第21話*他人の不幸は蜜の味(1)

 二度目の強制イベント、モルス・ヴァーミリオン襲撃から数日。

 アヤはヨミと黒い森が周囲を覆う魔女と魔術師の集う小都市『マギーシュタルト』を訪れていた。

 深い森に包まれているためか、街は全体的に薄暗く、店の軒先や屋根の低い家屋の玄関にはそれぞれランプが吊り下げられ、昼間でも明かりが灯されている。そのぼんやりとした明かりが幻想的な都市の情景を作り出していた。

 どこか縁日の屋台を想起させ、アヤはわくわくしてしまう。

 瞳を輝かせ、きょろきょろするアヤにヨミは微笑ましく問いかける。

「アヤさんはこういう雰囲気の場所が好みなんじゃないかと思ってエスコートしてみたけれど、魔法の街は気に入ったかい?」

「はい!おとぎ話のような世界観が大好きなので!」

 アヤは大きく頷いた。

 拠点のある鉱石都市『オリクト』もメルヘンさが気に入っている。

「連れてきてくださって、ありがとうございます!お兄様」

「ふふ、君が気に入ってくれたのならよかった」

 街の通りを歩きながら、ヨミが問いかける。

「アヤさんは今どんな魔法が使えるのかな」

「えっと、回復魔法と、解毒魔法は習得しました。攻撃魔法系はまだ何も習得してないです」

 魔法は魔術書を読むことによって習得可能となっている。

 懐事情からあれこれ魔術書を購入できないというものあるが、アヤのジョブである重装騎士は体力や腕力にパラメーターが重点的に振られてしまうこともあり、魔力値は低く魔法を多用できないのだ。そうなると、結局攻撃よりも回復を優先することになってしまう。

「だったらマギーシュタルト観光土産に僕が魔術書を買ってあげよう」

「えっ、いいんですか?!」

「もちろん」

「嬉しいです!」

「ふふ、素直でいいね。それじゃあ…『エクスプロージョン』はどうかな」

 にこやかに提案してくれるが、エクスプロージョンは大爆発を引き起こす火球が次々に飛び出す(えげつない)高等魔法で、今のアヤではとてもではないが使用できない(マジックポイントが足りない)。

「えっと、もうちょっと…もっとずっと…一番下の魔法でお願いします」

「遠慮しなくていいんだよ?」

「してないです。全然してないです、本気です」

 ぶんぶんと首を横に振り、否定する。

 だが結局、一番易しい火炎魔法の他に、エクスプロージョン習得の高級魔術書も『土産』として持たされることになるのだが。

 魔術書を販売する店の前でそんな話をしていると、黒い外套姿の魔女たちがするするとふたりに近づき、呼びかける。

「ごきげんよう、ヨミ様」

 フードで目元が隠れた女を確認すると、ヨミは薄笑みを浮かべた。

「やぁ、君たちか。お揃いで…お茶会サバトの帰りかな」

 どうやらヨミの知り合いのようだった。

「はい。さすがヨミ様、よくご存知で。ここでヨミ様にお会いできるなんて光栄ですわ。わたくしたち、今日はとてもついてますわね」

 同意を求めるように周囲の魔女たちと顔を見合わせる。

「先日のご活躍、掲示板で画像や動画を拝見いたしましたわ。新規実装のドラゴンに深手を負わせたとか」

 二度目のモルス・ヴァーミリオン襲撃の件だ。ヨミが20万強、アヤはドラゴンにかすり傷ダメージカスダメ以下の『5』を叩き込んだあの…。

 あの場に居合わせたプレイヤーが撮影したスクリーンショットや動画が情報掲示板に上がっているようだ。

「活躍というほど僕は何もしてないよ。どちらかといえば、手柄は黒騎士のリッターに持っていかれたことだしね」

 …と、ヨミはアヤに視線を流して微笑んだ。

「いえ、お兄様は大活躍でした」

「そうかい?そうかな…うん、アヤさんがそう言うなら素直に認めておこうか」

 兄妹の会話に、魔女が口を挟む。

「ヨミ様、そちらがお噂の妹様ですの?」

 魔女たちの視線(フードに隠れて見えないけれど)がアヤに集まる。

「あぁ…いい機会だから君たちにも紹介しておこうか。僕の妹になってくれたアヤさんだ。彼女と仲良くしてくれると嬉しいよ」

「もちろんですわ、ヨミ様。ヨミ様の妹様とあらばわたくしたちにとっても特別な方…。仲良くしてくださいませ、アヤ様」

「あ、はい!アヤと申します、よろしくお願いしますっ」

 がばっと頭を下げて挨拶をする。

 顔をあげると、改めてヨミは魔女たちの紹介をしてくれる。

「アヤさん、彼女たちはこの街で『カリテス』という名前のギルドを有していてね、ウィッチクラフトで有名な女性たちなんだよ」

 ウィッチクラフトとは、主に探索や戦闘に役立つ薬品作りをしている魔女ことを指している。

 冒険よりもクラフト活動、それに伴う売買にやりがいや楽しみを見出しているプレイヤーも珍しくはない。

「まあ、ヨミ様。有名だなんて」

「本当のことだろう?君たちの作る薬は信頼性が高く、種類も豊富でどれも効果も抜群だからね。それでいて対価も良心的。…素晴らしいね、とても美しい仕事だ」

 魅惑的に微笑むヨミに、魔女たちはどよめく。

「ヨミ様ったら…!そんなに褒めないでくださいませ、わたくしたち…はずかしいですわ…!」

 …などと言いつつも、彼女たちは嬉しそうに体をくねらせ、黄色い声をあげていた。

「アヤさんも薬が欲しいときは彼女たちから購入するといい。君たちも僕の妹が困っているところを見かけたら、助けてくれると嬉しい」

「ええ、ええ!もちろんですわっ!妹様のことはわたくしたちにお任せくださいませ!」

 そうして魔女たちはアヤたちに挨拶をすると、女子中学生か女子高生の群れのように楽しげに去っていった。ヨミに褒められて、有頂天とばかりに。

 アヤは瞬きを繰り返しながらヨミを見上げる。

「お兄様、女性あしらいがすごくうまいです」

 女性心理のコントロールに長けている。

 彼女たちが欲しい言葉を嫌味なく、自然に吹きかけていた。

 美しい微笑みでトドメまで刺して。

 この手のやりとりは、外面のよい弟で見慣れているが……(薄々勘付いてはいたが)ヨミもなかなかのやり手だ。

「…うん?なんだか褒められてる気がしないな。…ああ、もしかして、妬かせてしまったかい?」

 思わぬ返しにアヤはギョッとする。

「え?!や、妬いてなんてないですっ、違いますっ!」

 本当に感心していただけなのに。

 ところがヨミは妹の嫉妬(誤解)にまんざらではない様子で続ける。

「アヤさん、よ。彼女たちはよく話しかけてくれるだけの女性たちさ。僕は、イツキから『兄バカ』と呆れられるほど妹贔屓だからね」

 なぜか照れ気味に微笑むヨミの天然さにアヤは口の端を引きつらせた。

「お兄様…イツキさんと一体どんなお話をしてるんですか」

「それはもちろん、僕が思うアヤさんの可愛らしいところをひとしきりに」

「……えぇ…?」

 わたしの話を聞かされるイツキさんがかわいそう。絶対うんざりしてる…(今度会ったらあやまっておこう…)。っていうか、可愛いところって…何?

 兄妹設定に全力で乗っかる姿勢スタイルのヨミに少々気後れしつつ、歩き出した兄にアヤはついていく。

 仲睦まじい兄妹を振り返り、肩越しにじっとりとアヤを見る魔女の眼差しには気づかずに。

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