第19話*黒騎士来たる(1)

 鉱石都市『オリクト』から次の都市へ繋がる街道沿いの宿場町ポストタウン『プレーリービレッジ』。

 広い高原の丘にぽつんと存在する宿場の入り口でアヤはヨミと待ち合わせていた。

 現在、徒歩以外に移動手段を持たないアヤは自らの拠点マイルームから小走りと適度なダッシュを繰り返してようやく宿場にたどり着いた時には、すでにヨミは到着していた。

 駆けて来たアヤに気づくとヨミは微笑む。

「やぁ、アヤさん。こんにちは」

「こ、こんにちは。…すみません。急いで来たんですけど、お待たせしてしまって」

 スタミナ切れで肩で息をするアヤの姿にヨミは眉を寄せた。

「構わないよ。でも…やはり、オリクトまで僕が迎えに行った方がよかったかな」

「い、いえ、そろそろ次の街に移動したいと思っていたので、ここでよかったんですっ」

 家具が揃ったところでアヤのマイルームにヨミを招いた結果(記念に家具スキン集を頂いた)、目撃情報が増えてしまったのか『オリクトに行けばヨミが近くで見られる』という噂が立っているとリルから教えられ、人だかりを避けるためにアヤの方からこの待ち合わせ場所を提案したのだった(情けないことに提案した側が遅れてしまったが)。

 今回、ヨミはひとりではなく、同行者がいる。

 ヨミと同じヒト属の青年だ。外見上はヨミと年齢が近しい姿をしており、彼もまた平服姿だった。

 実はあらかじめ、紹介したい人物がいると連絡を受けてはいたのだが。

 アヤの息が整った頃合いを見計らって、ヨミは視線を隣の青年に向けながら口を開いた。

「アヤさん、紹介するよ。アヴァリスのクランのひとりで、僕の友人…イツキだ」

「はじめまして、妹ちゃん。紹介通り、アヴァリスのメンツで、こいつの友人をやってるイツキだ。よろしく」

 飄々とした口調で挨拶を受け、アヤは頭を下げた。

「はじめまして、アヤです。ヨミお兄様の妹をやらせていただいております。よろしくお願いします」

 青年は微苦笑する。

「ネットなのに礼儀正しい妹ちゃんだな、ヨミ」

 彼の中で、アヤの呼び名はすでに『妹ちゃん』で定着しているらしい。

「彼女はとても律儀で義理堅いんだよ」

「そりゃ尚更、お前には勿体無い…」

 なぜかアヤが同情気味に見つめられる。

「にしても…お前、本当に妹ちゃんに『お兄様』なんて呼ばせてたのか」

「兄妹なのだから自然なことだよ」

「自然かぁ…?」

「疑う余地もないほどに自然だよ」

 朗らかに微笑むヨミに対し、イツキはジト目を送る。

 いや、単にお前の思いつきだろ。呼ばせてみたかったとか、そういう類の…。とはアヤを前にしては指摘しづらい。

「この間、アヤさんに弟くんを紹介してもらったからね。お礼に僕も友人を紹介しておきたかったんだ。近々、アヴァリスの矢への招待…そして、クラン全員を紹介するからね」

「お、恐れ多いです」

 弟に関しては。

 花奏ことレイラスの紹介は売り言葉に買い言葉の結果に過ぎないので、ヨミの気遣いが申し訳ない。

「俺も噂の妹ちゃんとは顔を合わせておきたかったんだ。会えてよかった」

 うっすら微笑むイツキはヨミの隣に立っていても違和感はなかった。飾り気のないアバターだが有象無象ともまた違い、ある種の風格がある。

 通り過ぎるプレイヤーや村に滞在しているプレイヤーがチラチラと彼らを盗み見、何かを囁きあっている。ヨミはもちろん、アヴァリスのクランであるイツキも有名なのだ。

「イツキさんも、軽装なんですね」

「…うん?…ああ。こいつがラフな格好してる横で、俺が完全武装してると変に目立つんだわ…」

 まあ、もうすでに目立ってるけどな…と小さな宿場町とはいえ、周囲から集まる好奇な視線を確認しながらイツキは肩をすくめた。

「妹ちゃんも軽装だな。ヨミからの情報じゃ、妹ちゃんは重装騎士を目指してるんだろ?」

「はいっ、でも攻撃に当たらなければ防御の概念は不要だとお兄様が」

「いやいや妹ちゃん、しっかり身を守れ?こいつの…変態戦闘狂の言うこと真に受けなくていいから」

 悪し様に言いながらヨミを指差し、イツキは真っ当なアドバイスをした。

 あのヨミを変態戦闘狂呼ばわりするイツキとそれを平然と受け入れているヨミとの間柄に、ゲームを超えた信頼関係を感じた。ふたりはリアルでも友人関係に違いない。

 ヨミさんの私生活がちょっとだけ垣間見られた…かも?

「…んで?今日はこれからどうするんだ?俺たちで妹ちゃんを『接待』するか?」

 接待?と首をかしげるアヤを前に、イツキがヨミに問いかけると、彼は軽く首を横にふった。

「いや、それは他のクランを紹介してからにしようか。最大級のもてなしをしたいからね」

「あーはいはい。じゃあどうする?」

「それはアヤさんに決めてもらおう」

「え、わたしですか?!」

「僕はいつも通り、君について行くだけだよ。このあたりのユニークボスを探してもいいし、高原から山に入って大型モンスターを狩ってもいいしね。僕らふたりをうんとこき使うといい」

 美しく微笑むヨミと特に異論もなさそうなイツキに、アヤは口を引きつらせた。

「いえ!普通に、普通にしていていただければ…!」

 わたわたと忙しなく手を振る。

「欲が薄いなぁ、妹ちゃん」

「そうなんだよイツキ。アヤさんはなかなか僕に甘えてくれなくてね」

「なるほど、お前が構いたくなるわけだ」

 アヤがヨミへの依存を避けるほど、ヨミはアヤを甘やかしたくなるのだ。天邪鬼かつむじ曲がりなのか、昔からこの性質は変わらない。彼女がヨミの甘い言葉尻に従い、素直に増長するような人間性であったなら興味を失い、必要以上に関わらなくなるのだろうが。

 仮想現実とはいえヨミがここまで積極的に関わる以上、この子には…底が見えない、奥深いがあるのかもな。

「…俺が妹ちゃんだったらこいつヨミ使ってヒュドラあたり狩に行くけどな。経験値もうまいし、まれに落とすヒュドラの牙から作る毒属性の武器もなかなか使える」

 ヒュドラはこのゲーム内でも凶悪な最高レベルボスに位置付けられている沼地に生息する多頭の巨大な蛇である。

「そうかい?じゃあアヤさんの歓迎会はヒュドラにしよう。条件は牙が落ちるまで」

「決まりだな」

 これからの行動はともかく、謎の(少々不穏さを感じる)歓迎会(という名の接待?)は彼らの間でまとまったようだった。

 アヤが不思議な気持ちでふたりを交互にしていると、ヨミはふと自身の指輪に目を落とす。

 外れない兄妹の証であるオーレリアンの指輪が、赤く光りはじめ、次第に警告を示すように真っ赤になる。

 アヤはブローチを現状身につけていないが、ヨミの指輪を見れば事態は明白。

 ハッとしてアヤはヨミを見上げる。

「ヨ、ヨミお兄様!!」

「おいおい、これってまさか、あの時と同じ緊急事態ってことか?」

 ヨミがアヤのもとへ召喚された際に居合わせたイツキは瞳を細める。

 アヤやヨミが持つ、オーレリアンシリーズのアクセサリーの蝶光石が赤く染まる時、それはすなわち避けられぬ強制イベントが発動する知らせ。

「あぁ…どうやら今日の行動は決定したようだね。のドラゴンがアヤさんに…僕らに会いにきてくれようとは」

 僥倖、とばかりにヨミは好戦的な笑みを浮かべた。

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