第22話*他人の不幸は蜜の味(2)
ヨミに連れられ、マギーシュタルト観光を済ませてから数日後。
日課である鉱石掘り(無課金分)をこなすために鉱山へ向かうと、坑道前に黒いローブ姿の魔女たちが集まっていた。不思議に思って近づくと彼女らがマギーシュタルトで知り合った『カリテス』というウィッチクラフトを得意とする魔女たちであることに気づく。
ツルハシを背負ってやってきたアヤを見つけるなり、彼女たちの方から急ぎ足で近づいてきた。
「アヤ様、ごきげんよう」
慣れ親しんだ挨拶に、アヤも自然と同じ返しをする。
「ごきげんよう、皆様」
すらりと出てきた言葉に、彼女らの方が戸惑った様子を見せつつも続けた。
「突然の訪問、お許しくださいませ。わたくし、カリテスで代表をつとめるルキナと申します。ここでお待ちしていればアヤ様にお会いできると思いましたの」
「よくご存知ですね」
アヤがログイン直後は必ず鉱石掘りに訪れることなど。
「ふふ…すでにアヤ様のルーティンは把握済みですわ」
「そ、そうなんですか」
その情報はどこから。
また何故ルーティンを把握しているのか疑問を抱きつつも尋ねる。
「皆様お揃いでわたしに何かご用でしたか?」
「お約束していたわけではありませんけれど、アヤ様をお茶会にお誘いしたいと思いましたの。ほら、先日もヨミ様が『仲良くしてくれると嬉しい』とおっしゃいましたでしょう?わたくしたちも是非アヤ様と親交を深めたいと思いましたの。特にご予定がなければ、この後いかがでしょう?」
相変わらず表情は見えないが、口元がうっとりと緩む。
…なるほど、律儀にヨミの言葉に従って交友関係を築きに来てくれたというわけだ。誘いを断る理由もない。
「それは…ありがとうございます。…えっと、とりあえず鉱石掘って来ていいですか?」
「ええ!もちろんですわ。わたくしたちは、こちらでお待ちしておりますから」
「すみません、すぐに済ませて来ますので!」
慌てて坑道に入り、彼女たちの姿が見えなくなると少しホッとした。
女性の集団というものは言葉にならない圧迫感がある。とくに黒いローブの集団ともなれば、圧力も一入だ。
「アヤ殿、アヤ殿」
「あ、モグラの皆さん」
坑道で生活しているのかというほどいつ来てもいるモグラたちがツルハシ片手に駆け寄ってくる。
かつて錯乱して襲いかかってきた彼らであったが、喧嘩を売った相手がアヴァリスの首魁にしてトップランカー・死神ヨミであったことを知った彼らは恐怖に震え上がり、アヤに滑らかな土下座をして謝罪した。土下座に驚いたのはアヤの方で、やめて欲しいとこちらも必死で懇願したのだった。以来、彼らとの距離は近くなり、関係は良好なものになった。
そもそも女性プレイヤーが少ない坑道において気さくな彼女は密かにアイドル化し、『モグラーの姫』としての立場が確立されてしまったアヤである(その事実を当人は知らない)。
「アヤ殿、表に揃いのローブの魔女がいただろ?あいつら俺たちにアヤ殿のことを根掘り葉掘り聞いて来たんだが…知り合いか?」
「あー…えっと、わたしの知り合いというより、お兄様……ヨミさんの知り合いです」
「ヨミ殿絡みかぁ…」
納得と言わんばかりに、彼らは顔を見合わせる。
「?何かありましたか?」
「…いや、オーレリアンには有名ランカーのファンってのは多いからさ。あいつらもその類だろ?感じ悪い連中だからさ、アヤ殿が心配になったんだよなぁ…」
「…心配してくださってるんですね。ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ?」
とって食われるわけでもあるまいし。
「うんまぁ、杞憂ならいいんだけどさ。ただアヤ殿…ちょっととぼけてるから…」
「とぼけてるって」
ひどい、と口を膨らませるとモグラたちは笑った。
和やかにその場をおさめると、アヤは無課金分の鉱石掘りを済ませ(今日も今日とて収穫なし)、ツルハシをしまうと急いで坑道の入り口へと戻った。
魔女たちはやはりそこにいた。
「お待たせしました」
「お疲れ様ですわ。それではまいりましょうか」
ルキナに促され、アヤは魔女たちと行動を開始した。
魔女のお茶会とは、それすなわちサバト。
一体どんな闇の儀式を執り行うのかと緊張していたアヤだったが、森の一画に作られた休憩所で彼女たちが広げたのは儀式の道具ではなく、色とりどりの可愛らしいお菓子や上品なティーセットだった。
「アヤ様、お好きなだけどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
メルヘンなお茶会の様相にアヤは構えすぎていたと反省して笑う。
ゲームなので、お茶もお菓子も味はしない(もちろん食感も)。しかし、こういった雰囲気を楽しむ『おままごと』の延長は嫌いではなかった。
「わたくしたち、いつもこうやって情報交換をしておりますのよ。ヨミ様のご活躍なんかも、もちろん」
微笑むルキナにアヤは素朴な疑問を口にした。
「…あの、皆さんはやっぱりお兄様…ヨミさんのファンなんですか?」
モグラたちも先ほど言っていたことだが、リルが以前にヨミにはファンクラブがあるようなことを述べていた。
「…まぁ、アヤ様。ファンだなんて低俗な表現はやめていただきたいわ」
不愉快とばかりにルキナは口元を歪めた。
て、低俗…?ファンは低俗?
「他はどうか知りませんけれど、わたくしたちはヨミ様を純粋に崇めておりますの。ヨミ様はわたくしたちにとって、神そのものなのですわ」
か、神?!
「……そ、そうなんですね。た、大変失礼いたしましたっ」
アヤは素直に頭を下げた。
まさかヨミが神格化されているとは。これは下手なことは言えない。
「…ああ、ごめんなさい。わたくしったらついムキになってしまって…お気になさいませんように。…そういえば、アヤ様はどうやってヨミ様のごきょうだいに?」
「ガチャです。はじめてゲームにログインした時のガチャで兄妹設定になってしまうアイテムが落ちてきて。それで、モルス・ヴァーミリオンというドラゴンに襲われたところを助けてもらって直接的に知り合いました」
「まあ、掲示板のお噂通りでしたのね」
ルキナは頷いた。
「えっと…ルキナさんはヨミさんとどのようにお知り合いになったか…聞いてもよろしいでしょうか」
彼女の地雷を踏まないよう、言葉遣いも慎重になってしまう。
「まあ、聞いてくださいますの?」
「ええ、是非!」
アヤはしっかり頷く。
まさかここで活用されるとは思わなかった。お嬢様学校の処世術。
とにかく相手を気持ちよくしゃべらせること、こちらはひたすら聞き役に回ること。もっとも安全な社交術。
「あれは…まだわたくしが初心者プレイヤーだった頃の話ですわ。当時からわたくしはウィッチクラフトに夢中で、クラフトに必要な材料を集めるためについ危険な森に入ってしまいましたの」
すると不運にも凶悪なモンスターと出くわしてしまい、逃げ惑う内に崖に追い詰められ、もうダメだと思った矢先、颯爽と彼女を助けるプレイヤーが現れた。それこそが、ヨミだったというわけだ。
「あの時…ヨミ様は純白のペガサスに乗って降臨なさったのですわ。『大丈夫だったかい?』と微笑まれ……その神々しいお姿…わたくし、今でも鮮明に思い出せましてよ」
白馬どころか、白いペガサスに乗って現れた王子様。
「…ペガサス…ヨミさんすごく似合いそう」
ギリシャ神話の英雄並みに違和感がない。
「ええ、ええ、そうでございますでしょう?!とても、とても素敵でしたのよ!」
ルキナ、大興奮。
「それからというもの、少しでも憧れのヨミ様とお近づきになれるようにわたくし努力をいたしましたわ。同じような志を持つ皆様とカリテスを結成し、ウィッチクラフトでそれなりにワールドで名前が知られるようになった時…ヨミ様からお声をかけていただきましたの。…とても嬉しかったですわ」
「……ルキナさん、凄いです」
憧憬と自己努力の末、音に聞こえるまでになったのだ。そしてヨミの耳に届いた。
とくに努力らしい努力はなく、ガチャだけで知り合ってしまった自分が申し訳ない。
「いいえ、それほどでもありませんのよ」
謙遜しているが、まんざらではない口ぶりだ。
「それにわたくしたちがヨミ様を崇拝している理由は、他にもありますの」
「他、ですか?」
「ええ。アヤ様はご存知かしら?ヨミ様は魔術師を極めたものだけがジョブチェンジをゆるされた『召喚師』でもあることを」
「ああ、はい。全てのジョブを極めたことは以前ちらっとご本人から聞きました。召喚師でもあるから、上級精霊を呼び出せるんですね」
「アヤ様、上級精霊なんて…ヨミ様本来の実力からすればゴミみたいなものですわ」
「…え、ゴ、ゴミ?」
そのゴミすら召喚できないプレイヤーも多いはずなのだが。
「ヨミ様はわたくしたちが深く敬愛する漆黒の精霊、クローネ様を擁していますのよ」
「…クローネ、様?」
「ええ、クローネ様は姿なき魔女。クローネ様はとても内気で、けして他者に姿を晒されませんからその名前しか知れていないのですけれど、オーレリアン・オンラインの召喚精霊の中で最強と謳われる方なのですわ。ですから、ただの上級精霊など塵芥なのです」
「そんなに凄い精霊さんなんですか?」
「ええ、理由は明白」
「?」
「このワールドで数多の召喚師が挑み、破れたクローネ様を陥落させ、精霊として纏っているのはヨミ様だけなのですから!ただ一人、そうヨミ様だけ…!さすがヨミ様!最高ですわ!」
手放しで賞賛しながらルキナは身悶えする。
「………はぁ…」
…具体的なことはよくわからないが、とにかく魔女、魔術師や召喚師からすれば高難易度の攻略相手なのだろう。名入りの精霊は、その精霊を倒してはじめて召喚が許されるので、ヨミはその謎めくクローネという漆黒の魔女をなんらかの方法で倒し、従わせることに成功したのだ。
「クローネ様は、どういう召喚技を使う魔女さんなんですか?」
「…それは…残念ながらわたくしたちも存じ上げませんの」
ルキナは困ったように笑う。
「それとなくヨミ様にお尋ねしたこともあるのですけれど、微笑みで誤魔化されてしまって……そうだわ!アヤ様、機会がございましたらヨミ様に聞いてみてくださいませ」
「え、あ、はい、そうですね。機会があれば」
とりあえず頷いておく。
「それはそうと、アヤ様はいつもヨミ様とどのようなお話をなさってまして?ヨミ様の私生活なんて…ご存知ないかしら?ヨミ様はあらゆることがベールに包まれていて…いくらネットで調べても情報が出て来ませんの」
ルキナは探るように声を潜める。
「………」
アヤは一度口を閉ざす。
彼女たちはヨミの私生活にまで興味があるようだ。…おそらく、あちらこちらにアンテナを張り巡らし、裏掲示板などにもよく顔を出しているタイプの人たちかもしれない。
「いえ…リアルの話はしないです。ほとんど、ゲーム内の世間話で」
おそらくだが。
ヨミはリアルの話をしたがらない気がする。彼の背景を探ろうとすれば、自ずと距離ができる。そう感じている。
現状、アヤがヨミのリアルについて知っていることといえば、当人の口から出た『一応学生』という情報くらいなもの。界隈でささやかれている『100キロ超えのおっさん説』はここで出さない方が無難だろう(地雷だろうから)。
期待はずれなアヤの返答にルキナは舌打ち混じりに呟く。
「……使えない子……」
「え?」
「いいえ!なんでもありませんわ。ヨミ様のこと、何かわかりましたらわたくしたちに教えてくださいませね」
ここで今回のお茶会はお開きとなった。
ルキナは思い出したように、アヤにある薬瓶を渡す。
「これ、今わたくしが体力増加のために開発している薬ですの。開発途中の物ですから
それではまた、と楽しげに微笑んで魔女たちは去って行った。
彼女たちの背中を見送って、手渡された薬瓶に目を落とす。
「……体力増加って言ってたよね…飲んでみようかな」
今度会ったら感想尋ねられるだろう。
瓶の中では、青かと思えば緑になり、さらに紫になったりと…何やら不穏な色彩が漂っているが、良薬は口に苦しということであるし…。
蓋を開けて、いざと煽ろうとした瞬間、パンッと薬瓶は中身の液体ごと小さく弾けて飛んだ。
「?!」
驚いて思わず数歩後ずさる。
どうして砕けたの?!一体何が…?!
周囲を見渡すが、とくに異変はない。
砕けた瓶の破片の下で薬は地面に染み込んで消えた。その様を見届け、アヤは呆然とする。
「……バグ…かなぁ…?どうしよう…感想…言えなくなっちゃった…」
唐突に割れた薬瓶の不思議よりも、ルキナに薬の感想を求められたときの対応を考えて、アヤは少し憂鬱になるのだった。
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