第3話 幸せな日常

 数か月前





「それでは失礼しました」

「はい……」


 扉が閉まり足音が遠のいていくのを感じると、僕は大きくため息いをつきソファに勢いよく沈んだ。


「はぁああ~。いい加減しつこいんですよまったく! あの耳はただの飾りなの? 右から入って左から出てるの? なんか前も同じやり取りした気がするんですけどー!」


 口を尖らせながら投げやり口調な愚痴を言ってしまう。


「もうヨイショしたあんなキモイ顔見たくないんですけど、どうにかならないんです?」

「長官も尽力して断ってはいますが、立場もありますし……難しいですね」


 付き添ってもらった上司の美人秘書にお願いするも予想通りの答えが返ってきた。


 はぁ、僕は裏方でPhoton対策にめっちゃ頑張って貢献したというのに、上の人間はまだ扱き使おうと目論んでるの。契約書に僕を行動を尊重すると書いてるのに、甘い汁を吸いたいのがは見え見え。たまには自分でなんとかして見せろよあの腹黒なおっさん達よぉ。


「ごめんなさい秘書さん、こんなのに付き合わせて」

「これも仕事ですから」

「お! できる秘書はメガネを上げるのも様になる。それに比べてあの人ときたら……」

「本日同席できなかったのは、やはり多忙な時期でして――」

「わかってますよ。あの人も面倒な目にあってますから」


 本当は今ここに居るのは秘書さんではなく上司のはずだが、今頃僕と同じ目にあっているんだろうなぁ。そこの所は同情する。


「まぁ一人にさせれないと秘書さんを同席させてくれたのはかなりのファインプレーですね、スムーズで助かりました」

「ありがとうございます」

「一人っきりにしたらあの人の枕に全自動脱毛器を仕込んで一日一本ずつ抜いていくつもりでしたから」

「はは、ははは……」


 若干引き気味な秘書さんから視線を外し、夕日がかかる窓の外を見る。――もうこんな時間か。急いで行けば待たせずに行けるかも。


「じゃあ今日の仕事は終わったので僕は帰りますけど、秘書さんは迎えに?」

「ええ。連絡が無いという事はまだ終わっていないので――」


 そういった短いやり取りで今日は仕事場から帰ってきた。毎日のルーティンで帰宅後は先ずシャワーを浴びる。ご機嫌な音楽をスピーカーで流しながらラフな格好に着替えて鏡を見る。


「……よし」


 今日の僕は少しイケてる様な気がする。……いや別にデートするとかじゃないからどうでもいいか。でも髪の毛は整えておこう、ボサボサなままじゃ締まりがない。


「今度こそよし!」


 家から出る。目的地は遠くない。何なら1分とかからない。簡単に言うとご近所さんだ。しかもこの辺りで一番デカい家。まぁ邸かな。


 ピンポーン♪


 内臓カメラを見ながらインターホンを押すと、数秒でガチャリと反応があった。


「お」


 1文字の言葉と共に解錠の音が聞こえた。いつも通り過ぎて今じゃ何とも思わない。

 そんな当たり前を通過して家の扉を開けると、僕に目掛けて飛び込んできた。


「ドーン!」

「ぉおマリー、転んだら危ないだろ?」

「ありえませ~ん! ナッシュが庇ってくれるからぁ~!」


 元気よく飛び込んできたのは親友の妹、マリアンだ。愛称はマリー。


「ぬふ~」


 リビングに向かう廊下でいつものように僕の腕を抱き懐いてくれる。もう成人手前だというのにこの懐き様は僕の男部分を刺激する。

 本物を知らないが本当の妹同様と思っているけど、小さい頃のこの癖は治らないらしい。


「歩きずらいから離してよ」

「やだ。彼女ができるまではナッシュの隣は私のもの~!」


 小さい頃の言付けを未だに覚えている……。懐いてくれるのは嬉しいけど少し心配だ。年頃になっても男の影が一切ないのはマリーの世代では普通なのだろうか……。


「今日はナッシュの好きなパイがあるよ!」

「お! いいねえ」


 まぁ変な男ができるよりフリーの方が安心だな。……上から目線で安心しきってるけど、等の僕は交際経験はない。


 リビングに繋がるドアを開けると、目に飛び込んできたのはテーブルに並ぶ美味しそうな料理たちだ。

 好物のパイを見つけた僕は方眉を上機嫌に跳ね上げて一気に空気を吸い込んだ。


「あらあら、お気に召したかしらナッシュ」

「こんばんは。おじゃましてます、エマおばさん」

「まーだそんな他人行儀なんて! いつも言ってるようにナッシュとウェルズ家は家族も同然よ」

「……ハイ」


 鍋の中身を回しながらこちらに顔を向けて微笑むおばさん。その優しい顔と言葉で胸に温かいものを感じた。


「おいナッシュ、突っ立てないで食器並べるのを手伝ってくれ」


 前を横切りテーブルに皿を並べながら話しかけてきたのは僕の親友、マリオンだ。


「マリーもいつまで引っ付いてんだ、父さんがもうすぐ帰って来るだろう?」

「私のやる事はナッシュに引っ付くこと! そしてナッシュのやる事は私に引っ付かれること! お兄ちゃんがテキパキ並べればいいじゃん!」

「お前なぁ__」

「なによ__」


 と、マリオンがマリーの視線に合わせいつもの様なやり取りを聞きながら、どさくさに紛れて食器を並べていく。


「はぁ。あのなぁ、ナッシュの事が好きなのは知ってるけど――」

「は、はあ!? な! ちょっ! はあ!?」


 マリーの顔がみるみる赤くなる。


「ななナッシュの事はもう一人のお兄ちゃんて思ってるしーー!! 家族愛だしー! まぁあ、異性として見てない事もないケド……。でもお兄ちゃんより優しいし頼れるし! 何よりうるさくないし! この陰キャ童貞!」

「!?!?」


 マリオンが狼狽の文字を体を張って体現している。


「いやー童貞の言葉ではなんにも響きませんなぁ。でもルックスは良いのに彼女一人できないとか、ぷぷぷ! もうそういった星の元で生まれたとしか考えられないかもー!」

「ッッ~~!!」


 今度はマリオンの顔が赤く染まる。このまま言い合いを繰り返すのは明白だが、ここで抑止力が動いた。


「いい加減にしなさい二人とも! 今日はお父さんが帰って来る日でしょ!」

「「!」」

「ほら、残りの食器はナッシュが並べてくれたから席に着きなさい」

「「はーい……」」


 不完全燃焼感を拭えないが、大人しく従う二人を見ていると――


「ただいまーと。ぉおお! 期待以上の食卓だ!」


 おかえりー(なさい)


 被っていたハットをラックにかけながら笑顔を振りまく。ウェルズ家の大黒柱が帰ってきた。


「いやぁハハハ! 久しぶりに家族の顔を見ると疲れが吹っ飛ぶ思いだ!」

「ご苦労様、あなた」

「エマこそ、苦労を掛けたな。じゃじゃうま達を一人で任せてしまって」

「あー! 馬扱い!」

「例えだ例え……。元気そうで何よりだよ、父さん」


 久しぶりに会ったけど小ジワを作る優しい笑顔は相変わらずの様子。妻と子供たちに囲まれて幸せそうだ。


「――ハハ! ナッシュ、来ていたか!」

「久しぶりですね、マイクおじさん」


 お互いに笑顔を合わせハグする。


「来てなかったらそっちの家に突撃するつもりだったんだがなぁ」

「ハハ、おじさんが帰って来るのに顔を出さないなんてありえないですよ」

「嬉しい事言ってくれるねぇ! 同じ敷地で働いてるのに会えないなんて……お互いに難しい立場だ」


 そう。おじさんと僕は待遇こそ違えど同じ所で働いている。腹黒いおっさんがへこへこする僕の立場より、研究所に現場と忙しなく人々のために働いてるおじさんの方が何倍も立派だ。


 アブラギッシュ贅肉豚野郎のお偉いさん方に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。つか飲め!


「ほらほら、感傷に浸るのもここまで。冷めちゃうでしょ」

「そうよ! 今日は私も頑張って作ったもの!」

「「え"!?」」


 おじさんとシンクロしてしまった。正直に言ってマリーの作る品は美味しくない。見た目は良いのに何故だろうか……。


「二人して何よその反応! 失礼しちゃう!」

「ふふふ」

「俺とまったく同じ反応で笑える」


 三者三様でこたえてくれる。マリオンのニヤケ面はイラっとするけど、おばさんの反応でマリー作の品に一抹の希望が見え隠れする。


「大丈夫だって、まだ・・ まともな方だから」

「一言余計! 最近お母さんから花嫁修業がてらで習ってるのよ、お父さん」

「花嫁……修業? ……!? おい野郎ども!!」


 おじさんの招集と共に部屋の隅で顔を接近させ、ひそひそ声で話す。


「いいか! 俺が安心して気兼ねなく仕事できるのはお前たち二人が居るからだ! マリーに変な虫が付かない様にする任務はどうしたあああ!!」

「それは早とちりだって父さん!」

「玉のように可愛いマリーがは、花嫁修業だと!?」

「おじさん、大丈夫だって」

「どこの馬の骨だあああ!!」


 暴走状態。こうなっては冷めるまでがうるさい……。


「あいつか! 昔告白してきたっていうあのメガネ小僧か!?」


 僕もメガネを掛けているけど僕の事ではない。


「それともあいつか! ストーカー野郎か!」

「父さん……」


 たまたま帰り道がこの家を横ぎっていた人の事かな?


「ええい! 可愛い娘よ……嫁に行かないだおくれ。……馬の骨に取られるくらいならいっその事マリーの■■■ピー を俺が――」


 この男、最低の権化である。……もう憧れるの止めようかな。マリオンもドン引きしてるし。


「もう! 男の会議止めて早く食べよ!」


 マリーの叱咤で席に着き、ようやくご馳走にありつけた。


「ンン! おいしい! マジヤバ!」

「……ヤッタ!」


 場の空気さえ美味しく感じ


「あの時のマリオンの行動がさぁ__」

「ッハッハッハ!」

「もう勘弁してくれー!」


 笑い話に花が咲き


「なんだよ!」

「なにぉお!」


 兄妹が言い合い、それさえも日常として昇華していく。そんな心から笑えて安心する場所がここにある。


「ぷハハハ!」


 天涯孤独の身だった僕の居場所だ





「なぁ」

「ん?」


 食事を終え、マリオンの部屋で漫画の続きを読んでいると、端末をいじるマリオンがいつものように話しかけてきた。漫画を読みながら耳だけを傾け答える。


「Photonっていったい何だろうな」

「……僕からすればその質問が何だろうなって感じ」

「ッハ、言っとけ」


 突然なに言い出すかと思えば変な事聞いてくる。


「PSY持ちであそこで働いてるナッシュなら知ってるかな? て思っただけ」

「迷える僕の親友のために答えてやろう。知るか」

「だろうな」


 漫画のページをめくる。


「……この前さ、夢を見たんだ」

「……」

「……」

「……今から不思議系キャラになるのは痛いぞ」

「アホか!」


 ページをめくる。


「その夢がさ、なんつーかリアリティがある様な無い様な――」

「いやどっちだよ」


 少し笑いながら答える。


「なんか戦場にいるんだよ俺」

「ふーん」

「何と戦ってるのかは分からないけどさ、こ~う仲間! 仲間たちの顔はハッキリ覚えてんだよなぁ」


 妙に言葉が弾んでて、少し興味が湧き目を合わせる。


「どんな奴らよ」

「イケメンたちと美女たち」

「なんだそれ、ありきたり過ぎてつまらんわ。他に特徴は?」


 うーん、と悩んでるのか思い出してるのかどっちか分からない顔をしている。


「美女の一人がデカかった……胸が!」

「出た! 一番初めにそれが出るとかさすがムッツリおっぱい星人だ」

「ただでさえモテないんだから夢くらい堪能してもいいだろ!」


 マリオンが笑いながら端末を閉じてベッドで横になる。


「でさ、その夢から覚めるとさ、昔の事を思い出したんだ」

「……アレか? ギリギリトイレに入ったけど結局クソ漏らしたっていう――」

「六歳の頃の話だそれは!」


 思い出話が続く。


「小さい頃さ、ナッシュがPSY持ちだって知っていじけてた時の思い出」


 少し静かになった。


「父さんも母さんも、小さかったマリーも、俺以外みんなPSYが覚醒していて何で俺だけーって」

「……」

「でもナッシュの覚醒を知って不機嫌だった俺が、機嫌が良くなったのもナッシュのPSYだった」


 懐かしむようにマリオンが話す。


「好きなロボットやサイボーグのおもちゃ達が、本当に生きている様に動いたんだ」

「ああ。あの時のマリオンは涙目だったから必死だった」

「そうだっけか? まぁいいや。そんな楽しい時を過ごした俺はなんて言ったか覚えてるか?」

「……覚えてないなぁ」

「大人になったら! サイボーグになる! だ!」


 したり顔で決めてくるマリオンに言った。


「なれるといいな、サイボーグに(笑)」

「テメー、ピュアなマリオン少年のささやかな夢を笑いやがったなこの野郎!」


 はにかむマリオンの枕投げ攻撃を顔面にくらった。


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