第23話*他人の不幸は蜜の味(3)
ウィッチクラフト集団『カリテス』の魔女たちのお茶会に参加してからというもの、彼女たちはアヤの行く先々に現れるようになった。常にルキナが集団を率いて行動している。
ルキナからはより親交を深めるためにフレンド交換を申し込まれたりもしたのだが、フレンド交換についてはあらかじめヨミから「(トラブルを避けるため)今後アヤさんのフレンドは『兄』である僕が審査すると相手にまず伝えること」との条件がついており、その旨を説明すると何故か彼女は押し黙り、以降二度と話題にすることはなかった。
リルたちと合流したときは、同じ魔女属性のマナがパーティーにいることに気づくとそそくさと去って行ったが、
「……ねーちゃん、何なのあいつら」
怪訝な様子の弟にヨミから紹介されたルキナ率いるカリテスについて説明をすると、嫌悪感を露わにする。
「道理で。やっぱりヨミのファンか…」
「間違ってもファンって単語は使っちゃダメよ、地雷だから。ヨミさんを神と崇めている信者のみなさんよ」
「死神を崇めるなんてさすがは魔女って感じだけどね。…ともかく、そんなあからさかまに面倒臭い地雷持ち集団とは距離置いた方がいいよ、ねーちゃん」
アバターを通しても、腹黒さが見えるようであった。
「…う、うん…でも、行く先々にいるんだもん…あの魔女さんたち…」
アヤも正直困惑しているのだ彼女たちの行動については。
「………うわ、思いっきり
レイラスは顔をしかめる。
「ヨミはこのこと知ってるの?」
「知らないと思う。最近ヨミさんログインしてないっぽいの。忙しいんじゃないかな」
「悠長な。そんな役立たずのおにーさま、イラナクナイ?」
刺々しい口調で皮肉る。相変わらず弟はヨミに手厳しい。
別の日にはリルからも心配され、彼女のマイルームで話をした。
「あのカリテスって魔女集団、とくにルキナって人、作る薬の品質や効果は優れてるけど、裏では評判よくないみたいだよ」
「評判って?」
「うん。マナがアヤを心配して教えてくれたんだけど、あの人、ヨミの一番の信者を自称してて、ヨミのファンクラブみたいになってるギルドを軽薄だって決めつけて次々潰して回ったらしいの。それも、女性プレイヤー限定で。表と裏の掲示板まで巻き込んで、ネチネチと相手の悪評垂れ流す方法でね」
掲示板における書き込みの名前は偽装されているが、ルキナ主導によるカリテスの魔女たちの仕業だとマナは睨んでいるそうだ。
「噂なんて、真偽はともかく面白ければ勝手に喧伝されていくから炎上の収拾つかなくなって、最後はその相手がゲームをやめるところまで追い込まれちゃうそうなの。魔女の間では悪い意味で有名みたいだから、アヤにそのあたりのこと吹き込まれたくなくて、この前マナを見て逃げて行ったんだよ」
今わたしが吹き込んでるわけだから意味ないけど、とリルは笑う。
「……そ、そうなんだ…」
「だいぶ仮想敵が減って、最近はおとなしくしてたみたいだけど、ヨミに妹ができたーってワールドに知れ渡った頃から、ちょっと怪しい動きは見せてたみたい。でもヨミ自らアヤを紹介しちゃったわけだもんなぁ……あの人たちからしたら、アヤに近づく免罪符をゲットしたようなもんだよね」
「まあ、でも…変な嫌がらせは受けてないよ。つけまわされてるだけで」
不穏な試薬については触れないでおくが。
「えー?つけまわされるのは嫌じゃないの、アヤ」
実際にはつけまわされているだけではなく、にらにらと言動をチェックしているはずなのだ。揚げ足取りのために。
「…うーん、別に。物好きだなぁとは思うけど」
「呑気なんだか大物なんだか…」
リルは苦笑する。
「さすがにヨミの手前、表立ってアヤには嫌がらせできないだろうけど…気をつけてね。相手はヤバめなヨミガチ恋勢なんだから」
「…う、やっぱガチ恋勢だと思う?」
「それ以外何があるのよー。自分が一番の信者だと思ってるような女がガチ恋じゃないわけないじゃない。超歪んでるけどぉ」
「だよねぇ…単に神格化してるだけじゃないよね…今の話を聞いちゃうと…」
そんな気はしていたが、彼女らに恋愛感情について質問しようものなら「下劣な質問」だと一蹴さられてしまうことだろう…。
「本当にあの人たちが迷惑なことしてきたら、ちゃんとヨミに言いなよ?悪口を言いつけるわけじゃないんだから」
「…うん…そうだね」
と頷いてはみたものの、ルキナやその周辺の魔女たちから嫌がらせを受けることになったとしても、ヨミに助けを求めることはしないと決めていた。これは彼女らとアヤの問題で、彼に責任はない。
彼女たちが本当にアヤを疎ましく感じていて、オーレリアンから存在を消し去りたいと思うほどの憎悪を向けられているのであれば退会も止む無しと考えている。もちろん、今までの努力や成果を失うこと、そして知り合った人たちとの繋がりが断たれてしまうのは寂しいし、とても残念に思うけれど固執はしない。…してはいけない。
藤崎の…葛城の家に『
自分と家族、友人を守りたいなら言いつけは、絶対だ。
仄かに昏い気持ちになりながら、アヤはリルに悟られぬよう小さく息をついた。
※
それからも何度かルキナたちからお茶会への誘いがあり、参加する度に試薬をアヤに呉れたのだが、薬瓶の中で揺れる液体の不穏さは日に日に増して行った。そして口に含もうとすると、決まって薬瓶は破裂し、中身は消える。
もう…これはバグじゃなくてプログラムじゃないかなぁ…?だって、必ず割れるんだもん…。
おかげで感想は言えないままだが、ルキナが尋ねてくることは不思議となかった。その日までは。
「…そういえばアヤ様。わたくしが差し上げていた試薬の効果は如何でした…?」
おままごとのようなお茶会の最中、とうとうその話題になり、アヤは内心焦る。
とうとう来た。
「そ、そのことなんですけど…実は…」
アヤは飲もうとすると薬瓶が割れてしまうことを正直に話した。今までもらった試薬は全て同じように破裂してしまい、どうにも飲めていないことを。
「……割れる…?薬瓶が…?」
ルキナは怪訝に問い返してくる。
「そうなんです。最初はバグかと思っていたんですけど、飲もうとすると必ず割れてしまって…」
「……ほかの薬瓶でも同じ状態になりますの?」
「いえ、その……ルキナさんからもらったものだけ…です」
気まずく伝えるとルキナは一寸黙り、そして口を開いた。
「………。まぁ、ではアヤ様はわたくしに薬瓶が割れた原因があるとおっしゃりたいんですの…?」
ルキナの声は不快を含んで尖り、アヤは慌てて首を振る。
「ち、違います!わたしも原因がわからなくて困ってたんです」
「でしたら早くおっしゃってくださればよろしかったのに。機会はいくらでもございましたわよね」
「…あ、そうですね。…そうでした。すみません…」
言われてみれば、その通り。
これはアヤの落ち度だ。
隠していたわけではないが、言いづらかったのは確か。素直に伝えるべきだった。
ルキナは大きなため息をつく。
「過ぎたことをとやかく言っても仕方がありませんわね。ですが、アヤ様のおっしゃっていることが本当か……この目で確かめさせてくださいませ」
「え?」
ルキナは薬瓶を取り出し、アヤに差し出す。
「今から試してみてくださいませ。アヤ様がおっしゃっていることが真実であれば…皆の前でも割れるはず。わたくしたちが見守る中でも同じような現象が起こるのでしたら、バグとして公式にわたくしから訴えさせていただきますわ。困りますものね、薬瓶が割れて使い物にならないだなんてわたくしの評判にも関わりますし。…あぁ、誤解なさらないでくださいませ?わたくしは何もアヤ様が嘘をついているだなんて申しているわけではありませんから」
せせら笑うルキナは、アヤの言い分をまるで信じていないようだった。割れたと嘘をついて故意にアヤが廃棄していると暗に仄めかしている。
今回ルキナの差し出す薬瓶は、不穏さが極まっていた。…が、ここで逃げれば本当に全てが『嘘』にされてしまう。今度は割れることなく、アヤの身体にどのような変化が起ころうとも、この試薬を飲まないわけにはいかなかった。
フード越しに魔女たちの視線がアヤに集まる。
「………。わかりました。飲みます」
覚悟を固めて薬瓶を受け取りルキナたちが見守る中、蓋を開けて毒々しい色彩を放つ液体を今度こそ口に含もうとしたその瞬間、離れたところから棒読みの声が響く。
「あ、すみませーーーん。間違って投げちゃいましたぁーー、気をつけてぇーー?」
と、黒い物体が放物線を描いて菓子やティーセットが並ぶ机の上に落ちて来た。それが投擲アイテムの類であることに気づいた時には、白い煙が勢いよく吹き出し始める。煙幕だ。
「きゃぁ?!スモーク?!」
「ま、間違えたって…?!どういうことなの?!」
「…な、なんですの?!一体なにが…?!」
戸惑う魔女たちが立ち上がって右往左往する隙間を縫って、何者かがアヤに近づき腕を強く引いた。
「?!」
「…走るよ」
声を潜めて告げられる。
声の主はアヤの腕を掴んだまま素早く駆け出す。
わけがわからないが、引きずられるようにアヤも走る。
白い煙幕を抜けると、姿が見える。アヤの手を引いているのは小柄な獣人の少年だった。背負っている武器からして、ガンナー。
「…あ、あの…!」
「いいから!あいつらから離れるまで黙って着いて来て!」
少年は有無を言わせない勢いで告げるとアヤを連れてしばらく駆け、死角になる位置を見つけるなりアヤを引き込んだ。
「……この辺りまで来たらもういいか」
獣人の少年は振り返ると、開口一番アヤを責める。
「バカじゃないの?なんでそれ飲もうとするの!どう見てもヤバい薬でしょ?あいつら、単にあんたを困らせたいだけなんだから!」
「………あの…」
「意地なんて捨てていいんだよ!あいつら面倒臭くて厄介なんだからさ」
獣人の少年はひどく苛立っているようだが、アヤは今回は割れなかった薬瓶片手にただただ困惑する。
我が事のように腹を立てているこのプレイヤーは…一体誰なんだろうか。
「……あの……ごめんなさい。どちら様ですか?」
怪訝に眉を寄せ正体を尋ねると、彼はハッとしてばつが悪そうに顔をそむけた。
彼はアヤを知っているが、アヤは彼を知るわけがないのだ。
「…と、通りすがりの…ガンナーです…」
「通りすがり…さん?」
「そ、そう。通りすがりに、たまたま…ヤバそうな薬飲まされそうになってる人見かけたから…つ、ついお節介を…」
などと言い訳をしているが、もちろん彼は通りすがりのお節介プレイヤーなどではなく、ヨミ不在時にアヤの護衛を依頼されているカイトだ。今までの薬瓶もバグで割れていたわけではなく、彼が(極限まで威力を削ぎ)狙撃で破壊してきたのだった。限りなく黒に近い試薬をアヤに摂取させるわけにはいかない。
今回はさすがに堂々と狙撃するわけにもいかず、思案する間もなくこの手は発煙弾|(スモークグレネード)を投擲していた。
ヨミとの契約により、存在を悟らせるわけにはいかないのだが……見過ごせなかったのだ。彼女の
「そうなんですか、ありがとうございます。…でも、大丈夫ですよ?」
あっけらかんとしているアヤに「どこが?!」と突っ込みそうになるのをなんとか飲み込む。
「もし、これが毒の類だったとしても、わたしが苦しいだけですから」
「ゲームでも苦しいものは苦しいんだよ。…って、え?毒だとわかってても飲んだの?」
「それであの魔女さんたちが納得するのなら」
「あのねぇ…、ああいう手合いは何をしても納得なんかしない。変な自己犠牲はやめなよ」
「でも…もしかしたら、見た目が悪いだけで、本当にすごく効能がある薬なのかも。そうだったら皆さんに申し訳ないことをしているのはわたしの方ですから土下座しないと」
「いやいや、とてつもなくヤバい色してるじゃん、その薬。間違いなく毒だよ」
アヤの呑気さに呆れて息をつく。
そもそもモンスター以外に毒を用いること、つまりプレイヤーに服毒させることは公式が定めてる禁止行為。
その禁止行為にあえて手を染めるほどアヤの存在が憎々しく、目障りということか。表面上の偽善を取り繕うこともできないほどに。
ヨミ本人が妹と認めているにも関わらず、その特別な立場に嫉妬して事実を受け入れることを拒み、害することを厭わない者たちの悪意全てを引き受けてゆるしていたら、アヤの身がもたないだろう。
俺からしたら、
まあ、蓼食う虫も好き好きってことか。
「…ねぇ、それ貰っていい?」
「え?それって…まさか、この薬のことですか?」
「うん。……俺の(一連の)お節介があいつらを刺激しちゃった感あるからさ…ごめんね」
これから
気まずそうにあやまる獣人の少年にアヤは不思議な気持ちで瞬きを繰り返す。
「…通りすがりさんは悪いこと何もしてないじゃないですか。わたしが目に見えて決死な顔してたから、見過ごせなかったんですよね」
前向きに解釈してアヤは笑った。
「…まあ、うん…」
…ずっと観察しててわかってるつもりだったけど、この人…他人を責めないよなぁ…。
お人好しなんて、損するだけなのに。
「でも、この薬…どうするつもりです?……毒だったとしても…飲まないですよね?」
「まさか。俺はそんなドMじゃないよ。ちょっと考えがあるんだ。罪滅ぼしじゃないけど…そいつの始末は俺に任せてよ」
少年はアヤの手から薬瓶を抜き取ると、小さく笑う。
「しばらくはあいつらと顔合わせない方がいいよ。…あ、でも俺と話したことは秘密にしてね」
獣人の少年は薬瓶に蓋をすると、「じゃあね」と短く告げて現れた時と同じように風となって駆けていく。
突然のことで名前を聞き忘れてしまったが…おそらく、身のこなしからして彼は上級プレイヤーだろうと思った。
「……それにしても間が悪い。…ルキナさん、怒らせちゃったかなぁ……」
『通りすがりさん』の登場により、想定外の展開に転がってしまった。
逃げるつもりは全くなかったのだが、結果としては薬を飲む前にこうして逃亡してしまったわけで…。
嘘つきだ、卑怯者だと責められても言い訳はできない。
土下座してあやまっても、許してくれないかも。
脳裏に『退会』の文字が過る。
「…ヨミさんに合わせる顔がないやつだこれ…」
アヤは肩を落とし、盛大なため息を漏らしたのだった。
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