第4話 僕のせいだ……

「悪いなナッシュ、断ってもよかったのに……」

「断る理由が無いんだ。みんなに世話になってるし、たまにはウェルズ家のアイドルへサービスしないとな」

「そう言ってもらえると助かるよ。……遅いなぁ。おい! ナッシュが来てるって! 誘っといてなに待たせてんだ!」


 玄関先で声を張って呼んでいる。二度目の催促だったからか、マリオンに苛立ちが見える。


「――もうちょっとー!」

「だってさ」

「はぁ……。ナッシュ、何かせがんできたら断れよ? 飴を与えるとすぐ調子に乗るから」

「ハハ、何言ってんだよ。デートの時くらいは羽目を外してやらないと」


 あれから二日後、天気は晴天で気温もちょうどいい感じだ。

 マリオンの暴露……まぁ気付いてたけど、マリーの気持ちを汲み今日はデートだ。


「デートぉ? 二人で出かけるのはしょっちゅうあるだろ」

「お出かけとデートは別腹なんだよ」


 庭の手入れ中だったマリオンがノズルを止める。


「マジか、お前もマリーと同じ事を……」

「そんなんだからチェリーボーイなんだよ」

「同じチェリーに言われたくねーわ」

「……。そうね」


 家の二階がドタバタしているのが聞こえる。どうやらお出ましの様だ。


「……おい、なんださっきの間は――」

「お待たせナッシュ!」

「じゃあ夕方には戻るからおばさん達に言っといて」


 要件だけ伝えマリオンを無視し、マリーと一緒に楽しいデートへ向かう。


「え? ちょ! ナッシュさん!?」

「マリー、今日は一段と可愛いじゃん」

「でしょー! おニューの服なんだあ!」


 いつものように腕が抱かれる。マリーもご機嫌な様だ。だんだんと雑音が遠のいていく。


「うっそぉお!? いやいや! どーせ思わせぶりなんだろー! 頼むから答えてくださーい! カムバーック!」





「どうぞー。ありがとうございましたー!」


 少し離れた木漏れ日がかかる常設されている腰かけに座り、手渡されたクレープをマリーに渡す。おいしそー、と手にしたものを頬張り顔が緩んでいる。


「久しぶりにクレープ食べるけどヤバいなこれ。やっぱ糖分は正義だわ」

「買ってくれてありがとねナッシュ」

「ハハ、マリーが喜んでくれるから僕もいい気分だよ」


 映画を観終わり、お互いに感想をカフェで交換した。最近のアニメ映画は馬鹿にできない。マリーの趣向な映画だったけど、話もしっかりしていたし、熱い展開や涙腺を刺激する模様もあった。


「ハム……。おいしー」


 感想の交換はいろいろ出たけど、最終的には満場一致でかわいいは正義! で結論がでた。


「ん……。ごちそうさま」

「包み紙ちょうだい」

「ありがと」


 丸まった包み紙を受け取ると、足元にゴミ箱を創りゴミを入れる。ッスッとゴミが入ると創ったゴミ箱を消す。


「ナッシュのPSYは便利だね」

「これで稼いでますから」


 真ん丸なマリーの目が僕の目とあう。


「……」

「……」


 言葉に詰まった訳じゃない。何となく、マリーの反応を待っていた。

 すると、数秒後に視線を落とし口が開く。


「私は家族が好き。でも、友達のみんなは家族がうざいんだって……」

「……」

「いちいちうるさいとか、迷惑とか、キモイとか。私からすれば訳が分からない事ばっかり」


 俯くマリーの側へ寄る。


「価値観の違いって分かるけど……、お兄ちゃん嫌いとか、ありえないし……」

「そうだね」


 マリーは、マリアンは優しい子なんだと再認識する。いつもマリオンと突っかかるけど、心の内ではお互い大切な存在なんだ。ここで兄に触れるのはそんな裏返し。


「ナッシュの前ではお兄ちゃんをからかってるけど、内心心配でいっぱいなの」


 マリーの想いが少し零れる。


「家族で一人だけPSYが無い。仲間外れだーて、それがどれ程孤独か劣等感があるか……。私なら耐えられない」

「マリー……」


 手を掴むと握り返してきた。


「お兄ちゃんが耐えられた理由の一つとして、ナッシュの存在があると思うの。歳も同じだし」

「……」

「初めて会った時は何だかなぁって思ったけど、お兄ちゃんと親しく接してる姿を見ていると、だんだんナッシュから目が離せなくなってた」


 握られる力が少し、強くなる。


「だから、その、私! ナッシュが――」

「シー」


 瞳を揺らすマリーの唇に人差し指をつける。そこから先の言葉はまだ早い。


「実はさ、僕の大好きなマリーにプレゼントがあるんだ」

「ぇ……」


 枯れるような細い声がマリーから出る。その動揺している隙に後ろに回り、首に優しく着ける。


「どう? マリーのためだけにPSYで創った僕からのお守り」

「……綺麗」


 僕のPSYは機械的なフォルムがベースだけど、頑張って宝石に近いフォルムにした。結構力入れて創ったからかなりの自信作だ。


「……今はさ、このままでいいんじゃいかな」

「……うん」

「だからさ、今言いかけた言葉はまたこの季節が訪れたら聞くことにするよ」

「うん。うん!」


 今日のベストスマイルはマリーの笑顔で決まりだな。





「ふぅ……」


 自室のソファに腰かける。

 あの後ぶらぶらしながらウェルズ家へと帰路、マリーを送り届けた。出迎えた兄の方のマリーが煩く質問してきたので適当にあしらって帰宅した。既に数時間が経過している。


「ふぁ~、明日から仕事だぁ~」


 あくびをしながらPSYを使い画面をだす。……うげぇ、週末にまたおっさん達とかち合うのか。


「あー嫌だ嫌だ! 想像するだけでも鳥肌がたつ!」


 頭に浮かんだおっさん達がキモくて嫌になる。でも――


「ッハハ」


 マリーの笑顔を思い出すと心が安らぐ。

 実はあのプレゼントには仕掛けを施している。なにかと物騒な世の中だ、強い衝撃の余波を感知するとバリアが張られる機能を付けてある。


「今日は外さないで寝るって、おいおい。まぁ嬉しいけどさ」


 独り言を言いながら任されてる仕事の確認をする。……何々? 新装備開発の会議の打診の会議?


「アホか! なあなあで仕事してるくせに、会議するための会議ってどうなってんだよ!? ぬわあああ!」


 腐ってやがる! 上の連中どんだけ甘い汁吸いたいんだ! しかも何で俺もその会議に出なきゃならん勝手にやってろ!


「!? ふー落ち着け」


 そうだ、マリーの笑顔を思い出そう!


(ナッシュ~! こっちだよー!)


 いやー癒されますわぁ~。やっぱマリアン可愛いだよなぁ~。兄貴とは大違いだ。


 ――ティロン


「?」


 目をつぶって思い出していると、お知らせが来たようだ。秘書さんからかな?



 =WARNING=

 バリア破損



「――ッ」


 同時に聞きなれない爆発音が辺りに響き渡り、Photonの出現を警報する音が鳴り響く。


「っそんな――」


 考えるより先に体が動いた。靴も履かず裸足で外に出ると、辺りに爆ぜた破片が散らばっていた。


「そんな……」


 燃えてる――爆ぜてる――崩れている――


「に、逃げろ!」

「なにが起こったんだ!? Photonか!?」

「つ、通報だ!」

「今してる!」


 周辺住民が続々と集まっている。それをよそに僕は燃えさかる邸に走る。


「はい、そうで――え、おい! 危ないぞ! い、今誰かが中に――」


 何か叫ばれたけどどうでもいい! みんなはどこだ!


「っく!」


 炎の熱さと煙が恐怖心を生み出す。でも関係ない、どうでもいい!


「マリー! マリオン! どこにいる!!」


 人の声は聞こえない。燃える音と崩れる音が響くだけだ。……クソ! 原型が分からない程に崩れている!


「おじさん! おばさん! いたら返事してくれえええ!!」


 奥に進むが希望は見えない。ダメだ! 二階へ続く階段が完全に燃えている!


「っ!」


 燃える木材が倒れた。それを避けて正面を見ると、目と目が合った。


「おじさ――」


 言葉が続かなかった。心臓がどうにかなりそうなほど鼓動している。


「うそだ……」


 嘘だ。


「うそだ」


 嘘だとよかった。


 おじさんとおばさん。二人とも人の形をしていなかった。血が溜り、欠損し、絶えている。


「ッウぉ――」


 腹からこみ上げるものを堪えきれず床にぶちまける。


「ぅうう”!!」


 涙が溢れ出る。止められない。


「ま、マリー、マリオン」


 探す様に辺りを見回すと、壁にもたれ掛けていた。


「マリオン!」


 無我夢中で炎を搔い潜り、マリオンの元にたどり着く。


「大丈夫かマリオン!」

「……ぅ」


 息をしている、欠損も無い。だが血が噴き出し、胸に穴があいていた。


「そんな……!」

「――っ――っ」

「よせ! しゃべるな!」


 聞き取れないが何か言っている。出血が酷い。


「っダメだ、ダメだ!」


 マリオンを抱きマリーを探す。周りは炎の海、もう自分が何を考えているか分からないでいる。


「マリー! マリー!!」


 必死に叫ぶ。


 不意に横を見ると燃える柱がこちらへ倒れてくる。


「――ぁ」


 PSYで防ごうと発動する瞬間、柱が誰かの手で止められる。


「間に合った。こちらウルフ1、生存者とウェルズ家長男を確認」


 なんだお前ら―― その服装はまさか――


「……了解。ウルフ4とウルフ5は引き続きPhotonの捜索を__」

「出血が酷い、すぐに処置しないと。ほらどいてくれ」


 理解が追いつかない。マリオンから無理やりはがされ、良く知ったワープで隊員とマリオンが消えた。


「歩けるな、俺たちも出よう。長女は無事だぞ」


 起き上がり、フルフェイスで顔が見えない奴の胸ぐらを掴む。


「間に合っただと……っふざけんじゃねええ!!」


 業火の中、怒りが僕を支配する。


「いったいどれだけの時間をかけて! 何のためにワープ装置創ったと思ってんだ!! 全然間に合ってねぇえんだよ!」


 震える声で訴え、震える手で指さす。


「し、死んでんだよ、死んだんだよ!!」

「……出るぞ」

「マリオンも死にかけてんだ! それなのにお前らときたらッッ!! 腐れジジイ共と一緒でクソだ!!」


 涙を拭くのも、鼻水を拭くのも、僕はなにもできない。


「このクソ野郎があああ!!」


 胸ぐらを離し、震える拳をフルフェイスに向けて振りかざす。


「出るぞ」

「ッ!!」


 だが拳は受け止められ、腹に重い何かをくらい、僕は意識を飛ばされた。


「……すまない」





「……ナッシュ。ちゃんと飯は食えて……ないよな」

「……。……」


 僕のせいだ__


「はぁ。お前の気持ちはよくわかる。だが二人の葬儀に出ないで……いや、もう済んだ事だ。今はマリアン・ウェルズの側にいる方がお前にはいいのかもな」


 僕のせいでみんな――


「長官、そろそろ」

「わかった。……明日また様子を見に来る。なんでもいいから腹に入れとけ。な」


 肩を叩きながらそう言い残し、上司と秘書さんは病室を後にした。


「……マリー」


 数日間、未だにマリーは意識を戻していない。でも外傷は軽症ですんでよかった。


「ごめん、マリー。怖かったろ」


 胸を上下するマリーに語り掛ける。――問題はマリオンの方だ。体の内部がズタズタで生きているのが不思議なくらいらしい……。


「マリー。マリオン。……僕は無力だ」


 頭の中がグルグルと回る。


「僕がもっと頑張っていれば」


 僕のせいだ。


「もしおっさん達の提案を聞いていれば」


 僕のせいだ!


「兵器を沢山創っていれば」


 僕のせいだ!!


「Photonなんてクソ共をいくらでも――」




 僕のせいだ――Photon――




「ッ~! あいつらか」


 あいつらだ。


「あいつらが!」


 あいつらだ!


「あのクソ共が!」


 そう、クソ共だ!!


「~~! ッツ!」


 痛みで我に戻る。拳から血が出る程握っていたようだ。


「……マリー、可愛いマリー」


 血濡れの手でマリーの手を握る。その手の隙間に漠然としたイメージのプレゼントを創造する。

 するとどうだろうか。マリーの手のひらにはイメージ以上の宝石 ペンダントがそこにはあった。


「そうか」


 これが稀にみるPSYの活性化。


「ッ!!」


 認識した瞬間、今までPSYに掛けられていた枷の様なものが解かれるのを感じた。


「……ハハ」


 そうか、簡単な事だったんだ。僕のPSYは本当に都合がいい。


「今の僕には創れないものは無い」


 胸の高ぶりを抑え、愛しい人に顔を向ける。


「ごめんねマリー。――ん」


 額にキスをする。


「しばらく会いに来れないよ。でも待ってて、絶対に帰って来る」


 そう言い残し病室を出る。


「……」


 向かうは集中治療室。マリオンの所へ向かう。


「お、ナッシュ君じゃないか。調子はどうだい?」

「人生で一番最高な気分ですよ」


 エレベーターでマリオンを診ている医師の一人とたまたま会った。


「マリオン君の所に行くのかい?」

「当然! これから二人でPhoton退治のバカンスに行くんです」

「……はい?」


 反応をよそに真っ直ぐマリオンの元へと向かう。


「ちょっと! 何を言って――」

「ふ~ん♪」


 鼻歌交じりでマリオンいる部屋の前まで来た。


「そこはいくら君でも入っちゃいけない!」


 医師の言葉を無視し、PSYでコーティングした足で扉を蹴破る。


「!?」


 数々の管を繋がれ、痛々しい姿のマリオンにPSYを施す。


「いったい何を!?」


 マリオンの体が薄く光り、繋がれてる管が強制的に弾かれ、みるみる創られる液体が満ちるカプセルへと入っていく。


「汚ねえケツをF○CKして殺す! Photonのクソ共!!」


 中指を立て吐き捨てるように言い残し、ワープでこの場を去った。



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