【番外編】オンラインゲーム内で最強執事の仕える悪役令嬢になりました。(2)※時節短編

 ドラキュラ城攻めを開始したにわか悪役令嬢のアヤと、華麗無比な執事姿のヨミ。

 瘴気漂う城中でふたりに襲いかかる雑兵(スカルとかマミーとか…)をスローイングダガーで素早く退けつつ、ステージの節目ごとに登場する強敵(中ボス)ですらもスローイングダガーのみで片をつけてしまう執事ヨミの圧倒的戦闘力の前に、アヤの出る幕はほとんどない。

 彼女の役割といえば、虫の息になっているモンスターにとどめを刺す程度のもの(これはアヤに経験値を稼がせるためのヨミの配慮)。

 普段はアヤの要望により必要以上に手助けをしないヨミも、今回ばかりは主の『悪役令嬢』を守る『執事』という設定に準じて平時より積極的に戦っている。

「お嬢様のために血路を開くのは当然」と言いつつも、勝ちすぎないように攻撃力が最弱に近いスローイングダガーを用いて状況や己コントールしているのだ。

「さすがお兄様、スローイングダガーがものすごく強い武器に見えます!」

「………」

 順調に(というより軽々と)序盤のステージを攻略した際、アヤが嬉々として告げるも彼は微笑んでいるだけで返答を呉れない。

 …えっと、これはもしかして…?

「…さ、さすがわたくしの執事だわ!この調子で励みなさい!」

 勝気令嬢風の言葉や口調に切り替えると、ヨミは恭しく礼をする。

「ありがとうございます、お嬢様」

「……徹底してるなぁ…」

 アヤはヨミのブレない演技に小声で感心する。

 本来、コスプレをしたからといってその肩書きを演じる必要はない。そして個人差はあるがなりきるのは羞恥心も手伝って難しい。しかし彼はそういった抵抗感を一切持ち合わせてはいないようだった。

 …うーん、ますますヨミさんのことがわからなくなってきた…。

 少々気後れしつつも、今はゲームに集中することにした。

「おに……し、執事、わたくしも前に出て戦いたいわ!」

 ここで令嬢らしく少々執事にわがままを言ってみる。すると彼はにっこり笑う。

「よろしいかと。ですがここからの先のエリア、お嬢様の得物では心もとないですね。こちらをご使用ください」

 とヨミが武器インベントリが取り出したのは宝石が散りばめられた華美な短銃だった。

「…わぁ…綺麗な銃…」

 儀礼用の装備にも見えるが…尋ねるまでもなく、相当レア度の高い武器だろう。

 差し出されるまま受け取った短銃を宙にかざして眺めると、説明してくれる。

「この短銃の銘は『カルブンクルス』。異世界のる大魔女が使用したとされる伝説の魔法銃です。MPを消費して魔弾を撃ち出す他、ドラゴンズブレスも使用可能ですよ」

 魔弾?ドラゴンズブレス?…え?

「これ…わたしが使っても大丈夫なものです…?」

 もしかしてもしかしなくても、チート級のレジェンド武器ですよね?

 ゼウスの槍を借りた時のように、また身の丈に合わない武器を渡されているような…。

「今のお嬢様に相応しいのはこの武器を置いて他にありません」

 微笑んで言い切られてしまうと、アヤはもう反論できない。

「………。よ、よぉし、身の丈にあってなくても、イベントは楽しんでナンボですよね…!!」

 アヤは考えることをやめた。

「その意気です、お嬢様。さぁ先を急ぎましょう」

 ドラキュラ城のステージは、上階へ進むほど屋敷の誂えは上質になっていく。と、同時に敵のレベルも上がる。

 しかしヨミから貸し出された魔法銃は易々と強敵をなぎ倒していった。連射速度はもちろん、リロードする手間が省かれているため、撃ち放題なのだ。エイムも自動補正されており、ガンナーではないアヤでも容易に扱える。

「……MPはものすごく消費しますけど、この銃はとても楽しいです!」

 MP回復薬の消費は激しいが、ホラーゲームのイージーモードで遊んでいるような快適さを感じていた。

「それはようございました」

 満足げに微笑むヨミとともに、ラスボスが待つ大広間の扉を開くと、一段高い玉座に城の主、ドラキュラ伯爵が座していた。

 女性プレイヤーへのサービスなのか、ホワイトデーイベントということもあって、ドラキュラ伯爵は色白の美形青年であった。

 思わず心ときめく。

「…び、美形のドラキュラ様…!」

 ドラキュラ伯爵はアヤたちが戦闘エリアに踏み込んだことに気づくと、玉座から立ち上がる。言葉もなく一歩を踏み出すと、彼らの視界から消えた。

「…?!」

 驚き、瞬きをする間に伯爵は彼女の眼前に迫り、手にしていた血色のレイピアが振り上げられた刹那、ヨミがアヤを抱えて回避する。

「……な、何が…」

 伯爵とヨミの動きの早さにアヤは展開が把握できなかった。

「……申し訳ありません、お嬢様。…どうやら、伯爵は私のレベルに適合した強さのようで…」

 ヨミは伯爵から距離を取るように飛び退き、由々しい表情を浮かべた。

「…えっ?!そ、それって、わたし勝てませんよね?!」

 抱えられているアヤはぎょっとして素に戻る。

 ヨミさんのレベルに合わせてボスが強くなっているなら、わたし瞬殺されちゃう。無理ゲー!完全に無理ゲーですよ?!

 ヨミはアヤを伯爵の攻撃ターゲットから外すべく、抱えたまま二階部分の天窓に運び告げる。

「お嬢様はここで高みの見物を。伯爵の相手は私めが」

「…え?…えっと…が、頑張って!執事!」

 かける言葉を間違えているような気もするのだが、ヨミは美しく微笑む。

「はい、お嬢様」

 そのまま無駄なく広間へ飛び降りると、壮絶な戦いが始まった。

 伯爵のスタミナ値はどうなっているのかと問いただしたくなるほど、息もつかせぬレイピアの猛攻を執事はサイドステップとバックステップを巧みに用いてかわし、スローイングダガーを打ち込むのだが…時折緊迫したムードにふさわしくない効果音が聞こえてくる。ドキューン、ズキューンという…チープな音が。

 身を潜ませながら覗き込むアヤの目に大小それぞれのハートエフェクトが伯爵から無数に飛び出している様が映る。

「……ま、まさか…」

 アヤは唖然とする。

 ここで、この場面であれを使っているのか、あの兄は。

 そう…このチープな効果音と無数のハートエフェクトの正体は、アヤがバレンタインの贈り物としてヨミに渡したお遊びアイテム『ときめき☆どっきゅん!ダガー』だ。

 あのダガーはプレイヤーや通常NPCには攻撃力ゼロの無害さなのだが、これが敵性モンスターやNPCとなると話は別で、オスには『挑発』をメスには『魅了』をもたらす効果を付与する。つまり、今ヨミは男性である伯爵に対して多大な挑発行為を繰り返していることになるのだ。

「……な、何をしているのですかお兄様…」

 ドラキュラ様をお怒りモードにしたいのです?

 真顔の伯爵からシュールに飛び散るハートエフェクトを目にし、青ざめる妹を他所にヨミは状況を楽しんでいた。

「…早く本性を現したらどうかな、伯爵殿。うっかりこのままあなたを仕留めてしまうのはつまらない」

 あえて攻撃力の低いスローイングダガーを用いて伯爵の体力値を削っているのだから(ときめき☆どっきゅん!ダガーも混入させつつ)。

 ここで『ときめき☆どっきゅん!ダガー』の挑発ストレスが蓄積されたのか、伯爵は顔色を変えてその背にコウモリか竜かの翼を広げ、咆哮する。

「…ふふ、そうこなくては」

 血色のレイピアでの攻撃から、戦技と魔法が加わる。

 かつてオスマン帝国の兵士たちを血祭りにあげ、恐怖させた『串刺し公カズィクル・ベイ』の忌まわしき名の通り、彼の間合いに入るヨミを串刺しにするべく床から無数の槍が無慈悲に突き上がる。

 大技を待っていたヨミはこれ好機とローリングで素早くかわし、背後にまわると『我があえかなる妹の愛しき腕』を取り出し、バックスタブを伯爵に喰らわせる。

 とはいえ、伯爵はわずかに怯んだ程度でダウンまでは持ち込めない。それはそうだ。あえて戦闘を長引かせるために、ヨミは強力な得物を用いていないのだから。

 伯爵の体力値が半分まで減ると伯爵は飛び上がり、着弾すれば炎上をもたらす血炎をヨミめがけて投げ飛ばしてくる。もちろん、戦技も魔法も惜しみなく出し尽くし、広間は地獄絵図だ。

「…あわわ…」

 アヤにはまったく立ち入ることができない領域の戦闘だ。

 一方ヨミは魔法も戦技も使用せず、巧みな回避を繰り返し、隙を見てチクチクと伯爵を刺突するだけ。本気を出す気配はない。

 当のヨミは小さく息をつく。

「楽しい時間にも終わりがつきもの。これ以上暴れられて、お嬢様が巻き込まれるわけにはいかない。…終幕と行こうか」

 執拗にヨミを襲う血炎と槍を避け、彼は剣に効果をつける。

「…少しズルをするけれど、ここまで派手に立ち回ってくれたのだから、卑怯とは言わないね?」

 ステップに加速をつけて伯爵の懐に入り込むと強攻撃で斬りつけた。剣につけた効果は、ノックバック。

 伯爵は一瞬動きを止める。それだけで、彼には十分だった。

 ドラキュラ伯爵の揺れる赤い瞳が薄笑みを浮かべるヨミを捉える。

「絶望に震えろ」

 追い詰める者と追い詰められた者の視線が交わった時、アヤお手製の鉄の剣が伯爵の胸を鋭く刺し抜いた。

 爪痕一つ残せぬまま致命の一撃を与えらえるドラキュラ伯爵の脳裏に去来したものとは何だったか…。

 伯爵の体力値はゼロとなり、彼の肢体は複数の黒いコウモリとなって霧散した。戦闘終了。

 アヤは少しふらつきながら、広間へ下りてヨミに駆け寄る。

「…お兄様!すごいですお兄様!」

 ドラキュラ伯爵の猛攻に負傷もせず、終始余裕を見せていた。

 上級プレイヤーになると、ここまで華麗に立ち回れるものなのか。

「お兄様がかっこよすぎて、わたしが絶望に震えました」

 尊敬のあまり、表現がおかしい。

 ヨミは微苦笑を浮かべる。

「お褒めに預かり光栄ですお嬢様。……それで、アヤさん。お嬢様と執事ごっこは終わりでいいのかな?」

「もちろんです。お兄様の執事は素敵ですけど、わたしの調子が狂っちゃいますね」

 ヨミの演技は完璧だったが、そもそも悪役令嬢にアヤが向いていないようだ。

 ここでドラキュラ伯爵の玉座にキラキラと光るアイテムが出現する。

「…ん?ご褒美でしょうか」

 近づいて拾い上げると、手のひら大の血色のオーブだった。

「これは…?」

「それは召喚のオーブだよ。どうやら伯爵を倒すと彼を召喚するオーブが手に入るイベントだったみたいだね。召喚すれば彼が魔法や戦技を駆使して戦ってくれるんじゃないかな」

 ふたりともイベントの趣旨や報酬を理解しないまま突撃していたのだった。

「…さっきの戦闘を見る限り、ドラキュラ様はかなり強い精霊さんなんでしょうね」

 ドラキュラ伯爵の召喚オーブをヨミに差し出すと、彼は軽く首を横に振る。

「お兄様?」

「このオーブはアヤさんに。ホワイトデーイベントだからね」

「え?!で、でも…わたし召喚師じゃありませんし…!」

 戸惑うアヤにヨミは微笑む。

「大丈夫。召喚師でなくとも、MPを消費すれば召喚できるからね」

「…それってMPって意味ですよね。そのMPがそもそもわたしに備わっていないような気が…」

 何と言っても、脳筋の重装騎士なのだから。

 ドラキュラ伯爵の召喚オーブに目を落とし、これもやはり『お兄様の祭壇』を彩るアイテムのひとつになるのだろうと思った。

「…それにしても、お兄様。ここでダガーを使うとは思いませんでしたよ?妙にハラハラしました」

「ふふ、なかなかに僕のお気に入りだよ。なんといっても、可愛い妹が呉れたものだからね」

 朗らかに微笑むヨミを見上げて、アヤはプレゼントのチョイスを大きく間違えたかもしれないと、今更ながらに後悔のようなものが芽生えた。が、逆にあれを効果的に用いることができるのは彼くらいなものかもしれないとすぐに思い直し、今後様々な場面で(場違いに)飛び散るであろう無数のハートエフェクトに思いを馳せるのだった。


 こうしてふたりはホワイトデーイベントを終える。

 後日、魔法銃カルブンクルスをうっかり返し忘れたアヤがひとりであたふたしたのはまた別の話。




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カクヨムの方の更新ではすでにホワイトデーが終わっていますが…申し訳ございません。

ちなみに。魔法銃カルブンクルスというのは、わたしの別のお話に出てくるものです。元々この時節短編は悪ノリしたお話なので、徹底して悪ノリするためにコラボさせてみました(という説明)。

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