第25話*他人の不幸は蜜の味(5)
招待されたお茶会に参加すれば非難を浴び、避ければ欠席裁判。
今のアヤに選択肢は多くない。
薬瓶が割れて薬が飲めていなかったこと、煙幕に乗じて逃げてしまったこと…これらの不実について謝罪した後は、彼女たちの裁量に任せよう。
ところが。緊張気味にお茶会の場へやってきたアヤは魔女たちの有様に驚き、棒立ちになってしまう。
菓子やティーセットはそのままに、彼女たちは昏倒状態に陥っていたのだ。
机にうつ伏せになっている者や椅子から落ちて倒れ込んでいる者。姿勢はそれぞれだが全員気絶している。
アヤは我にかえると、慌てて彼女たちを介抱して回る。意識を取り戻し、起き上がっても酷くおびえていて皆話にならない。
とくにルキナなど、アヤを見た瞬間悲鳴をあげ、引き止める間もなく転げるように逃げていった。……一体全体、彼女たちに何があったというのか…。
「あれ?何かあったの?」
逃走したルキナに呆気にとらえていたアヤに話しかけるプレイヤーがおり、振り返るといつかの通りすがりの獣人少年ガンナーだった。
「…あ、通りすがりさん!」
「すごいね、これ全部あんたがやったの?」
倒れている魔女たちを見渡して感心したようにアヤに問う。
「えっ?!…ち、違いますよ!…わたしがここにきた時にはもうみんな気絶していて…」
そこまで告げて、アヤははたと違和感を覚え、獣人少年ガンナーを見る。
「……もしかして…あの薬、魔女さんたちに使ったりしてないですよね…?」
よもやの可能性を恐る恐る尋ねると、彼は「まさか」と笑う。
「俺がそんなことするメリットがないよ。そもそも毒をプレイヤーに用いるのは違反行為だよ?俺は公式の検疫所にあの薬を持ち込んでやっただけ。あれの成分が相当ヤバかったんじゃない?あんたがこいつらに仕返ししてないなら、公式のNPCがキツーイお仕置きをしたのかもね」
真実は、薬はヨミに渡り、彼が始末をつけた結果なのだが。
どうせヨミのことだから俺の仕事ぶりも含めてこの一件を観察してたんだろうけど。…ほんと、性格悪いのよね、あの人。
「……そ、そうですか…」
「公式を怒らせるのが一番怖いってことだね」
「…覚えておきます」
結局、この後もアヤは彼女たちに断罪されることはなく(むしろ怯えられるようになり)、揉め事は有耶無耶に終わる。
退会を覚悟していたアヤはこの顛末に拍子抜けしてしまった。が、気絶した魔女たちを介抱するアヤの姿は多くのプレイヤーに目撃されており、因縁をつけてきた嫉妬深い魔女たちにヨミの妹自らが制裁を加えたのだと誤解され、彼女の武勇伝と化した(心外も甚だしいのだが…)。
同時期に掲示板の書き込みが悪質だと見なされ、管理人によって素早く削除されたことも根拠とされた。
掲示板を賑わせかけた火種は数日で風化し、ネットにおける話題の消費速度を痛感する。
「けじめ…つけさせてもらえなかったなぁ…」
いかに噂というものがあやふやでいい加減なものなのか、今回のことで身に染みたアヤであった。
※
湖畔のカテドラルでヨミと待ち合わせる。
連絡を受けて久しぶりに顔を合わせたヨミは相変わらず眩しい美形アバターぶりで目がチカチカする。
少々会わない日々が続いたら、美形への免疫力がすっかり落ちてしまったようだ。
彼につながる蜘蛛の糸は…縁は切れずに済んだ。アヤは安堵した。
「しばらく姿を見せられていなくてごめんよ。兄として役割を果たせなかったお詫びに僕の持っているヴァルキリーシリーズをもうひとつあげようか」
と本気で取り出そうとするヨミをアヤは押しとどめる。
「やめてくださいっ、そういう冗談で済まなそうなことを提案するのはっ」
「遠慮しなくていいんだよ?僕はそこらに落ちてる枝でも戦えるのだから」
「遠慮してないです!全然してないです!本当にしてないですからね?!…あと、枝で戦うお兄様はシュールなのでやめてください!…ちょっと見てみたい気もしますけど…」
枝でもおかしいくらいのダメージを叩き出してしまうんだろうな。なんなら素手でもすごく強そう。
そんなことを考えているとヨミに尋ねられる。
「僕が不在の間…何か困ったことはなかったかい?」
アヤは顔をあげてヨミと目線を合わせる。そして、頭を下げた。
「もう噂は耳に入ってると思いますけど……ごめんなさいお兄様。ルキナさんたちと、仲良くできませんでした」
けじめをつけにいったはずが、すっきりしない終わり方を迎えてしまった。彼女たちとは挨拶すらままならないことになった。
薬瓶が割れてしまうことを早くに告げていたら、話がこじれることはなかったかもしれない。アヤの中に後悔が残った。
「騒動は耳にしているよ。彼女たちに君のことを紹介した僕に責任がある。君があやまることではないよ」
「…でも…ルキナさんを傷つけてしまったかもしれなくて…」
アヤは肩を落とす。
「………」
君は、うまく立ち回れなかったことを悔いているのだね。
被害者気取りの加害者など珍しい話ではない。
彼女たちが傷ついたのはプライドで、心ではない。傷ついたのは、優しい君の方だろうに。
「…ごめんよ」
僕は事あるごとに君の心根を試していた。今までも、今回も君を観察していた。
「?どうしてお兄様があやまるんですか?」
不思議そうに見返してくるアヤにヨミは曖昧に微笑む。
君を守ろうとせず、静観していたからさ。
そろそろルキナたちの増長した
君がまったく魔女たちの悪意を感じなかったといえば、嘘になるだろう。それでも、君は引っかかりを肚におさめ、良好な関係を築こうと努力をしたんだね。自己保身ではなく、僕の顔を立てようと。君の優しさに付け入る卑劣な人間に対してもなお。
これを愚かと思うか、健気と思うかは個々の判断、価値観次第。…さて、僕はどちらなのだろうか。
自分の中の感情を精査するようにまじまじとアヤを見つめ、ヨミはふっと口元に笑みを象り告げる。
「…アヤさんは、いい子だね」
手をのばしてアヤの頭を撫でる。
僕は前者と後者、両方の価値観で君を見ている。
それ以上に、礼儀正しく、高潔で、清らかな業を持つ君を、僕は好ましく思う。可愛いとも。
僕はずっと、君が取るに足らない人間であることを望んでいたよ。そうすれば、僕はいくらでも軽薄でいられる。
仮初めの関係性を逆手にとって無責任に君をおもちゃとして可愛がり、浅ましさが垣間見えるなら距離を置くことができた。
けれど、ブリュンヒルデを所持していることを誰にも漏らさずにいる君。何度試しても、君は決して業を濁らせることはなかった。君は揺るがない。
いずれ、僕は君との関係を未練に感じてしまうかもしれないね。
この僕に、毒気を抜かせたのだから。
「君はとてもいい子だ。僕には勿体ないほどに。でも…アヤさんが僕の妹でよかった」
これからはもう君を観察対象とはせず、人間性を試すこともすまい。
アバターの奥にいる君と人間として向かい合うと誓うよ。上辺だけの兄の顔は、もう捨てるからね。
美しく微笑むヨミに何度も頭を撫でられ、アヤは戸惑いながらも頬を緩め、えへへと笑う。
「…ええっと…なんだかよくわからないけど、お兄様に褒められちゃいました…」
ヨミさん…わたしを慰めてくれてるのかな。優しいな…。
「ふふ」
とはいえ今回の一件、弟くんはさぞ僕に対してご立腹だろうから、宣言通りアサシンに鞍替えしているかもしれないな。
いつなりと背中を狙いにきてくれて構わないけどね。
「…あ、そういえば…お兄様が纏っているクローネ様という精霊は…どういう魔女さんなんですか?」
「あぁ…クローネのことを教えてもらったのかい?…そうだね、アヤさんには秘密を打ち明けようか」
クローネの召喚技『シャーデンフロイデ』は対象の業(数値)を喰らい、気絶させるだけの最弱さだが(その仕様から戦闘中には使えない条件がついている)、逆にアクティブスキル『千里眼』は最強に近く、ヨミの間合いにいるモンスターやプレイヤーの存在を探知し続け、物陰に潜もうが気配を消そうが無関係にマーキングし彼に位置を知らせる。背後にも隙はなく、飛び道具や魔法も逃さない。彼が最強と言われる所以の一端はクローネのアクティブスキル『千里眼』の恩恵もあってのことだった(もちろんクローネのアクティブスキルがなくても探知は可能なのだがアヤを連れているときはクローネを保険としてつけている)。
「ただし、クローネを纏わせている間、僕の『運』のステイタス値が1になってしまうというデメリットはある。クローネを精霊として従えているのは、今のところ僕だけのようだからこの秘密は守られているけどね」
運の数値がたったの『1』になってしまうとは…とんでもない
「それは一大事です!お兄様の秘密はわたしの秘密!誰にも言いません!絶対に」
大きく頷いて息巻くアヤにヨミは微笑む。
「頼もしいね」
そのクローネをもってしても、君は…君だけは透明であり続けている。君をマーキングすることはできない。
だから僕の間合いで不意打ち攻撃をすることが可能なのは君だけだ。
もし君が僕を害する日がきても、約束通り僕は無抵抗でいることを誓うよ。…それが、僕が君に示すことができる誠意だから。
「そのクローネ様の召喚技の『シャーデンフロイデ』はどういう意味があるんですか?なんだかおしゃれな響きですね」
「おや、洒落て聞こえるかい?」
ヨミは意味深に瞳を細める。
シャーデンフロイデ、その意味は。
〝他人の不幸は蜜の味〟
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