欄外小話『クローネ様について』

「クローネ様を召喚精霊として従えるのはとても難しいと聞いたんですけど…そんなに大変なクエストなんですか?」

 アヤがヨミに尋ねると、彼が口を開く前に「それは俺が説明しよう」とイツキが場に割り込んできた。

「あれ、イツキいつの間にそこにいたの」

 不思議な気持ちで友人を見やる。

「おいおい。欄外小話で前後関係なんて持ち込むなヨミ、野暮だぞ」

「そうなのかい?じゃあ、ここは君に任せようか」

「お願いしますっ!」

 兄妹は納得(?)して頷いた。

「了解した。…まずクローネは人里離れた深い森でポツンと佇む小屋に暮らしている……という設定になってる。また召喚師なら誰でも中に入ることができる。小屋に入ると中は暗闇で天地左右なにも見えないらしい(ヨミ談)。その闇の中でプレイヤーは蛇蝎に塗れながら、姿を見せないが確実に息づいているクローネと対峙するんだ」

「…蛇や蠍がいる暗闇の中で、一体どんなバトルを…?」

「いいや、そこで繰り広げるのは過酷な恋愛心理戦。……そう、つまり…クローネを掻き口説くんだ」

「え?」

「クローネをひたすら口説く。しかも三日三晩、不眠不休の過酷な耐久レースだ。クローネはプレイヤーの心理の揺らぎを見逃さない。寝落ちは論外。言葉に嘘偽り、また不自然な間があれば、小屋から叩き出されそれまで費やした時間と苦労は全て水泡に帰す…。クローネが難攻不落いや、理不尽と言われる所以だ」

 あえて触れていないが、不正プログラムを用いれば公式の有能すぎるAIに捕捉され即、垢BAN。

「………そ、それは……失敗した時の徒労感がすごいです…。心折れちゃいますね…」

 控えめに言って、地獄。

 クローネを従えることの難しさに納得。公式もなぜそんな設定に…?(いじわる?)

 それを達成させたヨミの尋常でなさがまたも浮き彫りになった。

「…で、ここにいるヨミはクローネを口説き落としたわけなんだが。……な?わかるだろ妹ちゃん。こいつの変態ぶりが」

 耐久レースに正気を保ち続ける胆力も異常だが、口八丁でクローネを落とし、従わせる程度には詐欺師でもある(ロマンス詐欺の素養もアリ)。

「…イツキさん。…お兄様はヘンタイじゃありませんよ?」

「妹ちゃん、フォローしなくていい。時々俺もこいつがドMなのかドSなのかわからなくなる時があるからな」

「へぇ?イツキはそんな風に僕を見ていたんだねぇ…まさかここで友人の本音が聞けるとは思わなかったよ」

 微笑むヨミの目元に僅かな闇を見出して、イツキはまずいと目をそむけた。

「あー…、俺はちょっと用事思い出した。じゃあまたな、妹ちゃん」

 とそそくさと退場していく。

「イツキとは後で『話し合い』が必要なようだけど……アヤさん、イツキの説明でクローネのことは理解できたかな」

「はい、クローネ様のとっても厳しいお眼鏡にかなったお兄様が、とにかくすごいことだけはよくわかりました!」

 変態はともかく(?)、ドMだのドSだの(問題発言)を聞き流し、はつらつと答えるアヤは可愛い。

「…ふふ、アヤさんは本当にいい子だね」

 優しく微笑みよしよしと頭を撫でる兄と、頬を染めて照れる妹がいたのだった。


(了)

※『他人の不幸は蜜の味(5)』のあとがき掲載用に書いたものです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る