第17話*袖振り合うも多生他生の縁(2)

 叔父の聡とにこやかに挨拶を交わす壮年男性を遠巻きに花奏は観察する。

 話題の人物、名前は高嶺仁志だったか。

 ビッグテックも一目置くファナイオスの最高経営責任者(CEO)とは思えないほど穏やかな雰囲気の男性に見えた。秘書だけを連れており、仰々しさはなく身軽だ。仕事ではあるが、半分プライベートな時間でもあるのだろう。

「…まあ、外野の敵愾心を削ぐための社交だもんな…」

 独り言ちて小さく息をつくと、背後から声をかけられる。

「花奏君」

 振り返ると、伯父のはるかだった。遙は絢音と花奏の父親・奏多かなたの弟だ。やはり、兄弟は顔立ちも似ているわけで、すなわち花奏とも似ていた。間違いなく血族である。

「遅いよ、伯父さん」

「ごめんごめん、事故で道が渋滞してたんだよ。…それで、絢音ちゃんはどこ?」

「……ねーちゃんなら、食べすぎて花を摘みに行ったよ」

「え?そうなの?…うーん…間に合うかな…」

 思惑の絡む響きに花奏は肩をすくめた。

「今回は諦めたら?…俺は元々賛成してるわけじゃないからね。そこまで面倒見られないよ」

「わかってるよ。…しょうがないな」

 遥が苦笑いを浮かべた時、場の空気が一変し、冴え渡る。

 それまでざわめいていたパーティー会場は、あるひとりの青年の登場によって水を打ったように静まるのだ。

 夢の中のように、時間の感覚が緩やかになる。

 青年は、美しすぎた。

 年の頃は二十歳過ぎ。白を基調としたすっきりとした細身のスーツを纏い、歩を進めるごとに銀花が散るように煌めく。

 麗しい静謐で満たされた彼は、瞬き一つで他者を魅了する。

 老若男女問わず、彼が通り過ぎるのを目で追い、白皙の横顔に見とれて惚けている。

 彼は絡み付く視線をすり抜けて、迷いのない足取りでパーティーの主役である聡と、彼と歓談していた壮年男性、高嶺仁志の前で足を止める。

 高嶺はにこやかに彼を迎えると、聡に紹介をしていた。

 聡はもちろん、周囲の者も青年の登場に戸惑っている。

 この舞台パーティーの主役は叔父からあの麗人が取って代わり、招待客はただの観客となって彼の一挙手一投足を見守るだけの木偶ファンと化した。

 花奏は眉をひそめる。

「伯父さん……でしょ?」

 確かめるように小声で尋ねると遥は頷く。

「あぁ、だよ」

「今日来るなんて聞いてない」

「私も知らなかった」

「………」

「本当だよ。……あ、こっち来るね。平常心で頼むよ」

 挨拶を済ませた高嶺たちは聡から離れ、遥と花奏に近づいた。

「やぁ、遥君、久しぶりだね」

 仔細は不明だが、遥は高嶺仁志と顔見知りなのを花奏は知っていた。

「ご無沙汰いたしております、仁志さん」

 遥も丁寧に頭を下げて挨拶をする。

 彼らが当たり障りのない世間話をしている間、高嶺仁志のかたわらに立つ青年を無遠慮にじっと見つめると、彼もまた花奏に視線を寄越す。

 会場内の招待客たちの興味は彼らに集まっているがそんなもの瑣末であった。

 花奏の不躾な眼差しに気分を害する風でもなく、涼しい表情のまま青年は目元に薄っすら笑みを象る。ただそれだけで華やぐ。花奏も応えるように微笑み返す。ある種の緊張感を孕みながら。

 瞬間、女性たちの声にならない悲鳴が上がる。千紫万紅をも霞ませる眉目秀麗な者同士の微笑に動揺が走ったのだが、もちろんこれも瑣末だ。

 場の空気を無視し、外面の良さを遺憾無く発揮しながらも、花奏は肚の中では盛大に毒づく。

 嫌味だな。こいつ、かよ。

 ひとつも虚飾ウソがないとは、全くいけ好かない男だ。

 …そう。青年は色彩こそ違えども、……いや、姿していたのだ。

「…遥君、そちらが藤崎の若様かな」

「ええ、そうです。兄の長男で藤崎の跡取りですよ」

 紹介されて花奏は愛想よく、利発な口調で挨拶をする。

「はじめまして、藤崎花奏です。ファナイオスの代表とお会いできて光栄です」

「おや、私のことは知ってくれているのだね。ありがたいことだ。そうそう、こちらも紹介しておこうかな、これは私の甥で…」

 仁志の紹介を待たず、青年は自ら進んで口を開く。

「高嶺遠矢とおやと言います。…どうぞお見知り置きを、藤崎の若君」

 玲瓏たる声音で告げ、その名に恥じぬ神がかった美貌の青年は華麗に微笑んだ。

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