ゛あ゛!! 私がどれだけの――》


 上司のありがたいお言葉を聞きながら、ドローンによる自動周辺警戒を実行する。万が一にも溢しがあれば衛星からの攻撃も完全ではない事になる。そうなると改善の必要があり、後の仕事に組み込むであろうF○ckの量産に支障がでる。


《――なんの情報開示もないまま同盟国への対応がどれだけ大変なのか!》

「まぁそうカッカしないでくださいよ。ますます進行してしまいますよ、頭(笑)」

《ッギ! ッ~~貴様は本当に……》


 怒りに震える上司の後ろで、何度か会った美人秘書さんが違った意味で震え堪えている。こうしたいつも通りの受け答えができる程にはまだ大丈夫だろう。内心、迷惑をかけたと思っている。少しね。


《この数ヶ月間、連絡も寄こさないままその島に籠っていた事情を!! ……いや》

「?」

《今この場で聞かせてくれ、現状を見るに……その梃でも動かん重い腰が上がったという事で、いいんだな》

「そうですね……」


 唐突に怒りを収めたボブさんが、威厳ある態度、声で語ってきた。元々僕はPhoton殲滅にはそこまで前向きでは無かった。正直、ガチガチの戦闘系PSYが数百人も在籍していたし、彼ら彼女らの仕事がスムーズになる様サポートするだけに留めていた。僕はプライベートを優先したんだ。


《そうか。……君に謝罪させてくれ、ナッシュ》

「謝罪?」


 なんだ突然。なにかしたのか?


《君と深い親交のあったウェルズ家を守れなかった》

「……」

《改めて代表して謝辞する。すまなかった》


 真剣な眼差しで訴えて、頭を下げてくれた。後ろの秘書が驚きを隠せないでいる。


「顔を上げてくださいボブさん。長官として、貴方は十分にベストを尽くしました」

《そう言ってくれるか。感謝する、ナッシュ》

「ホントは汚い頭頂部を見るのが嫌でしたけどね」

《ッそうか、それはすまなかったな!》


 顔を上げたボブさんの眉がピクリと動いた。実際にこの人は有能で、これまで築き上げたPhoton対策の細部に至るまで細かく、そしてより良いブラッシュアップをし功績を残している。彼がそのポストに居なければ、Photon被害は減ることは無かったはずだ。


「早速ですがボブさん、僕は宇宙に上がろうと思います」

《何? 宇宙だと!? お前は何を言って――》

「Photonを殺すためですよ……」

《ころっ――》


 ボブさんが驚愕の表情を浮かべている。それもそうだろうさ、客観的に今までの僕からは想像もしない言葉が出てきたのだから。


「許さない」

《?》

「ッ皆殺しだあ゛!!」


 震える声が、震える体から絞り出る。


「あいつらは手を出してしまった死なせてしまった! ウェルズ家を……マリオンをぉお゛!!」


 口を出さずにはいられない。


「よくも大好きな家族を、大好きな人を……。ッッ調子に乗りやがってクソ共がぁあ゛あ゛!! 僕が大人しくしていたのをいい気にナリヤガッテ!!」

《……》

「殺してやるぅう゛! コロシテヤ゛ルゥウ゛!! 一匹残らず全滅だあ゛!」


 髪を掻き乱し、息が荒くなる。辛うじてかけてあるメガネは無事だ。


「腕を千切り、胸を砕かせ、脚も折る! あいつらがしたみたいにっ! みんなにしたみたいにぃい゛!! 苦しみを与えてやる! 悲鳴を上げさせてやる゛!! 絶対にユルサナイ!!」


 サウンドが静かになった。おおよそ、作戦本部の大画面で情緒不安定な僕の叫びを聞いて、対策チームが驚いたのだろう。


「フー! フー!――」


 肩で息をする程に体力を使ってしまった。思ったよりも僕が抱えるストレスは多大なようだ。……いや、このくらいストレス、怒りや復讐心は保っておくべきだ。そうじゃないと全力で殺しに行けない。


《……変わってしまったな、ナッシュ》

「っええ」

《Photon殲滅に意欲を出してくれたのは僥倖だが、……個人的には、以前の君のままで腰を上げてほしかった》

「……すみません」

《謝るな。……家族や友人、愛する者が突然いなくなれば、復讐心に取りつかれるのは必須だ。……私も人に言えた義理じゃないがな》


 ボブさんが瞼を閉じながら言い聞かせるように綴った。……そうだった。ボブさんも奥さんをPhotonの襲撃で亡くなったんだ。


「ありがとうございます。ボブさん」

《気にするなナッシュ。若い頃の私と、いや、それ以上の働きに期待する》

「言われなくても期待に応えますよ。ックク! 湧き上がってくるんですよぉ、いろ~んな潰し方が♪」


 後ろの秘書が露骨に引いている。僕の表情はとてもご機嫌なようだ。


《では早速だが――》


 ボブさんの言葉をアラームが遮る。巡回のドローンがゲートを見つけたようだ。すぐさま画面を足しそれを確認する。

 通常とは程遠い小さな輪で見かけない色をしている。人一人分の広さだろうか……。


《どうした!》

「そちらにも映像を送ります」

《……届いた。衛星班、こちらの衛星も回せ》


 指示を出すボブさんには緊張感が漂う。それもそうだろう。このゲート、僕は見たことがない。正確には初めて見る。……資料が無い事はつまり現時点で初のゲートだ。


「戦闘モードへ移行。他のドローンも現地点へと招集、付近のガンやバズーカも再起動だ」


 青く光るモノアイが赤へと変わる。ドローンの戦闘モードだ。重火器が起動する中、続々とドローンが集まってきた。

 初のゲートだ、油断はできない。


「……」


 ちらりと後ろを見る。メディカルカプセルを囲むように、一回り大きい四つのカプセルが鎮座している。いざという時は……と考えたが、すぐに思い留まった。アレらの全機能を行使するには親友――マリオンとの同調が不可欠だ。世の中何が起きるかわからない。万が一にでも流失し、危険が及ばないとは限らない。強すぎるが故の処置だ。


「……ダメだ」


 今がその時、まさにその時だ。だけど、自然起動ではなく強制起動したマリオンが何かしらの拒絶反応を起こすかもしれない。そんな状態は避けたい。今までの時間が無駄に終わる。

 幸いサテライトF○ckがある。また撃てばいいだけだ。


《念のため待機している戦闘部隊を行かせろ。――なに!? 同盟国の衛星を使えばワープは可能だろう!! ――申請だと? お前たちは緊急事態で集まったのだろ! 責任は私がと――ええい! 話にならん! 私が直接――》


 本部も初めての事態にごった返しになっている。画面からフェードアウトした上司の怒号が遠く聞こえる。そういえば言っていたなぁ。融通のきかない頭の固い奴ら相手で、ストレスを感じていると。


「……」


 ゲートから現れる気配がしない。……すでに発見から数分は経つけど、油断は禁物だ。いつでも現れていいように集ちゅ――ッッッ~~~!!


「っはっしゃああ!!」


 同時にドローンから、重火器から発射された。映像を埋め尽くす弾と爆撃、そして砂埃。一秒二秒、数秒攻撃した後に止めをした。


 本当に油断ならない。脚と思わしき部位が出現し、有無言わずに攻撃を行った。……砂埃が舞う画面を瞬きをせずに見る。これで斃したとは思わない方がいい。何せ初めてのゲートから出てきたんだ、緊張を解く必要はない。


《……やったか?》


 本部の誰かが呟いた。本当にそう願いたいし、そうあるべきだ。これで何事もなく終われば問題ない。先ほどまで在ったゲートが閉じているから、消滅したと思いたい。


《……、……ッ!》

「!?」


 誰もが固唾をのむ中、砂埃が晴れ、そして裏切られた。

 あれだけの砲撃を食らったにもかかわらず、一切の傷を負っていないPhotonが立っていた。その風貌は有象無象のPhotonとは明らかに違い、鎧を纏い、装飾が施されている。


「うそだろ……」


 そう言葉がでた。この言葉は二重の意味を含んでいる。

 今までの攻撃なら消滅できた事が不可能になっている事。そして、一瞬にドローンを含む一帯の兵器が破壊された事だ。いったい何をしたんだ? その答えは右手にある剣が答えだろう。


 残像を残すほどの高速移動、後方に展開していたドローンと重火器が奴の振るう剣に一刀されていく。


《急げ! 未曾有の事態だぞ! PSYの耐性を持つPhotonが出現し――》


 ――直感的に、今僕がするべき事がわかる。いや、これしかない。


「今からサテライトF○ckの設計図と部材のデータを送ります!」

《なんだって!?》

「部材の素材と加工データ、そしてその詳細も送りますッ!」


 様々な障害をモノともせずこっちに向かうPhotonを監視しながら送った。何故逃げもせず、増強もせずこうしたのかはわからない。だけど、この行動がが一番の正解だと思う。


「スターサテライト、緊急ワープ!!」

《ナッシュ!!》


 チャージがかかるF○ckを使う余裕はない。非常時用というか、僕の計画に組み込んである拠点型サテライトベースへとワープをかける。僕の心血を注ぎ全力で創ったマシン。Photonのカウンターとなるマリオンとアレらを比較的に安全な所へ、宇宙へ。


「ッチィ!」


 あまりの情報密度でワープが遅い! 敵が迫っている焦りから、思わず舌打ちをした。

 時間がかかるなら仕方ない! 試作型のロボットを展開して――


「――マズイッ!!」


 マップを確認するともう目前に迫ってた。すでに外壁へと取りついている。一応、このスペースにも自動防衛システムを組み込んでるけど、奴のスピードに間に合うか……!


「ッッ」


 瞬間、四方に切られた壁が音をたてて内側へと倒れる。低く埃が舞う中、そいつは確かな足取りで入ってきた。


「ハロー、Photon……」


 ワープの範囲へ後ずさりながら手を振る。そして起動した防衛システムが一瞬にして破壊された。


 振るった腕が見えなかった。僕の目からは同時に両断されたにしか見えない。――異質。明らかに異質だ。抽象的だった人型Photonとは一線を画している。


「……関係ないね、僕からすれば」


 背中に汗が流れる中、自然と口に出た。例え目の前の奴が強かろうが無かろうが、Photonは僕が全滅させる。それを成すために、今は逃げるんだ……。


 Photonが何故か静止するのをいいことに、ワープ直前の範囲まで後ずされた。そして僕はニヤリ顔で意気揚々にサインする。


「クソど――」


 景色が一転し、下から徐々に見えてくる。突き出したPhotonの剣、両手で中指を立てた首のない体、ワープ範囲に入った景色。


 ここで僕の意識は途絶えた。





「――ん――ん」


 あれ……何か聞こえる……。


「あ――」


 声だけじゃない……水気を帯びる音もする。でも何故だろう、動けない。PSYを使おうも調子が悪い。うまく力を引き出せない。


「――チュ――チュ」


 けど瞼は何とか開けそうだ……。もう少し。


「……ッ」


 まるで初めて瞼を開けた様な感覚。そして視界に入ったのはマリオンだ。


 だが――


「うふふふ! 私は貴方のもの。そして貴方は私のものよ。――ふふ」


 僕の親友が女に犯されていた。


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