第16話*袖振り合うも多生他生の縁(1)

 鉱石都市オリクトのハウジングエリアは全体的にメルヘンな作りになっている。

 元が童話の鉱石掘りを生業にするドワーフ世界をモデルにしているからで、全体的にこじんまりとした間取りに落ち着きを見出すプレイヤーが寄り集まっている。

 その中でアヤが購入した部屋は集団住宅(いわゆる団地)の一室。現実世界でいうところの1LDKほどの間取り。

 最低限の家具が揃った頃、アヤはリルを部屋に招待したのだが。

「うわっ、フェネックキャットがいるの?!かわいいっ!…しかも何、棚に飾られてるそのデカい鉱石……え?オーレルの涙ぁ?!マジで?!」

 訪問するなり、お出迎えしてくれたフェネックキャットを抱え上げ、間接照明の役割を果たしている母岩付き特大オーレルの涙に目を丸くする。

「まだお邪魔したことないけど、リルのマイルームにはフェネックちゃんいないの?」

「いないよぉー。この子、そもそもすごく遭遇率低いし、素早さと隠密スキルが高くないと全然つかまえられないからわたしにはまだ無理。アヤはどうやってこの子連れ帰ってきたの?」

 リルはアヤから猫じゃらしを借りてフェネックキャットと遊び始める。

「湖畔のカテドラルで弟が見つけたんだけど、わたしじゃ全然捕獲できなくて。この子を追いかけ回してたらヨミさんが見かねて捕獲してくれたの」

 アヤはフェネックキャットの頭を撫でる。

「何気に情報量多い。……そっかぁ、生ける伝説のヨミなら簡単なお仕事だよね。そういえば、この子なんて名前なの?」

 問いかけるリルにアヤは笑って答える。

「ヨミさんだよ」

「え?ヨミ?!」

「うん。ヨミさんが捕獲してくれたから、ヨミさんって呼んでるの」

 アヤは朗らかに微笑んだ。

「…うわぁ…特別感凄いね。…花奏くん、超複雑だろうなぁ…」

 リルは苦笑いしながら彼女の弟を思い浮かべる。すでにヨミと対面を果たしているのであれば、姉とヨミの関係性に花奏が嫌悪感を抱くであろうことはたやすく想像ができた。何故なら彼のシスコンぶりは幼少期から有名で(花奏はシスコンと頑なに認めないが)、気づいていないのは当の姉だけという不思議。

「?花奏がどうして複雑な気分になるの?」

「鈍感健在。…そういえば、この前花奏くんと道でばったり会ったよ。ちょっと話して別れたけど、相変わらず女の子たちにストーカーされてて草生えた」

 おそらく、ヨミに花奏を紹介することになった日のことだろう。

「ねー。顔が良くて料理の腕が抜群ってだけで、本当は口も悪いし、結婚観偏ってるし……騙されてるわよみんな」

「顔がよくて料理の腕が抜群ってだけでもうすごいアドバンテージだよ。それに花奏くん、外では紳士だからねぇ、モテないわけがない!」

「姉にも紳士であってほしい」

 年子の定めか、花奏は姉に対してぞんざいな言動をとることが多い。

「花奏くんのナマイキな態度は全部アヤへの愛だから」

「ないない」

 心底ありえないとばかりに、憮然と答えるのだった。

 ここでリルは話題を変える。

「そうそう。この週末にいつものメンバーで集まってレイド戦参加するけど、アヤもどう?みんなヨミの話聞きたがってたし」

「あー…週末はごめん。予定があって」

「バイト?」

「ううん、親戚とか…諸々の集まりがあるの」

 母の兄である叔父の還暦パーティーがホテルで開催されるので、家族で顔を出さなければならない。

「親戚…そっかー、残念だけどしょうがないね」

「ごめんね」

「いいよいいよ。…っていうか、アヤって何気にお嬢様だよねぇ、親戚はみんなお金持ちなんでしょ?」

「お嬢様なのはお母さんとおばあちゃまとか…親戚の女の子たちだけだよ。わたしは全然庶民だし」

 アヤの周囲にアルバイトをしているような子女はひとりもいないくらいだ。

「おじさんや花奏くんの高貴な顔立ちからして、普通の庶民って感じはしないけどね」

「藤崎の男たちとは違って、わたしは全然高貴な顔立ちしてませんから」

「えー?アヤもそこそこいけるよー」

「友達の優しい慰めが虚しい…」

「慰めじゃないんだけどなぁ」

 義務教育時代、目立つタイプではなかったが彼女は(黙っていると)どこか神秘的な魅力があり、目ざとい男子生徒から密かに人気があったし、リルも何度かふたりきりになれるよう協力を頼まれたことがある。しかし裏で必ず弟の邪魔が入り(もちろんリルが密告したから)、彼らはことごとく絢音と親密になる機会をへし折られてきた。花奏の側につき、密告していた手前アヤには秘密にしているものの。

「あー、美少女に生まれてみたかった!!」

 知らぬは当人ばかりの岡目八目。

 苦笑いするリルをよそに、アヤはがっくりと肩を落とすのだった。



 そう、だから。

 容姿に対する自己肯定感が低い絢音は、親戚の集まりに放り込まれると『借りてきた猫』、そして『古拙の微笑アルカイックスマイル』で乗り切ることにしている。

 国内有数のハイクラスホテル『帝都ホテル』の大広間で開催されている叔父の還暦祝いのパーティーの場において、まさに絢音はそのスタイルを貫き通していた。

 祖母の娘時代の上質な晴れ着を纏い、髪も綺麗に結って薄化粧を施し、楚楚と振る舞う。

 叔父や一族への挨拶を済ませた後、衣装負けしているきらいがあるので会場の端で小さくなっていても、何故か目ざとく発見され、入れ替わり立ち替わり若い男たちが絢音のもとにやってきては挨拶や会話を求めてくる。男たちの一歩踏み込んだ謎掛けに絢音が困惑をすると、彼女の傍から張り付いて離れない正装姿の花奏がにこやかに追い払う。

 いかなる名目であろうと、公のパーティーは社交と人脈作りの場ではある。が、絢音にまで愛想を使う必要はないはずだ。

「…みんな、わたしをどこかのご令嬢と勘違いしてない?おばあちゃまのお着物の所為で勘違いされちゃってるでしょ…これ…」

 身の丈に合わない高価な晴れ着が絢音にいくらかのお嬢様オーラを纏わせてしまったのかもしれない。なんてことだ。

「…見当違いなのはねーちゃんの方だよ。ゴミクズ共はねーちゃん目当てなんだからさ」

 ゴミクズとは酷い言い様だ。

「ありえなさすぎ。さては、わたしを騙して後で笑い者にしようっていう魂胆ね、あんたは」

「………信じないでもいいけどさぁ…」

 招待客の息女たちの熱っぽい視線が花奏に集中している中、小声で会話する。花奏は適度に愛想よく令嬢たちに微笑みかけ、彼女たちを喜ばせている。

 花奏は外面がよく、自分を使い分けるのも得意。己の武器をよく心得ている。…罪深い弟だ。

 その時、ひとりの少女がふたりに近づいてくる。

「お姉様、絢音お姉様」

 絢音を呼びながら軽やかにやってくる少女に顔を向けた。

 彼女は絢音の前までくると愛らしく微笑む。

「ごきげんよう、絢音お姉様」

「ごきげんよう、薫子ちゃん」

「本日のお姉様、とてもお美しいですわ。薫子どきどきしてしまいました」

「……あ、ありがとう、薫子ちゃん。あなたの方がうん百倍も可愛いわ」

 彼女のお世辞に絢音は微苦笑する。

 小柄でお人形のように愛らしい彼女は黒川薫子。

 薫子は外戚繋がりのひとりで、絢音と同じ女子校に通っている下級生。学校ではいたいけな美少女として3年生のお姉様方から可愛がられている。例に漏れず彼女も令嬢だがお互いの祖母が懇意であるため、幼少期から顔見知りで気がおけない関係だ。

 彼女には兄がおり、彼とも絢音は仲がいいのだが、薫子ともよく一緒に遊んだからかとくに絢音に懐いていた。

「学校がないとお姉様に会えないのでわたくしとても寂しいです。昔のようにお家にもなかなか遊びに来てくださらなくなってしまって…兄も寂しがってましてよ。お姉様は夏休みバカンスはいかがお過ごしですの?」

 薫子は可愛らしく小首を傾げる。

「…えっと…最近だと山で鉱石掘りに勤しんでたかな…」

 ゲームの世界だけど、とは言えず曖昧に濁そうとする。

「まぁ、お姉様は地学にご興味がおありで?素晴らしいですわ」

 薫子は育ちが良すぎて疑うということを知らない。真実を知る花奏は一連のやりとりに小さく吹き出す。

「…あら、花奏さんもごきげんよう。相変わらずお姉様大好きなご様子に安心いたしましたわ」

 それまで花奏には一瞥もくれなかった薫子が皮肉を交えて微笑むと、花奏は薄笑みで応える。

「ごきげんよう。含みある言い回しありがとう。嫌味だとしたら全然ぬるいね」

「まぁお子様みたいに意地を張って。素直ではございませんのね」

 ふふっと笑みを浮かべる。

 絢音を介して花奏と薫子は面識があるのだが、彼女は花奏に対してのみ遠慮がないため、弟は珍しく薫子相手には本性を晒している。顔を合わせれば互いに皮肉や嫌味の応酬。かといって無視し合うほどではない。一見水と油なようで…このふたり、案外仲がいいのではないだろうかと思っている。

「しっかり見ていましたわよ。本日もお姉様と殿方の出会いの妨害、ご苦労様ですわ」

「俺はをしているだけだよ。妨害だなんて大げさ」

「確かにお姉様は掃き溜めに鶴かもしれませんけれど、それでも選ぶ権利はお姉様にありますのよ」

 困ったことに何故か昔からふたりの言い合いの中心には絢音がいる。

 放置すると際限なく言い合いをはじめてしまうので、絢音は見かねて間に入る。

「まあまあ、それくらいにして…ふたりともお腹空かない?何か食べに行きましょうよ」

 絢音はまだ何か言いたげにしているふたりの手を取り、軽食コーナーへ向かうことにした。



 軽食コーナーで花奏や薫子と食事をしていると、パーティー会場がにわかに慌ただしくなる。

 戸惑いや動揺の声が響いた。

「…?…何かあったのかな?」

 サンドイッチを口に運びながら不思議に思って花奏に問いかける。

「……たぶん、来たんだよ」

 花奏は眼差しを尖らせた。

「何が?」

「…聡おじ様の会社と提携することになった企業の会長様がいらしたのだと思いますわ。一時期、おじ様の会社に対して敵対的TOBを仕掛けるという噂も出ていまし…。現実は提携という形で落ち着いていますけれど…周囲や従業員、株主への影響を鑑みて、今回の提携に不穏さはないとアピールするためにおじ様がご自身のパーティーに招待なさったのですわ」

「…そうなんだ…全然知らなかった」

 母方の実家は、電子機器メーカーのグループ企業だ。傾いてもいない企業を買収とは…ぞっとしない。

「元々買収は口さがない連中の悪意ある噂に過ぎなかったみたいだけど、真実より噂を信じる人が多いからね。…まあ、それだけ敵も多い会社なのは確かんだけどさ、その提携先」

「詳しいの?花奏」

「ここ10年くらいで特に急成長してきたコングロマリットだからね。企業名は『ファナイオス』。主にゲーム業界で有名だよ」

「えっと…コング…何?」

「コングロマリット、企業間の合併や買収で成立したワールドワイドな巨大企業だよ。投資持株会社の側面もある。前身は通信機器やソフトウェア開発をしていた小さな会社で、ゲーム業界に参入した頃から業種体を変えたんだ。政府が国家的戦略としてゲーム産業への注力を打ち出した頃には、もう彼らは業界に君臨してた。とくに次世代ゲーム機が出る度に膨大になるソフトの開発費を捻出するのがどの企業も難しくなっていく中で、ヒット作を生み出せそうな開発会社へ投資を繰り返して来たんだ。そして景気が傾いた際に、人材のヘッドハンティングはもちろん、開発会社やその下請けの買収をはかって傘下に呑み込んだ。スマホアプリ市場の大半にも関わってるし、プロ、アマ問わず世界中のEスポーツの主催やスポンサーとしても有名だよ。映画やアニメといったインターネット経由サービス関連企業はもちろん、他業種にも株式を保有して経営に食い込んでる。その莫大な資金力や影響力に対抗できる企業はもはや一握り。それくらい脅威的ヤバい企業なんだよ…『ファナイオス』は」

 絢音は弟の説明に目を見張る。

「……花奏、すごく詳しいじゃない。お姉ちゃんびっくりよ」

 本当に。

「これくらい常識だよ。ちなみにねーちゃんは気づいてないだろうけど、オーレリアン・オンラインの開発運営も、『ファナイオス』の傘下『ダフネ』だからね」

「えっ、そうなの?!」

 開発、運営会社のことなど殊更意識したことがなかったが、オーレリアン・オンラインの名前が出てくると急激に身近に感じる。

「あと、ソースは不明だけど…『ファナイオス』には化け物アクマが憑いてるなんて揶揄もされてる」

化け物アクマ…って…」

 オカルトじゃあるまいし。

「『ファナイオス』が勝ち続けてることへの皮肉も篭ってるんだろうけど」

 ちらりと絢音を見やると、彼女はサンドイッチを食みながら戸惑い気味に花奏の話を聞いていた。

「花奏さん、華のないお話は殿方となさりませ?わたくしとお姉様はさほど楽しくはございませんのよ」

「……いや、だって聞かれたからさ」

「程度というものがございますでしょう?…花奏さんが調子にのって知識をひけらかしている間に、お姉様がこの辺り一帯のサンドイッチを平らげてしまいましたわ」

 そう、食べ過ぎていた。

 着物のおかげでお腹が…つらい。

 食事の手を止める。

「……ちょ、ちょっとわたし席をはずすね」

「どこにいくの」

のよ…!聞かないで!」

「……どんだけ食べたんだよ。…場所はわかってるよね。ひとりで大丈夫?」

「……大丈夫!…小さい子じゃないんだから!」

 もう、と頬をふくまらせて絢音はふたりから離れた。

「行く先々で殿方に包囲されるのが心配だと素直におっしゃればよろしいのに」

「………。後で様子を見に行くよ」

 姉から視線を外さない花奏の横顔を見つめ、薫子は口を開く。

「わたくし思うのですけれど」

「?」

「花奏さんはわたくしと結婚なさればよろしいのではございませんこと?わたくしはあなたの望む莫大な持参金をご用意できますし、わたくしはお姉様の義妹になれるのですもの。利害は一致いたしますわ。…えっと…win-winというものですわよね」

 花奏の眼差しが姉からこちらに移り、薫子とわずかに見つめ合う。が。

「無理にwin-winなんて使わなくていいから。…まぁ…結婚については薫子さんより持参金が多い令嬢が見つからなかった時に考えさせてもらうよ」

 じゃあね、と軽く手をあげて花奏は躊躇いなく薫子から離れた。

 振り向かないその背中を見送って薫子は呟く。

「受け流されてしまいましたわ。比較的、本気のご提案でしたのに」

 花奏の絢音愛シスコンぶりに嫉妬もせず許容できるという意味でも、薫子の存在は貴重だと自負しているのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る