【番外編】オンラインゲーム内で最強執事の仕える悪役令嬢になりました。(1)※時節短編

 不穏な空気に覆われた断崖絶壁に建つゴシックホラーテイストが漲るドラキュラ城の門前。

 悪役令嬢を彷彿とさせる真っ赤なヴィクトリアン風ドレスに、リボンで飾られた極端な縦巻きロールヘアのウィッグ姿で片手に大剣を持ち佇むアヤ。

 隣には燕尾服に近しい黒いタイトな執事服をまとった華麗なるヨミ。

 白い手袋のたわみやカフスボタンの位置を正しながら、にこやかにアヤを促す。

「さぁ、お嬢様。城に巣食うヴァンパイア伯爵退治と洒落込みましょうか」

「は、はい!…じゃなくって……ええ!よ、よくってよ!」

 はっと我に返り、にわか悪役令嬢のアヤは慣れない令嬢言葉を用いて精一杯威厳たっぷりに頷いて見せた。

「う、うおぉぉぉぉ!!吸血鬼狩りよぉぉぉ!!」

 およそお嬢様らしくない気勢をあげ、執事を装った兄を引き連れ駆け出す。

 おどろおどろしいドラキュラ城は来るもの拒まずふたりを飲み込む。これが絶望の到来とも知らず。

 血塗られた貴族の屋敷の中を闊歩する吸血鬼の手下たちに向かって大剣を振り上げながら、アヤは考えた。

 どうしてこうなった?…と。



 バレンタインデーと対をなす時節イベントといえば、そう…ホワイトデー。

 このタイミングに合わせて期間限定で開催されているコスチューム販売イベントにヨミはアヤを誘い出した。

 ワールド内でコスチューム販売を行なっているプレイヤーたちが寄り集まった自主開催イベント(公式公認)において、アヴァリスの一員であるルカが出店することになったからだ。

「あー!ヨミーー!こっちこっち!」

 ヒト属の成人女性アバター姿のプレイヤーがふたりに向かって手を振る。

「あぁ、ルカ。早速お邪魔したよ」

「今日はプレオープンだから、招待プレイヤーさんだけしかいないしゆっくり見ていってね。…で、この子がアヤちゃんだ?」

 自分自身がデザインしたコスチュームを纏い、髪色や髪型、メイクまで独自のモードで固めた女性はアヤに視線を移し、嬉しそうに微笑む。

「そうだよ。やっと紹介できるかな。アヤさん、彼女がアヴァリスのクランで君も知っての通りコスチュームデザインでワールドでは著名なルカだよ。ルカ、彼女が僕の妹のアヤさんだ」

「は、はじめまして。アヤです。今日はルカさんにお会いできるのを楽しみにしてきました!よ、よろしくお願いします!」

 緊張しながらがばっと頭を下げると、「ひゃー、可愛い〜〜!」とルカから奇声が上がる。

「はじめまして、アヤちゃん。戦闘はへっぽこなのになぜかアヴァリスに属してるルカだよ。よろしくね!」

 コスチュームのことなら任せて!とルカは笑う。

 フレンドリーで人懐こい雰囲気のルカにアヤの緊張は少しほぐれる。

「この前は歓迎会に参加できなくてごめんね。このイベントのことで話し合いしたり、新しいコスチュームを何点かデザインしてて時間が取れなかったんだぁ。記念に作ったアヴァリスの隊服、気に入ってくれた?」

「はい、すごく可愛かったです!今はお部屋に飾ってあります!ありがとうございました!」

「そっかそっかー。さりげなくヨミの元帥バージョンとデザインをお揃いにしてたの気づいた?」

「もちろんですっ!…そしてものすごく、ものすごーーーくお兄様がかっこよかったですっ」

 目の保養をありがとうございます。

 声にはせず眼差しで訴えかけると、ルカは笑う。

「おっ、アヤちゃんああいうのが好きかーそっかー!…一応ほら、ヨミはアヴァリスのエースだから…それなりに見栄えよくさせておかないという使命感があるんだけど、普段は平服しか着ないから張り合いがないんだよね正直」

「いえ、だからこそ!おしゃれをしたときの破壊力がすごいんです!」

 力説するアヤにルカは「おお」と感嘆し目を見開く。

「ここぞという時に着飾るからこそヨミの素材が活かされるという演出効果をすでに心得ているのね、アヤちゃん。オヌシ、なかなかやるな」

「恐れ入ります」

 早々に打ち解けたふたりにヨミは微笑む。

「ふたりとも、すっかり仲良しだね」

「うんうん、わたしたちが仲良くなった記念に…アヤちゃんどう?新しいコスチューム欲してない?」

 にこやかにブースに並ぶイベント合わせの新作コスチュームをルカは示す。

「買いますっ、そのつもりで来ました!」

 ヨミに前もって誘いを受けた時から、アヤは課金金貨をしっかり用意しておいたのだ。

 色とりどりのコスチュームを前に目移りしていると、ルカは笑いながら提案してくれる。

「アヤちゃん、全部試着してみなよ〜」

「いいですか?」

「そのために展示してるんだしね!お好きなだけどーぞ」

 ルカの許可を得て、アヤは次々に新作コスチュームを試着する。

「アヤちゃん、どれも似合うね!」

「そ、そうですか?!嬉しいですっ」

 仮想現実ならではのフェミニンなコスチュームにアヤの瞳は輝く。

「…迷うなぁ…どれにしようかなぁ…」

 お財布の中身は限られている。コスチュームが飾られたトルソーの前を空腹の熊のように右往左往するアヤを視界に入れながら、ルカはヨミに営業を開始する。

「…どうですかお兄様。愛らしい妹様をもっともっと可愛く飾りたいとは思いませんか?」

「ふふ、そうだねルカ。そこからそこまで…全ていただこうか」

 ヨミは新作コスチュームを端から端まで指し示し、購入意思を表す。ザ・大人買い。

「はーい!お買い上げありがとうございまーーす!」

「えっ?!」

 ギョッとして兄を振り返ると、ヨミは支払いを済ませてしまう。課金専用金貨を一体何枚常備してるというのか。

 アヤは慌ててヨミに詰め寄る。

「だ、ダメですよお兄様!こういうお金の使い方をしたら!自分で買いますし!」

「うん?でももう決済してしまったしね」

「そ、それはそうなんですけど…!」

 焦るアヤにヨミは微笑んで諭す。

「心配いらないよアヤさん。僕はいわばを潤しているにすぎないしね」

「そうそう。アヤちゃん喜ぶ、わたしの懐もあたたまる、公式儲かる…さすがヨミ!こんなに建設的なお金の使い方はないよね。アヤちゃん、この調子でもっとじゃんじゃんヨミにお金使わせちゃって〜」

 軽い、軽すぎる。それに、なんてしたたかな…。

 微笑みの中に取り残され、アヤはかける言葉が見つからない。

 今頃アヤのマイルームか、兄妹の海の家にヨミの決済を経由して新作コスチュームの贈り物が届けられていることだろう…。

「…うう…また負んぶに抱っこになってる…」

 アヤの葛藤する姿を眺めて、ルカは苦笑する。

「アヤちゃん、善良なんだねぇ」

 ヨミに甘やかされても寄りかからず自分を失わないあたり、立派な少女である。

「アヤさんが気に病むことはないんだよ。これは僕からのバレンタインの返礼なのだからね」

「……お兄様、すでにバレンタインはお兄様から贈り物をいただいてますよ?」

 むうとアヤは頬を膨らます。

「さっすがヨミ、バレンタインも彼女に何かしてあげたんだね。アヤちゃん、何をもらったのぉ?」

 ルカが興味津々に問いかける。話してしまってもいいか一旦ヨミに確認しつつ、小さく頷くヨミを見届けてアヤは続けた。

「えっと、『天上の薔薇』という名前の白い薔薇をいただきました」

 その名称に、ルカは刮目する。

「て、天上の薔薇ぁぁ〜〜?!!あの、空にぽつーんと浮かんでるティル・ナ・ローグ島に咲いてるアレ?!」

 ティル・ナ・ローグ島とは厚い雲に覆われた空の孤島で、天高く飛空挺からダイブする以外に踏み込む手段を持たず、かつ相当腕に覚えがなければ島を守る天使たちに徹底排除されてしまう至高天。

 悪魔よりも実は苛烈な天使や大天使とたったひとりで戦い、熾天使との聖戦を経て道が開き、至高天に咲く純白の薔薇を一輪持ち帰ることを許される超高難易度クエストのひとつ。

「すごいんです…こう…薔薇から光の柱が放射状にぷわぁ〜とたくさん伸びてて…眩しくて」

「薄明光線のことだよ」

「あぁ、天使の梯子ね」

 ヨミが同時通訳すると、ルカはなるほどと頷く。

「あのお花って……もしかして、すごい薔薇なんですか…?」

 ヨミが自然に手渡してくれたものだから、あまり疑問を抱いていなかったが…。

「純白の天上の薔薇は、このワールドでもアーティファクトのひとつに数えられてるくらい入手困難度高いアイテムだよぉ。そもそも飛空挺所有してないとあの島に近づけないし、至高天を守るすべての天使様をひとりでなぎ倒してやっと一輪持ち帰ることができる超貴重な薔薇なの」

 ルカが説明してくれる。

「えっ!」

 そ、そんなに大変な貴重品だったの…?

 今更ながらに驚き、己が無知さを恥じながら見上げるアヤの頭をヨミは撫でて微笑む。

「ふふ、あの薔薇を君に捧げたくてね。目的のある攻略はとても意義のあることだと知ったよ。僕に機会を与えてくれてありがとう、アヤさん」

「お、お礼を言うのはわたしの方ですよ!…そんな大変な薔薇だとは知らずに…あ、ありがとうございます!ずっと大切にしますね」

 こうして『お兄様の祭壇』だけがどんどん豊かになっていくわけだが。

 ならば尚更に、アヤはここで屈するわけにはいかなかった。負んぶに抱っこ状態を巻き返さねば…!

「ルカさん、お兄様も着られるイベント限定衣装とかありませんか?!お洋服を買っていただいたお礼に、わたしからもお兄様の衣装を購入したいのですが…!」

「ほほう、そう来るかぁ。…実はハッピープライスのオススメなものがありますよぉ?お嬢様。ホワイトデー用に作ったカップル向けコスプレセットが!」

 と、ルカは別のトルソーを指し示す。

 そこには極端な縦巻きロールヘアのウィッグ付きの真っ赤なヴィクトリアン風ドレスと執事衣装が飾られていた。

で流行りの『悪役令嬢』とわたしの独自設定『彼女に付き従う冷酷執事』をイメージした衣装だよ!……どう?」

 ずいっと彼女を衣装の前に押し出す。

 ドレスはともかく、執事衣装にアヤの瞳は釘付けになった。

 他の衣装と比較して黒を基調としているので控えめな印象を受けるが、タイトなデザインはヨミによく似合いそうだと思った。欲望が溢れ出しそうになる。素晴らしい。

「…さすがルカさんです。この執事衣装、絶対お兄様に似合います!買います、わたしに買わせてくださいっ!」

 アヤは取り出した金貨を握りしめる。

「アヤちゃんの圧がすごい。…いいよね、お兄様」

 一応ヨミに確認すると、彼は仕方がなさそうに息をつく。

 彼女に課金させるのは本意ではないが。

「アヤさんの望みなら」

「はーい、お兄様のお許しが出ました!アヤちゃんお買い上げありがとーう!」

 アヤの金貨は公式の課金決済に吸い込まれていった。

「さてさてヨミお兄様。アヤちゃんのために早速お着替えよろしく!」

「はいはい」

 ヨミは微苦笑を浮かべ、言われるままに執事のコスチュームに着替えると、髪型も前髪と横髪を後ろに流すスタイルに変化する。斯くして、ルカデザインの執事衣装を着用したヨミはあらゆる執事と名のつくコンテンツを凌駕する華麗無比な執事が出来上がる。

「どうかな、アヤさん。似合っているかい?」

「すごく、すっごく素敵です。素敵すぎます!」

 お着替え最高!

 これほど麗しい執事にお仕えされるお嬢様がいるなら見てみたい(と化して)。

 感動に打ち震えるアヤにルカが話しかける。

「ヨミで楽しんでるところ申し訳ないけど、アヤちゃんも着替えようか?悪役令嬢ドレスに」

「え?」

「え?じゃないよぉ。この衣装はカップル用コスプレセットだから、アヤちゃんも着替えないと意味ないよね?」

 にっこり笑ってルカはアヤに衣装替えを促した。

 そういえば、この衣装はセット販売。

 ヨミの執事姿が見たいと言う欲望がまさって課金したが、真っ赤な悪役令嬢風味のドレスも購入したことになっている。

「…き、着なきゃダメですか」

「アヤちゃん、ヨミの執事をもっと堪能したければ…あなたが彼のお嬢様になるしかないのよ!」

「わ、わたしが…?!」

 になるのではなく?

「そう、アヤちゃんが」

 キリリと凛々しい表情のルカに謎の説得を受け、アヤは改めて真っ赤なドレスに向き合う。

 アヤが令嬢に扮することで、ヨミの執事姿(の観察)をさらに楽しめるのであれば……もちろん選択肢はただひとつ。

「着ます!」

 力強く宣言して悪役令嬢風のドレスに着替える。

 三人称視点に切り替えて客観的に自分の姿を確認すれば、そこには極端な縦巻きロールの髪型をした悪役令嬢風コスプレイヤーがいた。

 無感動につぶやく。

「………すごい…」

 どうしよう……びっくりするくらい縦巻きロールヘアが似合わない…。ルカさんのドレスに申し訳ないくらいに見劣りして…。

 常日頃、現実世界で多種多様な令嬢たちに囲まれているアヤだが、こんなにもお約束通りテンプレートな令嬢にはなかなかお目にかかれない。逆にレア案件。

 うーん…やっぱり、こういうのは物語の中だから趣があるんだろうなぁ…。単にわたしが似合ってないだけ?

「アヤちゃん、すごくかわいい!お人形さんみたい!」

「僕の妹は可憐な令嬢でもあったんだね」

 アヤにとっては美辞麗句。ふたりの褒め言葉が空々しく聞こえる。彼らには首から上がぼやけて見えていないのかもしれない(きっとそうだ)。

 こうして虚無感に満ちた悪役令嬢と、死角なき美しさの執事というコスプレイヤーが仕上がったわけだが。

「せっかく着替えたんだから、ワールドを練り歩いてきたら?ホワイトデーイベントクエストの『ドラキュラ城への誘い』攻略条件も満たしてることだし!」

「…ドラキュラ城への誘い?」

 アヤが問いかけると、ルカは頷く。

「うん。コスプレしてることが条件だから、いけるでしょ」

「ハロウィンじゃないのにコスプレが条件なんです?」

 イベントとはいえ…一体どんな条件なのだ。

「ハロウィンじゃなくてもいいよね、コスプレは」

 それはその通りなのではあるが。

 アヤはヨミを見上げると、彼は微笑む。

「楽しそうだね、ドラキュラ伯爵との遊戯は」

「遊戯…」

 ヨミにとってイベントは攻略ではない。遊戯なのだ。

「あちら様からしたらヨミに来てほしくないよねぇ、絶望でしかないもん」

 ルカは肩をすくめる。

「…絶望…」

 ドラキュラ伯爵を絶望させる冷酷美形執事……すごくイイ!…み、見たい!!

「…行きましょう、お兄様!ドラキュラ様に会いに!」

「おや、アヤさんやる気だね。…うん、ではここからしばらく僕は君の兄ではなく……執事という設定で過ごすことにしようか」

「え?」

 ヨミの提案にアヤは瞬きを繰り返す。

「お、さすがヨミよくわかってる!コスプレした以上、その設定に忠実であるほど面白い!……というわけでアヤちゃんも存分に楽しんで来てね!」

 ルカはミャハっと無邪気に笑い、ヨミは優雅に礼をする。

「ええ、では参りましょうか…お嬢様」

 おふたりともノリが良すぎませんか?これがアヴァリス・スタイル?


 こうして悪役令嬢もどきとなったアヤは兄から突如執事へと変貌を遂げたヨミと共に、予定外のドラキュラ城攻略へ向かうことになったのである。

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