第26話*ヒュドラ狩り、またの名を歓迎会(1)

 潤沢な資金と幻の金属オリハルコンを惜しみなく注ぎ造挺された漆黒の飛空挺『アヴァリスの矢』。

 言わずと知れたアヴァリスのエースナンバー、トップランカー・ヨミの拠点である。

 飛空挺の表面はまるでエナメルのような光沢に包まれ、船体の横には黄金の弓矢が象徴的にマーキングされていた。

 いくつかの都市を経由し、空中都市『エリュシオン』へ到着したアヤを飛空挺の前でヨミはにこやかに出迎える。

「アヴァリスの矢へようこそ、アヤさん」

 以前目にしたことがある軍装よりさらに豪華な、最上級の正装姿でアヴァリスの矢を背に立つヨミは、まさに乙女ゲームのスチル画像のごとき完璧さ。

「お、お招きありがとうございます、お兄様」

 アヤは丁寧に頭を下げた。

 まばゆいばかりの空気感に圧倒されつつ、アヤはここまでの道のりを思い返す。


 アヤのマイルームに届いた一通の手紙。ヨミからだった。

「見て見てヨミさん、お兄様からお手紙が届いたよ」

 マイルームで放し飼いにしているフェネックキャットの『ヨミさん』を膝に乗せながら、アヤは手紙を開いた。

 内容は正式にアヤをアヴァリスの矢へ招待したいという申し出の手紙とは別に、旅券や宿泊券が同封されていた。

 飛空挺が停泊している空中都市エリュシオンはアヤのレベルでは到達できない、千里の果てにあるような街である。一足飛びに飛空挺でアヤを拾いにくることは容易いが、それでは情緒がない。ゆえに彼はあえて手間のかかる方法を選択し、彼女にエリュシオンに至る道のりを楽しんでもらおうと旅券などを送ってきてくれたのだった。

「わたしが遠慮すると思って、確認する前に送ってくれたんだろうなぁ…」

 各都市で使用できる宿泊券はどれもハイクラスホテルのそれで、アヤは恐縮する。

 アヤが拠点を持っているこの小都市オリクトにはハイクラスホテルは存在しないのだが、大都市圏にはいくつか建ち並んでおり、どれも旅行者憧れのホテルである。

 仮想現実とはいえ、広大なワールドを旅するわくわく感は現実となんら変わりはない。

 どうしよう、楽しみすぎる!

 アヤは旅券(と宿泊券)を『お兄様の祭壇』と名付けている母岩付きオーレルの涙やマギーシュタルト土産の高級魔道書が置かれている棚に感謝を込めて一旦祀った後、インベントリを開きルンルン気分で旅の支度を開始する。

 アヴァリスの皆さんを紹介してくださるそうだし…失礼のないようにしないと。あと、歓迎会でヒュドラ狩りに連れて行ってくれるそうだから(ど、どんな歓迎会…?)装備一式もちゃんと用意しておかないと!

 準備をしっかり整え、お出かけ用に少々奮発して課金購入したドレスセットを着用し、フェネックキャットを撫でる。

「じゃあヨミさん、ちょっと行ってくるね!お土産買ってくるからね!」

 空中都市にはフェネックキャットのおやつやおもちゃ…売ってるかなぁ…などと考えつつ。

 そこからは何日か時間をかけて徒歩、馬車に汽車と乗り継ぎ、未到達だった都市を散策して楽しんだ(お土産を買い求めながら)。地域によって気候もそれぞれなので都度、コスチュームを買い足そうと考えていたのだが先々のホテルにヨミからコスチュームのプレゼントが届いており、アヤを何度も恐縮させた。

 アヤの好んでいるゲーム内ブランドをさりげなく把握し、あれこれと必要以上には贈ることもせず、チョイスに抜かりがない。

 上品なホテルの一室で増えていくコスチュームをインベントリ越しに眺めて、アヤは息をつく。

「…これ…全部課金のお洋服。…こういうことがさらっとできちゃうヨミさんって、リアルでもモテそう…」

 むやみに大盤振る舞いするわけではなく、お金の使い方をしっかり心得ている人って感じがする。

『100キロ超えのおっさん説』は横に置いておいても。

 …うちの弟と、どっちが罪作りなタイプだろ…?(比較すると花奏が不機嫌になりそう)

 なんとなく…最近、ヨミさんとの距離が近くなった気がする。前はガラス越しみたいな感覚だったけど……気のせいかな。

 などと考えながら、ホテルの天蓋付きベッドにアバターを転がしログアウトする。

 そんな日々を繰り返し、アヤは大型都市を巡回している旅客飛行船に乗り込み、目的地の空中都市『エリュシオン』へ到達したのだった。

 神々が住まう地に相応しい、透明感がある壮麗な都市だ。初エリューシオン体験に口を開けて周囲を見渡しながら、飛空挺のある港までやってきてみれば人だかりができていでアヤは驚く。祭典でも開催されているのかと戸惑う彼女の耳に一般プレイヤーたちの会話が届く。

「ねぇあれがアヴァリスのヨミでしょ?本物初めて見た」

「飛空挺の前で見られるってレアっしょ、レア」

「なんかすっごい…おしゃれしてない?」

「アヴァリスの隊服めっちゃかっこいいじゃん」

「やべぇ、スクショ撮っとこ」

 男女問わず、興奮気味に語られる内容の中心は…ヨミについて。

「あ。…もしかして、お待たせしてる…?!」

 人だかりを避けるようにして飛空挺の前まで進むと、皆が話していた通りの華麗な正装姿のヨミが目に入りアヤは固まった。いや、萌えた。

 白いシャツに黒いネクタイを締め、同色のスーツは前ボタンをあけて開襟し、襟には勲章を模した飾りに彩られている。飾緒や肩章も華やかだ。コートはマントのように肩にかけ、着流している。制帽まで身につけ、高級将校さながらの端正な佇まい。

 アヴァリスの隊服、ここに極まれり。

 か、かかかかかかかか、かっこよすぎる!!!!もももも、もしかして今のヨミさん髪型がオールバック?さ、最高です…!!

 以前の軍装から輪をかけて華麗になったヨミは制帽越しに目ざとくアヤを見つけると、涼やかに微笑み迎えたのだった。

「来たね。アヴァリスの矢へようこそ、アヤさん」

 声をかけられ邪な石化がとけたアヤはこうして物見高いプレイヤーたちの注目を浴びながら、ヨミに挨拶するに至ったのである。



「無事に到着して安心したよ。ここまでの道のり、楽しめたかい?」

「は、はいっ、いろいろと手配してくださって、ありがとうございました」

「君には不自由なく、快適な旅を楽しんでもらいたかったからね」

「それからお洋服もたくさんいただいて…すごく嬉しかったです。ありがとうございます!」

 改めて礼を述べる。

 今日もヨミが贈ってくれたコスチュームを着用していた。

 ヨミはわずかに瞳を細めて頷く。

「あぁ、よく似合っているね。君は『ルカ』のデザインを好んでいるように思っていたから、正解だったかな」

「そうなんです!…でも、わたしが『ルカ』さんのお洋服が好きなこと…よくわかりましたね」

 ルカは主にコスチュームデザインで有名なプレイヤーだ。彼女(?)のデザインは各街にあるドレスショップで課金購入することができる。公式の審査に通れば、個人がデザインしたコスチュームを他のプレイヤーに流通させることも可能で、プロアマ問わず意欲的な服飾デザイナーの作品が提供されている。このように、服飾以外にもオーレリアン・オンラインを一種のビジネスチャンスの場として捉えているプレイヤーも珍しくない。

「ふふ、ドレスショップの前を通る時、ルカの新作が飾られているとアヤさんの足が止まっていたからね…察しはついていたよ」

「うっ、さすがお兄様」

 物欲しそうな顔を晒していたのかと思うと恥ずかしい。

 それにしても、ヨミは服飾デザイナーにまで精通しているのだろうか。

 アヤの考えを見抜いたようにヨミは告げる。

「ルカはアヴァリスのクランなんだよ」

 まさかの告白に、アヤは絶句する。

「えっ?!!」

「さぁお嬢さん、中へどうぞ。僕の友人たちを紹介するよ」

 ヨミは微笑み、コートの裾を翻してアヤを黒い飛空挺の内部へ導いた。

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