第6話 異世界

「ってことはなんだ? 俺の体の中に都合の良すぎるナノマシンがびっしりいるのか」

「それだけじゃないぞ。マリオンの独断で多少の創造ならできる機能を付けてる」

「おいおい、低ランクのPSYサイ が泣くぞ」

「そんなの知ったこっちゃない。いいかマリオン。君は僕が創り上げた最高傑作! 人とマシンの融合体! サイ・・ボーグなんだよ!! PSYだけに!!」

「……」


 いや、得意げにつまらないダジャレは言わないでほしい。


「笑ってくれてもいいだろー」

「いやさすがに……」

「マリーなら笑ってくれた」

「そうだな」


 あれから落ち着きを取り戻し、ナッシュが言ったほとんどを受け入れることができた。

 瀕死状態の俺をPSYで助けた事、Photonが襲ってきた時から数か月たっている事。そして悲しみに暮れた俺をなによりも勇気づけた情報、マリーが五体満足で生きていることだ。


 今ではいつものようにナッシュと会話ができる。冷めてしまった紅茶を入れ直し、落ち着くまで抱きしめてくれたガブリエラには頭が上がらない。


 思ったんだ。笑顔が眩しい父さんならきっとこう言う。「前を向け、明るい未来はお前を待ってくれない」、と。だから下を向かずに歩んでいこうと思う。楽しい未来が待っているはずだ。


「ん~。調子悪いなぁ」

「そうなのか?」

「いつもなら一瞬でわかるんだけどなぁ」


 半透明な画面と言うか、パソコンウィンドウの様なものを目の前に出現させ、目を配らせている。きっとナッシュのPSY、都合の良いPSYマシンクリエイト を使っているのだろう。


 お国の仕事をしているのは知っているが、仕事が仕事なだけに詳しいPSYの能力は聞かされていない。いや、聞かなかった。ナッシュが気を使ってくれてるのは知っていたからな。


 そんなナッシュだが、ガブリエラが菓子を出してくれてからずっとそれを睨めつけている。


「なにをやってるの?」


 机に胸をのせているガブリエラが質問をした。それを聞いたナッシュが一間置いてからサーチと呟く。この短いやり取りの最中、俺は別のことを考えていた。


(そりゃそうだよな。肩も凝るし重いだろうさ。この机も計算された高さで作られたのかも知れない)と。そっと瞼を閉じ、心の中で破廉恥な考えだと自分を叱った。


「ダメだぁ、何度試してもサーチがうまく作用しない!」

「ん? そもそもなんでサーチしてるんだ?」

「ここがどこか知るためじゃん」

「はあ? そんなのガブリエラに聞けばいいじゃないか」

「この女にだけは聞きたくない!!」


 お前なぁ……と困り顔で呆れると、隣でガブリエラがほくそ笑んだ。ため息を付きながらガブリエラに顔を向けると、彼女が口を開いた。


「サーチするだけ無駄よ。あなたが納得する答えは出ないわ」

「なんだと!」


 ナッシュが睨みながら言った。


「ここはトゥインクルだもの」

「……?」

「異世界なの、あなた達にとってはね。歓迎するわ二人とも」


 ……頭が痛くなってきた。唖然としてるナッシュも同じ思いだろう。まさかとは思ったがガブリエラ、その魔女みたいな普段着も含め頭がハッピーなのか?

 疑わしい顔が表に出ていたのか、困り顔のガブリエラは喉をならして口を開いた。


「遥か昔、淀みのない悪意が跋扈していた時代。人類は悪意によって滅びの一途を辿っていました」


 ガブリエラが綴る言葉は、どこか物語の始まりを思わせる。


「奇跡を信じ、世界意思に思いを届けると、数多ある世界から希望を宿した者達が現れました」


 真剣な顔をしているナッシュがいる。


「希望達は瞬く間に悪意を討ち、振りまく元凶を押し返しました」

「……」

「使命をとげた希望達は帰還し、人々は繁栄を許されましたとさ……だったかしら。昔に読んだおとぎ話だから曖昧なの」


 乾いたのどを潤すようにカップを傾けるガブリエラ。おとぎ話の内容を読み解くと、希望達なる者がこの世界にとっての異世界人なのだろう。


「……マリオン」

「う、うん?」


 ナッシュが顔を向けてきた。口元が若干引きついている。


「やっぱヤベーぞこの女。頭に行く栄養が乳に行ってる」

「酷い言いぐさね」

「うっさい! 胡散臭いんだよなにもかも!」


 ナッシュの言ったことは確かに一理ある。周囲を見回しても文明機器の影すらない。当然電気ケトルやテレビもない。もうここまで凝るとドッキリを仕掛けられてるとすら思う。ただ説明がつかない事もある。


「その無駄にデケェ乳も含め胡散臭い! 詰め込みすぎだろ!」

「失礼しちゃうわ。天然ものよ、コ~レ」

「この牛乳うしちち ! 口調がそもそも怪しんだよ!」


 この二人だ。先ずはガブリエラ。ドッキリを仕掛けるのにその、俺を抱く必要はあったのか。まぁナッシュの話を鵜吞みにすると、抱かれたと言うより犯されたの方が正しいか。意識がなかった俺はどちらでも変わらないが。


「……」


 ガブリエラが俺にしたであろう行為を想像すると、下腹部が火照る。俺の視線に気が付いたのか、ガブリエラがチラリと俺を見て舌なめずりをした。恥ずかしさより気まずさが勝り、ナッシュに注目する。


「おい! マリオンに色目使うな!」

「あら、嫉妬してるのかしら」

「マリオンとヤッたからって調子に乗んな! キメーんだよ!」


 いったい何なんだナッシュ。なぜ顔だけに! なぜ口が悪く! ……俺がPhotonにやられ、ナッシュの中の何かが切れて口調が悪くなったと本人は言っている。


 だが饅頭みたいな見た目になったのは説明できない、わからない。ナッシュもPhotonに襲われ首を落とされ死んだはずと言っている。


「そんなかわいい見た目じゃ何言っても可愛く見えるわよ?」

「ほっとけホルスタイン女! テメーはどうなんだよ! アーチェリーの的かと思ったわ!」


 はぁ、意味が分からない事をガミガミと……。騒がしい二人を止めよう。うるさくて敵わない。


「そこまでにしてくれナッシュ。暴言ばかり聞いていたら耳が痛くなる」

「そうぅ? そこまで言うなら黙る。喉乾いたし」


 そう言って紅茶を飲んだ。……マジで謎の存在だな、饅頭ナッシュ。


「異世界だと信じられないなら外に出てご覧なさい」

「外? ははーん、次は外に胡散臭いものがあるのか。行ってみようぜマリオン」

「あ、ああ」


 俺の会釈を見たナッシュが机から飛び降り、弾みながら扉へ向かう。まるで今までその姿で生きてきたかの様に順応している。親友ながら凄まじい適応能力だ。内心ドン引きしている俺がいる。


「よっと!」


 どうやって開けたのかわからないが、ハンドルを操作し外に出た。


「わけがわからん……」

「行きましょマリオン」


 俺を外へと促すガブリエラは不思議に思わないのか? それとも俺が過剰に反応しているだけなのか? まぁいずれも「心配だ」の思いからきているから、俺は大丈夫なのだろう。

 ……もう何が大丈夫なのかわからないが。


「ぉぉお」


 外に出ると一面雪が積もっていた。窓から見える光景からわかっていたが、木々に雪化粧がされている。不思議と寒さは感じない。きっと都合の良いPSYナノマシン が体感温度を調節してくれたのだろう。


「ふーん」


 特に珍しい物はないな、と辺りを見渡しながらガブリエラの側へと向かう。隣に立ち、ガブリエラが下を向いたので釣られて見る。


「」


 上を向き、顎が外れる程に口を開け、目が飛び出すほど驚いた表情をしているナッシュがいた。こんな表情は久しく見た。


 子供の頃、スイミングをするため着替えていた友達を、ナッシュと他の奴らが悪戯半分にタオルをひん剥いた時以来だ。


 そして俺も上を向いた。空へ向けた。


「ッッ~~」


 心臓が一気に血を押し出す感覚を味わった。

 空には、いや、宙に知らない星が鎮座し、この星の星環と思わせるリング状の一片が浮かんでいる。とてもCGには見えない。夜でもないのに星の輝きが散りばめられ、空の色も薄いオレンジだ。


「嘘だろ……」


 自然と口に出た。


「その反応を見るとあなた達の世界は空が青いようね。文献で読んだわ。オレンジ色の理由は、空気中に含むマナが光に反応してそう見えてるの」


 ガブリエラが説明してくれる。


「あの星はホープス。さっき言った希望達の拠点があると言われているの。ホントかどうかは自分の目で確かめてちょうだい」


 つらつらと当たり前を言っている様に言うガブリエラ。俺は呼吸を乱しながらガブリエラに言う。


「ほ、本当だったのか……!」

「私いたずら以外で嘘つかないの」

「ぜ、全部本当だったのか!!」

「そうね」


 思わずガブリエラの肩に手を伸ばし、驚きすぎて二回も同じことを言った。俺の勢いが可笑しかったのかクスリと笑われる。


「――本物だ」


 小さく呟いたナッシュを見ると、ウィンドウを展開させ何かのデータを見ていた。


「あの星もあの星環も本物だ!? 間違いない! それに未知の物質が空気中に含まれている!? そんな――」


 一喜一憂すべてが驚きへと変わったナッシュが、口を開けながら俺を見る。もう疑いようがない、もう言い逃れできない、そんな顔をしている。

 そして目と目が合い、まるでカットインが入ったように一瞬にして互いの考えを合致させた。


「……」

「……」

「?」


 少し距離を置き、声を合わせてガブリエラに言う。


「「頭がハッピーなヤベー 人と思って、すみませんでした!!」」


 深く、深く頭を下げ謝罪した。心の底から謝罪した。

 一間置き、聞こえてきた吹き出す声。


「ップ、アッハハハハ!!」


 頭を下げていて見えないが、どうやらガブリエラのツボに入ったらしい。


「フフ! 仲良すぎない? あなた達! ッッハハ――」


 もうダメ、可笑しい、と、今までの彼女の雰囲気から想像しがたい印象を覚える。妖艶な雰囲気を持っていても、笑う時は声を出して笑うんだ。同じ人間なんだと嬉しく思った。


「ハァあ、何年振りかしらこんなに笑ったの。ふふ、顔をあげてもいいわよ」


 姿勢よく顔をあげた。


「許してほしい?」

「許してほしいです!」

「です!」


 俺の言葉に続いてナッシュが言う。


「別に気にしてないし、許してもいいわ」

「「です!」」

「でもあんまりな事思ってたし、少しお仕置きが必要ねぇ~」

「「……」」


 お仕置きと言う言葉、子供の頃にしか言われなかったセリフに、俺もナッシュも黙ってしまった。

 ガブリエラがナッシュの前へ行き、しゃがみこむ。


「んー、ナッシュは思いつかないし、面白い顔見れたから許してあげる」

「……」


 立ち上がり俺に近づいてきた。隣でぐぬぬと唸るナッシュがいる。


「マリオ〜ン♪」

「です!」


 声を弾ませ俺の周りをゆっくり回っている。そして正面に来ると手を掴んできた。


「ここ、触るとどうなるか教えてあげる」

「? ッ!」


 俺の手をガブリエラが自分の下腹部へ持っていき、触らせた。布越しだがそこは薄いタトゥーのあった場所。すぐに異変が起きた。


「ッ!?」


 ガブリエラのタトゥーに触れているのに、俺の下腹部が熱い。そうだ、俺のタトゥーが熱いんだ。


「ッ!」

「コレねッ魂が合うだけじゃないッ淫紋としも機能するの」

「ッやめ」

「私たちだけが感じることがッできるのよ」


 言葉が出ない、体が熱い。吐息も早くなる。


「ハァ、ック、ハァ」

「……ん? あ゛! おい! なにエロイ雰囲気になってんだ! やめろやめろ!」

「ん……どう、マリオン」

「僕の目の黒いうちは許さないぞ! 今すぐ離れないと――」


 ナッシュの言葉は続かなかった。突然、急降下する音と、地面を割る爆音が響いた。何事かと音の方向を見ると、土煙を上げ割れた地面から歩いてくる女性がいた。


「おうおう、いるじゃねぇか」


 明らかに普通の女性じゃない。民族風の衣装からはち切れんばかりの筋肉が盛り上がっている。腕に持つのは人程ある大剣だ。そして目に見えない力を纏っている風に見える。


「……おじゃま虫」


 女性に向かうガブリエラが小さく呟く。そしてゲーム等で見た既視感ある魔法陣から小さな杖を取り出した。


「あん? なんだ魔術師かよぉ。つまんねぇな」


 この光景に、改めて異世界に居るのだと実感した。

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