第27話*ヒュドラ狩り、またの名を歓迎会(2)

 飛空挺内部は戦闘特化型とはいえ、さほど窮屈さは感じない。

 飛空挺のメインルームにあたる、操舵室ブリッジへ入ると、イツキの他に二人のプレイヤーが彼女を迎えた。

「よう、妹ちゃん。長旅ご苦労さん」

 ヨミよりずっと簡素な隊服をまとったイツキが近づきながら声をかけてくれる。

「ご無沙汰してます、イツキさん」

「そんなにご無沙汰してないよ。相変わらず律儀だな」

 苦笑いするイツキは振り返り、背後のプレイヤーを紹介する。

「妹ちゃん、紹介するよ。こっちのポニーテール男子がツカサ、そっちのガサツそうなダークエルフがエンジュだ」

 イツキがポニーテール男子と紹介したヒト属の青年はアヤに近づき、わずかに微笑む。

「ツカサだ。よろしく、アヤ嬢」

 黒髪のロングヘアを高い位置でくくっている。

 彼もアヴァリスの隊服を着用しているが、ヨミやイツキとはデザインが異なり和風のテイストが織り込まれている。太刀を佩いているので、彼は剣士(上級騎士)に違いない。

「アヤです、よろしくお願いします!!」

 がばっと頭を下げると「うん」と淡白な返事をくれる。

 ツカサはエンジュに顔を向けると呆れた口調で呼びかける。

「おいエンジュ。いつまでも拗ねてないで、彼女に挨拶したらどうだ」

「うっさい!ポニテ!!」

 鋭いダークエルフ美女の声音に驚いてアヤはびくっと肩を震わせる。

 彼女の隊服はとにかくセクシー一辺倒。素肌の逸脱感が尋常でない。

 バ、バインバインのお姉さんだ…!

「イツキ、あんたも何さりげなくアタシをディスってんのよ?!ガサツってなによガサツって!!」

「本当の事だろうが」

「まったく」

 イツキとツカサに白けた目を向けられ苛立ちながら、彼女の視線はアヤに移る。

「そこの小娘ぇ!!」

「は、はい?!」

 豊満な胸を揺らしながら、ズカズカとものすごい剣幕でアヤに近づく。

「アンタ、ちょーーーーーっとヨミに優しくされたからって調子に乗ってこんなところまでノコノコやってきてるんじゃないわよ!生意気なのよ!ブをわきまえなさい、ブを!!」

「す、すみません!!有象無象ですみません!!」

 たじろぐアヤをかばうようにそっと間に入り、ヨミが微笑む。

「エンジュ…だよ。僕の妹と仲良くしてほしい」

「……っ…!」

 鶴の一声とはまさにこれのこと。

 ヨミに頼まれたら、いやと言えないエンジュの純なオトメゴコロ…。

「ハ、ハァ〜イ!」

 猫なで声を出して聞き分けよく返事をする彼女は、(引きつりながらも)作り笑いで自己紹介した。

「ハジメマシテ、ガチャでヨミの妹とかいうクソ羨まなポジションを手に入れた小娘…じゃなくて、アヤチャン。アタシはエンジュ。ヨミの約束されし運命の恋人オンナよ。ヨロシクね」

 眼差しや口調から敵意をヒシヒシと感じる。が、ここまで全面に棘を出されると逆に安心するというものだ(ルキナたちとのやりとりの後では)。

 エンジュさんはヨミさんが大好きなんだ。言動に気をつけないと…。

「は、はじめましてアヤです。よろしくお願いいたします、エンジュお姉様」

「はぁ?…お…おねぇさまぁ〜〜?」

 ぴくりと眉を動かしアヤを凝視するエンジュに、選択を間違えたと青ざめる。

 女子校の理屈。

『年上女性はとりあえずお姉様と呼んでおくべし理論』は、ここでは通用しないか。

 ところがエンジュはまんざらではない表情で頬を染め、ポツポツ告げる。

「……ま、まあ…イイんじゃない…?アンタは新参者だしぃ〜?しょうがないから、お、おねーさまって呼ばせてあげても…いいっちゃいいけどぉ…?」

「?!…は、はい、エンジュお姉様!!」

「…ふん…べ、別に、アンタを認めてやったわけじゃないから…ヨミがど〜うしてもって言うから…構ってあげるだけなんだから。誤解しないでよね…っ?!」

 腕を組んで顔をそむけるエンジュに、イツキが「チョロいな、あいつ」と笑い、「ツンデレか」とツカサも指摘する。

 アヴァリスはヨミを含めて総勢7名で構成されているらしいが、操舵室にいるのは4人だけだ。残り3人はどこにいるのだろう。

 またもアヤの思考を読んだように、ヨミは告げる。

「期待させてごめんよ、ルカは今日はどうしても外せない用事があってね。でも、お近づきの印にとルカからプレゼントをあずかっているよ」

「えっ」

 ヨミはインベントリから綺麗に包装されたプレゼントを取り出すと、アヤに差し出す。

「ルカが君のためにデザインしたアヴァリスの隊服だ。お土産に是非持ち帰ってほしい」

「ル、ルカさんが…?!わたしのために…?!しかも、アヴァリスの隊服を…!」

 包みを開くと、コスチュームセットがぱぁっと光を放って現れる。ご丁寧に観賞用トルソーまでついた状態で。

 ヨミの言葉通りアヴァリスの隊服ではあるが、実用性より可愛さに特化している。ところどころヨミと対のデザインになっており、兄妹を意識してくれたようだった。

 感激でアヤは震える。

 これは宝物!お兄様の祭壇の隣に飾らなきゃ…!!

「妹ちゃん、せっかくだから着てみたらどうだ?」

 イツキにすすめられ、ヨミを見上げる。

「い、いいですか?!」

「もちろん」

 頷く兄に、アヤはぱっと笑みを浮かべて早速コスチュームを衣装インベントリに納め選択し、くるりと回って着替えを完了させる。

 軍服を下敷きにしているだけあって、基礎はかっちりとしたデザインだが所々にフェミニンな飾りが配され、ミニ丈のプリーツスカートに合わせているオーバーニーソックスとブーツの組み合わせにときめく。かわいい(コスチュームが)。

「アヤさん、よく似合っているね」

 ヨミに褒められアヤ素直に喜ぶ。

「あ、ありがとうございます。お兄様もすごく、すっっっっっっっごくかっこいいです!!さすがお兄様です!!」

 まだ感想を述べられていなかったので、ここぞとばかりに語気を強めた。

「そうかい?ありがとう。アヤさんをはじめて飛空挺に迎えるのだからね、ルカが全員の隊服を新調してくれたんだよ。僕のコスチューム……ルカが言うには以前着ていたものは大佐モードで、こちらは元帥バージョンだそうだよ」

 元帥バージョン!!

「最の高です!!!」

 目の保養ありがとうございます!!

 ルカさんに会えたらお礼言わなきゃ(いろんな意味で)。

 コスチュームチェンジしたアヤを眺めてツカサが呟く。

「…彼女の衣装…特に、絶対領域がいいな」

「そうそう、こういうさりげないのがいいんだよな」

 イツキも同意し、ふたりは露出が過ぎるエンジュを見やる。

「何よその目!何か文句あるっていうの?!」

 食ってかかる勢いのエンジュにふたりは首を振った。

「いや…別にお前の過度な露出に辟易してるとは言ってない」

「そう、お前のボリュームに胃もたれしてるとは言ってないよな俺たち」

「言ってんじゃない!!」

 突っ込むエンジュにアヤは少し吹き出した。

 アヴァリスはもっと厳格な雰囲気が漂っているのだと思っていたのだが、想像していたよりずっと自由闊達だった。

「もうひとりは…飛空挺内にはいるのだけどね。少々顔を出したがらないものだから…勘弁してやってほしい。いずれ、接することもあるだろうから」

「とっても人見知りさんなんですね」

「そうとも言うね」

 苦笑するヨミは「最後に」とつぶやき指笛を鳴らす。…と、わずかな間を置いて尾っぽをぱたぱた振りながら操舵室に四つ足の獣が入ってくる。首にアヴァリスの矢モチーフのスカーフを巻いた毛長の猟犬だ。

 複数の毛色に包まれているその猟犬は毛皮がふっくらとしていて触れたら心地よさそうだった。

「昔、街道を歩いているときに母犬とはぐれた子犬を保護する…という突発イベントに遭遇してね。それ以来、彼は僕の拠点で暮らしているんだよ。犬種のモデルは牧羊犬のオーストラリアン・シェパードだね。ゲームでは猟犬種だから、一緒に冒険に出ることができるんだよ」

「この子もアヴァリスの一員ってことですね!」

 行儀よくヨミの足元に座る猟犬にアヤは瞳を輝かせる。

「…か、かわいいです!!あの…撫でてもいいですか?!」

「いいよ」

 快諾され、アヤはそっと犬の横に腰を落とし、「撫でさせてもらうね」と声をかけて触れる。

 仮想世界なのではっきりとした感触はないのだが、現実世界での経験が脳内補完され、もふもふを楽しむ。

「お目目キラキラして…かわいいねぇ、いい子だねぇ…ふわふわだねぇ…アヴァリスカラーのスカーフもおしゃれだねぇ…」

 よしよしと撫でながら目尻が垂れるアヤを眺め、イツキはヨミに言う。

「…こいつ、お前より妹ちゃんにモテてんじゃねぇか」

「兄といえども彼の魅力には劣る。自明だよ」

 微苦笑するヨミをアヤは見上げる。

「この子のお名前はなんて言うんですか?」

「ポチだよ」

「ポ、ポチぃ…?!」

 アヤはエリート犬よろしく聡明な顔立ちをした猟犬を二度見する。

 ポチと呼ばれた犬は「わんっ」と元気よく答えたので…冗談ではないようだ。

 あまりにもありふれた名前にアヤは驚いたが、ヨミはそんな彼女の反応に不思議そうに首を傾げた。

「犬はポチ、猫はタマ。そういうものだと思っていたのだけど…違うのかい?」

「…?!…い、いえ…ち、違わないです!まったく問題ありません、お兄様」

 もっとカタカナがたくさん並ぶような…滑舌がアレするような、ヨーロピアンなお名前かと思ったけど…う、うん…いいじゃない、ポチでも。呼びやすいし、かわいいし!

 アヤは考えることをやめた。

「ポチくん、よろしくねっ」

「わんっ」

 ポチは元気に答えてくれる。

「そういえばアヤさん、例のアレは持参してくれたのかな」

 問いかけられて立ち上がり、『例のアレ』について思い浮かべる。

「は…はい。でも…本当に使うんですか?アレ…」

「うん。楽しみにしていたんだよ。アヤさんが作ってくれる剣を」

 にこやかに告げるヨミの横顔にイツキが尋ねる。

「剣?お前、まだ剣が必要なのか?」

「実はね。この前、モルス・ヴァーミリオンに一撃を与えてみて確信したんだよ。やはり僕の手持ち武器は強すぎると」

「強すぎたら弊害でもあるのか?」

「あるよ。じゃないか」

「………ああ、そっちか…」

 駆け引きを楽しめないと言いたいのだ。…まったく、強すぎるのも考えものだ。

「だからその辺りに落ちている木の枝を武器にしようかと思ったんだけどね…アヤさんに止められて」

「……まあ、流石に木の枝はないな」

 木の枝で倒されるモンスターが不憫である。

「そこで、鉱石掘りが趣味のアヤさんに剣を作ってもらえないかと提案したんだよ」

「…わたしでいいのか、ひたすら疑問だったんですが…」

 いつもの柔らかくも強い押しに負けてアヤは請け負った。

 ログイン直後のお楽しみ、鉱石チャレンジ(無課金分)で鉄鉱石は溢れかえっており、これを採掘場脇にある共用の炉にくべて精製した鋳塊を鍛冶場に持ち込み、鍛冶スキル持ちが多い坑道内のモグラたちからアドバイスをもらいながら鍛え、武器を作り出した。

「これがわたしの作った剣です!お納めください、お兄様!」

 武器ショートカットにおさめていた剣を抜き取ると、献上するようにヨミに差し出した。

 全員が覗き込むと、彼女が手にしているのは……なんの変哲も無い『鉄の剣』だった。

「って…クレイモア?!ただの鉄の剣じゃない!コモン武器の!」

「いや、エンジュ。これはアンコモンだぞ。輝きが少々違う」

 ツカサが真顔で見解を述べると、エンジュは忌々しげに言う。

「この武器オタポニテ!コモンだろうがアンコモンだろうが細かいことはどうでもいいのよ!うちのエースに相応しくないって言ってるの、そんなクソザコ武器!って小娘!アンタもよくをヨミに渡そうと思えたわね!」

 吠えるエンジュを前に、アヤは「ですよね」と居た堪れない気持ちになって震えていたがヨミは彼女の手から剣を受け取り微笑む。

「ありがとう、アヤさん。嬉しいよ」

「きょ、恐縮です。…でも、本当に、ほんとーーーに、それでいいんですか?」

 再度確認すると、ヨミは美しい笑みを浮かべる。

「もちろん。僕にとって、これ以上ない業物わざもの…栄誉ある剣だ。アヤさん自ら採掘した鉄鉱石と鍛冶によって作り出されたこの逸品…世界にただひとつ、僕の妹お手製クレイモア。銘入りの錚々たるレジェンダリー武器に引けを取らない付加価値に溢れているじゃないか。故に、鉄の剣などというありきたりな呼び名は新味がない。…そうだな…」

 ヨミは剣を片手に一寸考える姿勢を取り、そして閃きのままに告げる。

「うん、『我があえかなる妹のうるわしきかいな』の銘にしよう。今後は僕のメインウェポンとしてその銘を轟かせることになるだろう」

『我があえかなる妹の愛しき腕』。

 す、すごい名前来た(ただの鉄の剣なのに)。

 アヤは気後れしながら呟く。

「つまり…『貧弱な妹のポンコツな手刀』って意味でしょうか…」

 剣の性能を鑑みると間違いではないけど…それがトップランカーのメインウェポンでいいのかなぁ…?(木の枝よりマシだとは思うけど…)

「妹ちゃん超解が過ぎる。もっと自己肯定感高めていこうか」

「弘法筆を択ばず。強者は得物に拘らないものだが、我があえかなる……長いな、略して『我がいも』でいいんじゃないか」

「はぁ?!よくないわよポニテ!それじゃ、小娘を『我が妻』って言ってるのと同じじゃない!!」

 エンジュが鬼の形相でツカサに詰め寄るもスルーされる。

 ……このようにして、アヤとアヴァリスの矢のクランたちとの初顔合わせは和やか(?)に終わった。

 ヨミが率いているだけあって、皆上級プレイヤーの風格が漂っているが強さを鼻にかけることもなく接しやすい。

 ここでイツキが改めてアヴァリスのクランについて語る。

「今更だが一応簡単に説明な。戦闘はヨミ含めて、今いる俺たち4人がメインだ。俺は中長距離がメインのガンナーでバフ付けの補助と回復担当、ツカサはセイバーで二刀使い、エンジュはランサー、ヨミは……まあ、なんでもありフリーダムってところだな。ヨミがコレだから俺たちはひとつのジョブを特化させた状態でいる」

「ということは…みなさんは偶然寄り集まったのではなくて、最初からグループとして活動していたんですね」

 イツキは軽く目を見開く。

「おっと、鋭いな妹ちゃん。まあなんだ…俺たちは…」

 ちらりとヨミの顔色を窺うと、イツキにかわって彼が口を開く。

「僕たち4人は中、高と同じ学校に通っていた仲なんだよ」

 あっさり内情を打ち明けてしまったヨミに、その他3人はハッと目を見張る。

 まだ関わりの浅いはずの彼女に、現実世界にまつわる一端を晒したヨミに戸惑う。

 一体どういう風の吹き回しか、と。

 ヨミはその柔らかい物腰や口調とは裏腹に、情に流されない冷淡さを兼ね備えた男で、根っこから他者を信用することが稀な性質だった。ましてや、顔が見えないオンラインゲーム上の相手に対して己の情報を開示することなど皆無に等しい。

「学校が一緒…なるほどです!皆さん、気心が知れた仲ってことなんですね!」

 イツキはヨミとリアルでも友人なのではないかと思っていたが、ここにいる全員(ポチ以外)が同窓なのだ。

 とくに勘ぐることもなくアヤは大きく頷いた。

 この猜疑のなさ…。ヨミのやつ…なるほど、妹ちゃんの素直さに毒気を抜かれたわけか。

 彼女は晴れて観察対象おもちゃでなくなったわけだ。

 ヨミがオーレリアンを不在にしていた間に、アヤはヨミの信者に不愉快な絡まれ方をしたようだった。けれどこれが彼の心境を変化させる『駄目押し』になったのだとしたら…。

 水は低い方に流れる。人間も同じだ。

 素直さや正直さ…実直さ。複雑な世情でこれを貫くことはとても難しい。

 その美点をヨミが認めたのならば。

 やるな、妹ちゃん。

 イツキは彼から偽りの仮面やさしさを捨てさせたアヤへ、内心で賞賛しながら話を続ける。

「…よし、妹ちゃんが納得したところで。今から本日のメインイベント、妹ちゃん歓迎会…『ヒュドラ狩り』へ向かうぞ。…ヨミ」

 先を促すようにイツキはヨミに視線を流す。

「あぁ、では久々にアヴァリスとしての活動を開始しようか。…飛空挺アヴァリスの矢、起動」

 彼の言葉に呼応するように、飛空挺に火が入る。

「ひ、飛空挺で行くんですか?!」

「そうだよ。…目的地をヒュドラの住処、レルネーの毒沼に固定。アヴァリスの矢、発進」

 主人が命ずるまま飛空挺は緩やかに動き出し、接岸された港から離れ出撃するのだった。

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