第20話*黒騎士来たる(2)
不吉に赤く染まった指輪から目を離し、アヤは空を見上げて
前回と同じであるなら、どこからか飛来するはずなのだ。…が、今回は異なっていた。
落ちてきたのだ。大気との摩擦熱を発生させ、真っ赤に燃える隕石の落下のように。
塊は減速もせず地上に突き刺さると、強い衝撃で地面が大きく揺れた。
熱を宿した塊は閉じていた翼を開くと同時、マグマのようなものが無数に飛び散る。高原に火がつき、辺り一帯は燃え上がる。
先ほどまでは穏やかだった高原地帯は燃え上がり、黒い雲に覆われ別世界を作り出していた。
その中で身じろぎし、姿を現したドラゴンは天に向かって咆哮する。
モルス・ヴァーミリオン、降臨。
「……あいつが件のドラゴンか…なかなかの迫力だな」
イツキが呟くと、ヨミは薄笑みを浮かべる。
「そうだろう?
「完全にお前への当てつけだろ。…って、妹ちゃん?」
イツキが先ほどからおとなしくしているアヤを不思議に思って見やると、彼女はインベントリから薬瓶を取り出しては勢いよく呷っている。スタミナ持続、素早さや攻撃力上昇の薬だ。とにかく手当たり次第、豪快に飲み干す。
一気飲みを終え、「ぷはぁ〜!」と息をし、口元を手の甲で雑に拭うと吐き捨てる。
「叩き斬る!!」
彼女の気合にイツキはふっと笑う。
「……妹ちゃん、ヤル気だな」
「ふふ、僕の妹はとても可愛いだろう?」
「…お前、その兄バカ発言本気か」
朗らかなヨミにイツキがげんなりする傍で、アヤはショートカットからバスターソード(無印)を取り出すと、「うぉぉぉぉ!!」と声をあげながらドラゴンめがけて無策に駆け出して行く。
「…ちょ…お、おいヨミ、妹ちゃんに強力なバフかけてやらくていいのか?あとは、リジェネとか…」
あの軽装と彼女のレベルでドラゴンとの真っ向勝負は無謀すぎやしないか。
「慎重なようで、意外と向こう見ずなところも可愛いんだよ」
「いやもう兄バカ発言はいいから」
「言い足りないな」
「今はそれどころじゃないだろ」
「そうかい?…本当に危なくなるまで僕は手を出さない約束をしていてね。…あぁでも、『ウィンディーネ召喚』」
ヨミは水の精霊を召喚すると、「彼女の進路を守って高原の火を消せ」と命じる。ウィンディーネは微笑むと、アヤに向かう。
ヨミとイツキも彼女らの後に続きながら話す。
「俺は妹ちゃんの援護に回った方がいいか?」
「彼女を援護するのは兄の僕だよ、イツキ」
「あー、ハイハイ愚問デシタ」
「イツキは周囲の警戒を頼むよ。近辺の…特に経験の浅いプレイヤーが巻き込まれないように注意してほしい」
「了解、『お兄様』」
イツキは揶揄する口調で頷くと足を止めて狙撃銃を取り出す。彼はガンナーである。
ヨミの召喚したウィンディーネがアヤの周囲で踊る炎を鎮火させ、ドラゴンの羽ばたきや睨みから守る。おかげでドラゴンの威嚇に怯むことなくアヤは距離を詰めることに成功し、飛び上がってバスターソード(無印)を振り上げた。
「この前はよくもいじめてくれたわね!!ここで会ったが100年目!!お返しよぉぉぉぉ〜〜!!」
アヤに攻撃の隙を与えるため、ウィンディーネがドラゴンに体当たりし、そのまま時間切れにより姿を消す。
「ありがとう、ウィンディーネちゃん!!」
大感謝!!
大半のスタミナを使用して攻撃を溜めると、バスターソード(無印)をドラゴンの首の付け根に力の限り叩きつける。
「特大、強攻撃!!!」
バシッと確かな手応えを感じる。着地後、モルス・ヴァーミリオンと直接接触したことで、ドラゴンの体力ゲージが視覚化された。
彼女がドラゴンに与えたダメージ、『5』。
焼け石に水どころの話ではない。
当然、ドラゴンの体力ゲージは1ミリも減らない。
「……ご、5ぉ…っ?!」
アヤ、愕然。
たったの、5?!
現時点で最高の攻撃を加えたはずだったが(ドーピングしたにも関わらず)、与えたダメージ………『5』。
何ら動揺することもなく、懐にいるアヤをドラゴンがジロリと見下し、鋭い爪で彼女をなぎ払おうとした瞬間、両者を遮るようにアヤの頬に歪んだ風が走る。
瞬く間に距離を詰めたヨミが自らの起こした衝撃波に乗って現れ、『エイル』と呼ぶ繊細な白羽の剣でモルス・ヴァーミリオンの硬い表皮をものともせず、頤を鋭く貫いた。
「素晴らしい一撃だったねアヤさん。さすが僕の妹だよ」
突き抜けた衝撃波がドンと音を立てて地面を揺らし、周囲に影響を及ぼしながら、ヨミはにこやかに告げた。
そのヨミの頭上で、彼が与えたダメージが数値化される。
ヨミがモルス・ヴァーミリオンに与えたダメージ、約『20万と5千』(衝撃波含む)。
急激なダメージにドラゴンの体力ゲージのマイナス表示が追いつかない。
刺突の威力にドラゴンは昏倒しかけ、大きく仰け反った。
「に、に、にじゅう……にじゅうまん…?…え?えぇーー??」
アヤ、驚愕。
桁、桁がおかしくない?!桁が一個間違ってない?!バグってない??
ヨミは突き刺した剣を勢いそのままで抜き取り、唖然とするアヤを素早く抱えて飛び退き、一旦距離を置く。
ヨミが負わせた傷から体液(血?)が噴き出し、ドラゴンは目を剥いて痛みと衝撃に怒り心頭となって激しく暴れはじめた。
イツキのところまで退避すると、ヨミはアヤを下ろす。
「あの衝撃波からのダッシュ攻撃はマジで痛い。ボス級以外は弾け飛ぶからな…」
と、イツキはドラゴンの気持ちを代弁するように顔をしかめた。
「目茶苦茶に暴れて近づけない……お、お怒りモードですっ」
「頤は急所のひとつ…やつは今、気管を傷つけられてブレスを吐きたくても吐けない。破裂してしまうからね。これでしばらく時間を稼げるかな」
「に、20万とか、とんでない数字でしたよ?!」
「ドラゴン特攻のパッシブや装備なら、もう少しダメージボーナスが加算されただろうね」
現状の装備だけで20万強という数値。一体彼の攻撃力はどうなっているのか。
「システムが壊れてたわけじゃないんですね!さすがお兄様ですっ!」
ドラゴン相手にも単騎で圧倒する彼の実力に今更ながら納得。
「あぁ…その言葉…、ご褒美欲しさにもっと活躍してしまいたくなるね」
悦に入る友人に、イツキは引き気味に呟く。
「………お前らいつもそんな会話してんの?」
ドラゴンの体力ゲージは、現状視覚化されているものだけではないだろう。1本ゲージを剥ぐほどに、モルス・ヴァーミリオンは凶暴化するはずだ。
暴れながら、ドラゴンは通常とは異なる咆哮を上げた。まるで、なにかを呼び寄せるように。
イツキはハッとする。
「まずいぞ、失った体力を回復させるために、周辺のモンスターを呼び寄せて捕食するつもりだ」
「ほ、捕食?!ドラゴンって、捕食するんですか?!」
アヤが驚いて問いかけると、イツキは頷く。
「するな。ボス級のモンスターはああやって他のモンスターを呼び寄せられるんだ。それで、プレイヤーにけしかけたり、捕食して体力回復させる。とくにドラゴンはこの世界のモンスターたちの王みたいな存在だからな、有象無象のモンスターは自ら肉体を王に捧げて食わせるんだ」
「そ、そんな…回復ばかりされたら最悪、戦いが終わらないじゃないですか」
「そう。だから戦闘は長引かせないことが鉄則ではあるね。…イツキ、アヤさんを頼むよ。奴は僕が相手をする」
「あぁ、いつでと言っちゃなんだが捕食対象のモンスターが現れたら俺が狩っとく」
「任せるよ」
「わたしもお手伝いしますっ!!」
「よし、小型の相手は妹ちゃんな。ヤバイと思ったら俺の後ろに隠れること」
「はいっ」
「…あれ、おかしいな。イツキの方が兄っぽくないかい?」
呑気に疑問を口にするヨミに「いいからお前はさっさとドラゴンをぶちのめしてこい!」とモルス・ヴァーミリオンを指差すイツキが目にした先に、先ほどまでは存在しなかったプレイヤーが立っていた。暴れるドラゴンと相対するように。
そのプレイヤーは漆黒の
「いつの間に…」
戸惑うアヤの視線の先で、黒騎士はドラゴンと戦いはじめる。回復が追いつかずブレスが吐けないドラゴンは、なぎ払いや噛みつきで騎士に攻撃を加えるが、黒騎士は見事な
「すごいです!あの人すごくパリィが上手なプレイヤーさんですね!」
彼の装備形状からしてアヤの目指す重装騎士だろう。素早く動けない分、パリィの技術を極めることが肝要で、彼は一度もタイミングを外していなかった。ドラゴンスレイヤーの雛形だ。
「……どうする、手助けするか?」
本来、モルス・ヴァーミリオンはアヤとヨミの『敵』である。が、他のプレイヤーが加勢してもゲーム進行の妨げにはならない。
「いや、
ヨミの言葉通り、その黒騎士はたったひとりでドラゴンを撃退してしまう。呼び出したモンスターも周辺から集まってきたプレイヤーたちに次々倒され、捕食も難しい。
体力が奪われた上、予期せぬ闖入者の登場によって形勢不利と判断したのか、モルス・ヴァーミリオンは仕方がなく飛び上がり、撤退していく。
遠くへ飛び去るドラゴンを追撃する者はなく、それぞれただ見送った。
高原の一部が焼け野原になったものの、ドラゴンが去ったことによって空は明るさを取り戻した。
ドラゴンが彼方の空へ消えると、アヤはがっくりと肩を落とす。
「…今回もイベントなので倒せないとは思ってましたけど…お兄様の…ウィンディーネちゃんの助けがあったのに、渾身の力で与えたダメージは5でした」
「素晴らしかったよ、アヤさん」
ヨミは微笑んで拍手する。
「…え。どこがですか」
一撃でダメージ20万強を叩き出すヨミに褒めてもらうような内容ではなかったような。
「思い出してごらん?君がはじめてモルス・ヴァーミリオンと遭遇した時、逃げることもままならなかったはずだ。それがどうだい?今日は自ら奴に立ち向かい、一太刀浴びせた。これは大きな成長だと思わないかい?」
「……っ!…た、確かに…」
はじめてドラゴンに強襲された強制イベントでは何一つできなかった。ただ怯えてへこたれてしまっていただけだ。
しかし、今日は違った。まだまだ初心者レベルではあるが、恐怖心より、とにかく一撃与えてやるのだという気持ちが勝り、燃える高原に駆け出していた(ドーピングし、ウィンディーネの加護もありつつ)。
無謀ではあったし、与えたダメージはたったの『5』ではあったが……確かに以前のアヤより強くなったのだと思う。
「お兄様、わたし…成長していました!」
「うん。僕は妹を誇りに思うよ」
仄かな自信に頬を染めるアヤと、嬉しそうに微笑むヨミ。
ふたりのやりとりを見つめて、イツキは微苦笑する。『兄妹ごっこ』が楽しそうで何よりだと。
前回とは異なり、より多くのプレイヤーがモルス・ヴァーミリオンを目撃したことから、情報掲示板にはスクリーンショット付きでいくつか記事が投稿され、プレイヤーたちへの認知度が上がるだろう。同時にアヤの認知も上がることになる。問題が起こらなければいいが…。
懸念を抱きながら、イツキは友人を呼ぶ。
「…ヨミ」
イツキは軽く顎で合図した。
モルス・ヴァーミリオンを退けた黒騎士がこちらへまっすぐ向かって来ていたからだ。
「…あ、あの黒騎士さんにお礼を言った方がいいですよね」
「そうだね、僕の活躍の場を奪ってくれた礼が必要だね」
なぜかヨミは黒い微笑を浮かべた。
黒騎士はヨミやイツキを無視して、アヤの目の前で立ち止まり、無言で見下ろしてくる。
長身で、なおかつ真っ黒なフルメイルであるため眼前に佇むと山のような迫力だった。
「あの、先ほどはドラゴンを追い払うのを手伝ってくださって、ありがとうございました」
「………」
「……あ、あの……」
黒騎士はやはり何も語らない。ただただ、彼女をじっと見下ろしているだけ。
…黒い鎧はボスキャラっぽくて……怖いし、気まずい…。
無言の黒騎士と縮こまるアヤの間に、ヨミがやんわり入り込む。
「…やぁ、
見知った仲なのか、ヨミは彼の名前を呼んだ。
ここではじめてリッターと呼ばれた黒騎士はヨミを見た。
「……妹…?…ヨミ、お前のか?」
アヤは驚いた。
黒騎士の声は、変声機|(ボイスチェンジャー)を介していた。
「そうだよ。…あぁ、先ほどは助太刀を感謝するよ」
「成り行きだ。お前を助けたわけじゃない」
「まあそうだろうね。それにしても、君はランカーだったプレイヤーだ。その君が、低難易度の地域にいるなんてどういう風の吹き回しだい?……これは、偶然かな」
含みのある物言いをするヨミに、黒騎士リッターはわずかに黙り、そして。
「…お前だって
と言った。
トップランカーのヨミが低難易度地帯にいるだから、高レベルのプレイヤーがどこを歩いていてもおかしいことではない。
指摘され、ヨミはわずかに破顔する。
「…あぁ、違いない」
一本取られたな、とヨミは笑った。
黒騎士は再びアヤに視線(?)を向けると問いかける。
「君、名前は?」
「え、あ、アヤです」
「…………」
彼はまた無言に戻ると、彼らに背を向けて去っていく。
一体、何だったのか。
「…あ、あの…あの黒騎士さん…リッターさんとお知り合いなんですか?」
戸惑うアヤはヨミに問いかける。
「お互いに存在を認識していはいるけれど、彼は、リッターは知人ではないよ。孤高なる黒騎士。あの通り、馴れ合いを好まないシングルプレイヤーでね、ずっとあの漆黒のフルメイル姿でいるのが特徴なんだ。初期はランカーとして名前が登っていたのだけれど、最近はワールドでもあまり見かけていなかったから引退したものだと思っていたよ」
「…そ、そうなんですか」
「彼は誰に対しても寡黙で無愛想だから、気にすることはないよ」
とはいえ、アヤの名前を尋ねていったところは、気にかかるが。
「あいつの登場で肩透かしと不完全燃焼を食らった感はあるが……まあ、難は去ったと思っていいのか」
「そうだね。また忘れた頃に襲撃しに来てくれるはずだから、今度は手柄を取られないようにしないといけないな」
「お兄様はお手柄でしたよ?あの…ぶぉんって衝撃波からのざしゅって刺突、すごくかっこよかったです」
「そうかい?ふふ、ありがとう。でも、本当ならもっとアヤさんからご褒美の言葉がもらえたはずだったのにね」
「お前はどれだけ妹ちゃんの賛美を欲してるんだよ」
呆れるイツキが嘆息し肩をすくめる横で、ヨミは黒騎士の去った方向に視線を流した。
人気のない森で黒騎士・リッターは立ち止まり息をつく。
久しぶりにログインすると、女神が現れ祝福の言葉と共に、リッターにアイテムを授与した。
特別演出とアイテムに、嫌な予感しかしない。
すでにランカーから落ちているはずで、公式からの『嫌がらせ』を受けるほどのプレイヤーではなくなっているはずだ。
その呪われたアイテムによって、唐突にドラゴンの目の前に召喚されてしまったわけだが…。
なるほど、彼女が紐付けされた『妹』か。
ヘルムを外したリッターの耳に、『オーレリアンの耳飾り』が輝いていた。
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