第15話*弟来たる(4)

 飛空挺『アヴァリスの矢』の中でイツキがエンジュに喚き散らされている頃、エースナンバーのヨミと設定上の妹のアヤ、そして彼女の実弟レイラスは鉱石都市オリクトにいた(フェネックキャットは一旦マイルームに運び込みました)。高級鉱石を採掘できる坑道の前に。

「…ねーちゃん、今から鉱石チャレンジするの?」

「そうよ、無課金でも1日1回だけこの坑道で鉱石が掘れるから」

「………まぁ…俺はいいけどさぁ…」

 レイラスはちらりとヨミを見やる。

 トップランカーを平然と地味な鉱石掘りに付き合わせる我が姉、強心臓すぎる。

「僕は鉱石採掘経験がなくてね」

「えっ、意外です」

 思わぬヨミの告白にアヤは目を見開く。

「ゲームを進めることを優先させてしまったからね」

「ランカーはみんな似たようなもんだよ、ねーちゃん」

 ふらふらと道草して目的地になかなか到着しないのがアヤなら、効率重視の超特急であらゆるクエストをこなすのがヨミ。明らかにタイプが異なる。

「未体験だからね、楽しみなんだ。ここでは何が採れるんだい?」

「よくぞ聞いてくれました、お兄様!」

 アヤは瞳を輝かせて目的のエモノを告げる。

「ここは低確率で『オーレルの涙』が採れるんです!」

 『オーレルの涙』とは。

 女神オーレルの名を冠する鉱石。七色の光を放つ、レインボーストーンだ。鉱石の鉱床が埋まっている坑道は世界各地にあるのだが、鉱石都市ではあらゆる鉱石が採掘可能となっている。

 オーレルの涙はアヤやヨミが持つアクセサリーのオーレリアンシリーズに使用されている蝶光石と同等の価値を持つ鉱石で、もちろん希少石。高額売買されるコレクター垂涎の鉱石だ。オーレルの涙の大きな鉱床を掘り当てることがアヤの目標である。

「なるほど、オーレルの涙。武器やアクセサリーに転用もできるね。アヤさんは見つけたらどうしたいんだい?」

お部屋マイルームに飾って眺めたいです!」

「ふふ、微笑ましいね」

 微笑むヨミを横目にレイラスが促した。

「ものすごい低確率のレア鉱石だから採れる気がしないけど…そろそろ中に入ろうよ」

「そうだね、鉱石ハンター・アヤさんのお手並みを拝見しようか」

「……無課金で掘れるのは1回だけなので結果は期待しないでくださいね」

 苦笑いを浮かべつつ坑道の前を3人が通ると、鉱山を守るNPCの番兵がヨミに挨拶をした。

「お疲れ様です、ヨミさん」

「……あぁ、君もご苦労様だね」

 ヨミは薄笑みを浮かべて応えた。

 番兵を通り過ぎた後、アヤは驚いて尋ねる。

「NPCって、名指しで挨拶してくれるものなんですか?」

 何度も通っているが、番兵の方から話しかける様を初めて目にした。

「あれは公式がランカーを監視するために配置しているNPCだよ。番兵全部が公式の監視の目ではないけれど、所々に配置されているんだ」

「知りませんでした。…ランカーも大変なんですね」

 公式に監視されているとは。

 正直な感想にヨミは微苦笑する。

「ランカーが全員善良というわけではないからね。ある程度は仕方がないと理解しているよ」

「…ヨミさんは心が広いです」

 尊敬の眼差しを向けるアヤにレイラスは「褒めすぎ」と突っ込むのだった。


 坑道の中は何人ものプレイヤーがツルハシを振るい、黙々と採掘している。

 鉱石に魅せられ、ゲームシナリオを進めることを放棄し、ひたすら鉱山に籠っている廃課金プレイヤーは『モグラ』と呼ばれ、一般プレイヤーから奇異な目で見られている。

「彼らもオーレルの涙狙いなのかな」

「そうみたいです。ギルドもあって、わたしみたいなは全く相手にしてくれないんです」

「鉱石掘りそのものを邪魔してくるわけじゃないなら、ねーちゃんはねーちゃんで頑張ればいいんじゃない」

「そうだね。でも無課金だと1度しか掘れないのだよね。…掘るのは少し待ってもらえるかな」

「?お兄様、どこへ?」

「僕もだからね、ちょっと坑道を探索してくるよ」

 微笑むとヨミはふたりから離れ、坑道を進む。

「……さて。アヤさんに一度のチャンスをものにしてもらうために兄たる僕が活躍しないとね。……パッシブに『伝説のトレジャーハンター』、『稀代の採掘者マイン』を設定。地霊ノーム召喚」

 呼びかけに応えて魔法陣から上級精霊のノームがひょっこり現れ、ヨミを見上げる。

「鉱石を探して欲しい。探知対象は『オーレルの涙』。…行け」

 命じるとノームは頷き、坑道を見渡しながらあちらこちらに聞き耳し、ある一点で足を止め、指差した。

「…そこか。ありがとう」

 ノームの召喚を解除すると、ヨミはアヤの元へ戻る。

「アヤさん、よさそうなポイントを見つけたよ」

「えっ。本当ですか?!」

「こっちだよ」

 ヨミに導かれてやってきたのは、モグラたちが掘り尽くしてしまった寂れポイントだった。

 もはや誰も手をつけていない。

「……こ、ここでいいんですか?」

「うん。僕の勘だけどね。そこそこ期待できると思うよ」

「わかりました、お兄様の勘を信じて掘ります!」

 アヤは大きく頷いた。

「ねーちゃん、素直すぎ」

 ヨミはランカーだ。勘、なんて曖昧なものを頼りにしているわけがない。

 えげつないパッシブ効果で確率を爆上げしつつ、上級精霊あたりを召喚して探知させたに違いないのだ。

 アヤはツルハシを取り出すと、堂に入った姿勢でツルハシを振り落とす。

「伊達に脳筋ジョブじゃないね、ねーちゃん」

 屁っ放り腰ではない姉を褒めると、アヤは笑う。

「そうでしょ?!筋力すごく上がってるからね!」

 うら若い乙女がハツラツと述べることだろうか。

 男たちの手を借りず、ざっくざっくと掘り進めてしばらく、ツルハシの先にカツンと確かな手応えを感じる。

「…あ…!何か見つけました!」

 慎重に掘り起こし、両手で掴んで引っこ抜く。

 被っている土を丁寧に落としたところから、七色の輝きが放たれる。

「……?!…こ、これは…もしかして…」

 期待に胸を膨らませながら全体の土を落とすと、特大のレインボーストーンのクラスタ…母岩付きの『オーレルの涙』が姿をあらわす。

 薄暗い坑道の中で、オーレルの涙は内側から光を放ち、眩しいほどだった。

 これがオーレルの涙(特大)。

「…で、ででで…デターーーーー!!!」

 興奮のあまり思わずアヤは叫んでしまう。

「凄いなアヤさん。僕の妹はトレジャーハントの才能まであったんだね」

「……いや……もうほとんど仕込みでしょ…?」

 微笑み拍手するヨミにジト目を送りながらレイラスが小声で独り言ちる。

「お、おおおおお兄様、出ちゃいました!!お兄様の勘…すごすぎます!!」

 母岩付きのオーレルの涙を抱えながらアヤは再び尊敬の眼差しでヨミを見上げる。

「アヤさん……僕へのご褒美はでいいよ」

「え?…あ、えっと……さすがお兄様です!!…です!」

「うんうん…いい響きだね…」

 悦に入るヨミ。

 なんだこの茶番……とレイラスが無表情でふたりのやりとりを眺めていると、背後に不穏な気配が帯びる。

 アヤの叫び声を聞きつけて、モグラたちが集まってきたのだ。

「…な……そ、それはオーレルの涙…!」

「しかも特大…だと…?!」

「そこは俺たちが掘り尽くして諦めたポイントじゃねぇか…!」

「見るからににわかの無課金者に持ってかれるとか……ありえねぇ…!!」

 無課金だろうが、重課金だろうが、見つかるときは見つかるし、見つからないときは見つからないものである。

「君たちが課金を重ねて上っ面の岩盤を砕いてくれたおかげで、僕の妹がチャンスをものにすることができた。感謝するよ、働き者の諸兄」

 美しい笑みを浮かべるヨミの言葉は、モグラたちにとって挑発以外の何者でもなかった。

「…うわ…煽るなぁ、この人…」

 明後日の方を向いてレイラスは呟いた。

 モグラたちの視線が特大母岩付きオーレルの涙に集まる。

 驚愕と絶望の表情から一転、獲物を狙う鋭いハンターの目へと変わる。

「…み、みなさん、どうしちゃったんですか…なんか、怖いです」

 彼らの気配の変化に戸惑うアヤを背に隠すようにして、ヨミは腰に手をあてる。

「おやおや。どうしたんだい君たち、剣呑な目をして」

「いや…ヨミさんが盛大に煽ったからでしょ」

「おかしいな。僕は礼を述べただけだよ?」

 不思議そうに見返してくるヨミを無視して、レイラスはモグラたちに警告する。

「あんたたち、ここは坑道でも一応街中って扱いだ。プレイヤー同士の戦闘や乱闘、略奪の類は禁止されてる。俺たちに喧嘩売ったらペナルティを食らうぞ」

 ペナルティは違反行為の程度で変わるがログイン制限や移動制限がかかり、制限が解かれるまで自由度が極端に落ち込む。

 大概はゲーム内マネーによる罰金の支払いで済むが、街中で相手をリスポーンに追い込むほど痛めつけると悪質プレイヤーと見なされログイン制限がかかり、数日遊ぶことができなくなる。

「うるせぇ!!ペナルティが怖くてモグラやってられっか!!」

「そうだそうだ!目の前に特大サイズのオーレルの涙があるのに指くわえて見てられるかよっ!」

「無課金のにわかに持ってかれてたまるか!俺たちの沽券にかかわるんだ!」

 レイラスの警告も虚しく、モグラたちはヤル気満々のようだ。

「…ど、どうしよう…」

 ヨミや弟に被害が及ぶ前に、このオーレルの涙は手放すべきだろうか…。

 そんなことを考えているとヨミが肩越しに語りかける。

「そのオーレルの涙は君が掘り出したもの。安直に略奪をはかる彼らに仏心を起こす必要性はないし、僕と弟くんの心配もしなくていい」

 心を読んだように告げられハッと顔を上げる。

「で、でも…」

「君は優しいね。いいからここは僕に任せて。アヤさんはそこを動かないで」

 微笑むヨミに押しとどめられ、アヤは小さく頷いた。

 それを見届けて彼は前を向く。

「彼女にあまり乱闘騒ぎは見せたくないんだ。できれば紳士的に話し合いで……というわけには行かなさそうだね」

「スカしてんじゃねぇぞ!!かかれ野郎ども!!」

「オーレルの涙を奪えーー!!」

「おおおおーーー!!」

 殺気をみなぎらせてモグラたちがツルハシを振り上げ向かってくる。

「……あいつら、長く坑道にもぐりすぎて喧嘩売ってる相手が誰かわかってないな…」

 まあ、こんな坑道にトップランカーがいる方が稀か。

「君はアヤさんの傍に」

「言われなくても」

 ヨミは冷静にレイラスに指示を出すと、腕力だけ異様に特化されてしまったモグラたちを迎え撃つ。…とはいえ、直接手は出さずに足をひっかけて転ばせたり、肘や膝がぶつかってしまったりと偶発的(?)な受け流しに終始する。が、モグラたちの執念は凄まじく倒れても倒れても何度も立ち上がってくる。

「ヨミさん、こいつらキリないですよ」

 呆れてレイラスが声をかけると、「そうだね」と襲い掛かるモグラたちの波状攻撃を軽く叩き避けながらヨミは顔だけこちらに向けて答える。

「…ここは君たちの気迫勝ちということにしておいてあげようか。穏便に済ませたかったが仕方がない…特殊範囲魔法『麗しき微睡みへの誘い』」

 魔法を唱えると、モグラたちは気勢が削がれ足がもつれる。次にふわふわとした微睡みが訪れて夢うつつ状態へ。

「綺麗な…とっても綺麗なところだ……蝶が…蝶がひらひら飛んでる…?」

 幻でも見えているのか、各々似たようなことを口にし、ツルハシを落として次々とモグラたちは倒れこみ、眠りに落ちていった。

 腕力だけ発達した彼らは状態異常への耐性が皆無。モグラたちはあっけなく沈黙した。

「君たちもお疲れだろう。ゆっくりお休み」

 騒ぎがおさまったところで、レイラスの声が上がる。

「ちょ、ええ!?ねーちゃん?!」

 ヨミの魔法はアヤにまで及び、オーレルの涙を抱えたままその場で転がり、すやすやと寝息を立てている。

「おい、なんでねーちゃんにまで魔法かけてんだよ、あんた!」

「あれ?君は眠らなかったんだね」

「俺はパッシブに状態異常無効をつけてるから……って、まさか、意図的にねーちゃんも含めて眠らせたのか?」

「ここからは彼女にはあまり見せたくない展開が待ってるからね」

「は?」

 レイラスが怪訝に眉を寄せると、騒ぎを聞きつけて表に立っていた番兵が坑道を駆けてくる。

「おい、なんの騒ぎだ!坑道内での戦闘や乱闘は罰則行為だぞ!」

「……まずい…」

 先に手を出してきたのはモグラたちだが、ヨミが制圧してしまったため、非がどちらにあるのかもはや問題ではなくなってしまった。むしろ、これは制圧した側が責任を取らされる形ではないだろうか。

 青ざめるレイラスを他所に、ヨミは涼しい顔で番兵を迎える。

「あぁ、申し訳ない。彼らが血迷って僕たちを襲ってきたものでね。少々大人しくしてもらったところだよ」

「魔法を使ったのか?それも罰則行為だ!」

「まったくおっしゃる通り。でもまぁ彼らも負傷しているわけではないのだから、これでおおめに見てもらえないだろうか…?」

 ヨミは金貨を何枚か取り出すと番兵の懐にねじ込む。

 番兵は一瞬戸惑いを見せつつも、すぐに表情を戻して「…仕方がないな」と嘯く。

「こいつらのことだ、坑道に長く留まりすぎて疲れていたんだろう。あんたたちも災難だったな。今度から気をつけるんだぞ」

「ええ。ご苦労様です、番兵殿」

 懐が暖まった番兵は横たわるモグラたちを放置し、何事もなかったように元来た道を帰っていく。

 レイラスは黙ってそのやりとりを見つめていたが、番兵が去った時点でたまらずに突っ込んだ。

「なんだあれ?!思いっきり買収されてるじゃないかあいつ!NPCのくせに!あんたも何しれっと賄賂渡してんだよ?!」

「平和的解決と言ってくれないかな」

「NPCが買収に応じるなんて聞いたことないぞ!あんた知ってたのか?!」

 もはやタメ口だが、ヨミが気にする様子はない。

「実はNPCにも個性が色々あってね、先ほど彼は名指しで挨拶してきただろう?ああいうタイプはに応じてくれるんだよ。どうやら薄給設定らしくてね…ランカーに媚びてくるんだ」

「……もしかして、公式の監視ってのは嘘?」

「半分本当だよ。でも、NPCを見極めればランカーでなくとも使える。今後は裏技として君も覚えておくといい」

「買収可能だから騒ぎになっても問題ないとわかってたのかよ。世知辛いな…ゲームの世界で腐敗を目の当たりにするなんて…」

「綺麗すぎる水の中で魚は生きられない…人間も同様。多少汚れているくらいが健全さ」

「………」

 随分と実感のこもった言い様だ。

 レイラスは平静を取り戻す。

「でもゲームに実装する必要ありますか、それ」

「高い自由度を獲得するためには、こういった腐敗要素も欠かせないんじゃないかな」

「そういうもんですかね」

「というわけで、一部始終を目撃した君も今回のことは共犯というわけだ。…アヤさんに事の顛末は詳しく語らないようにお願いするよ」

「……言いませんよ。言えないでしょ、おにーさまが番兵買収してた、なんてこと」

 にっこり笑うレイラスに、ヨミは近づき顔を寄せる。

「君が僕を嫌っていても一向に構わない。ただ君はお姉さんのためなら汚れ仕事も厭わない質だと判断した。その一点において僕たちは協力できるとも。彼女のためならば、感情きらいは邪魔にならないだろう?…今後とも、君とはいい関係でありたいね…レイラスくん」

 わずかに声音を抑え囁くように告げられる。ヨミが浮かべる薄笑みは闇色。

 紳士の裏の顔は悪魔か。

 こいつ、相当ヤバイな…。

 気圧されぬように踏みとどまりながら、レイラスは息をつく。

「…まぁ、ねーちゃんのためなら」

 ヨミは姿勢を戻して好意的に笑う。

「理解してくれて嬉しいよ。ああ、もちろん僕が彼女に対して紳士ではなかった場合は、遠慮なく背中を狙ってくれていいからね」

「……ほんと煽るよなぁ…この人…」

 その気になったらどんな相手でも瞬殺可能な男に言われても腹が立つだけだ。

 レイラスは嘆息すると、眠りこけている姉を抱えて坑道の入り口へと戻った。


 魔法が解けて目を覚ますといつの間にか坑道の入り口に戻っていた。オーレルの涙を抱えたままくったりと座り込み、弟にもたれかかっている。アヤはぼんやりと瞬きを繰り返す。

「あ、起きた?」

「…綺麗な…とっても綺麗なお姉さんがいる世界が…」

 まだ魔法の影響を受けているらしい…。

「ねーちゃん、しっかりしろって」

「か…じゃなくてレイラスくん?!…はっ!…あの後どうなったの?…ヨミさんは…?」

 突然スリープ状態にはいってしまったため、ゲーム内での情報がまったく収集できなくなっていた。

「だから、くんはいらないって。モグラたちはヨミが。あの人ならもう帰ったよ。忙しいみたいだね。ねーちゃんによろしくってさ」

「…そっか…鉱石のお礼、ちゃんとできてなかったなぁ…」

「いいよ、あの人は細かいこと気にしてないと思うし」

 アヤを支えるように立ち上がると、レイラスは問いかける。

「なぁ。ねーちゃんはあの人のこと、どう見てるの?」

「どうって?」

「印象だよ。ヨミの」

 複雑そうな弟の様子に、アヤは少し考えながら告げた。

「……優しいけど、押しの強い天然属性の人、かな」

「……は?」

「だから、優しいけど、押しの強い天然属性」

「……。ねーちゃん、全然心眼を養えてないじゃん」

「えー、酷い。かなで…じゃない、レイラスはわたしと印象が違うの?」

「…違うっていうか…思ってた通りというか……」

「?」

「あの人、死神じゃなくて、魔王だよ」

「えっ?ま、魔王?」

「そう、ランカーとか無関係に真性の魔王」

 わずかに垣間見たヨミの本性。

 静かに圧力をかけられたあの瞬間、彼の望まない返答をした場合はどうなっていたのやら…。

「あの人、ねーちゃんを暇つぶしの道具にしてるよ。でなきゃ、ランカー様が公式の嫌がらせとはいえ、ねーちゃんのような初心者と交流しようなんてやっぱり思わない。設定は設定として、普段は放置しておけばいいことだからさ」

 つい本音が漏れる。

 姉はじっとエルフ姿の弟を見つめ、一言「そうかも」とつぶやく。

「ねーちゃん?」

「うん、そうだと思う。ヨミさん本人も言ってたから、やることがなくて暇だって正直に。でも、暇つぶしがネガティブな意味合いばかりとは思わない。実際、わたしはヨミさんの暇つぶしの恩恵を受けてるもの。ヨミさんのおかげでフェネックキャットや、このオーレルの涙もゲットできたわけだし。…それに、」

「?何?」

「ヨミさんの本心がどこにあるのかはわからないけど、ヨミさんも何かしら楽しいと思う部分があるから、わたしと交流してくれてるんだと思う。たぶん、わたしが浅ましさを晒さないかぎり…兄妹でいてくれる」

 蜘蛛の糸は、切れずに残る。

「浅ましさ…?」

 眉をひそめる弟に、アヤは首を振って微笑んだ。

「…ううん、なでもない。…あ、そうだ。さっきは断ったけど、このオーレルの涙をお部屋に置きに行くから、つにでにマイルームに寄っていく?まだ何もないけど」

「…いいね。あのおにーさまより先に訪問できるってのは気分がいいし」

「もー…ヨミさんと張り合わなくてもよくない?」

 呆れる姉に弟は言い返す。

「ねーちゃんこそ、ヨミのスペックに騙されないようにしろよな。ガワはスカしてるけど、中身は100キロ超えのおっさんかもしれないだろ」

「………」

 また出たわ、100キロ超えのおっさん説…。

「なんでしかめっ面なの」

「…ねぇそのワード、オーレリアン界隈で流行ってるの?」

 なんとも言えない気持ちでアヤは弟を見返した。



 アヤのマイルームに寄り、記念にキャットタワーをプレゼントし(フェネックキャットと少し遊び)、その後解散してログアウトしたレイラス…花奏はVRヘッドセットを取り外し、PCの前でしばらく考えこむ。

 決心して机に置かれたスマホを取り上げ、素早くタップして電話をかける。

「……あぁ、伯父さん?…例の計画だけど、第二段階予定通りに進めてくれていいよ。…うん、うん…大丈夫、ねーちゃんにはバレてないから。うん…わかった。じゃあまたね」

 用件だけ伝えて通話を終える。

 すでに賽は投げられている。もう後戻りはできない。

『わたしが浅ましさを晒さないかぎり…兄妹でいてくれる』

 俺が思うよりずっと、ねーちゃんは本質を見抜いているかもしれない。

「心配ない…選択権はねーちゃんにある。ねーちゃんにその気がないなら、この話は俺が全力で潰すだけだ」

 花奏は呟いて、PCの電源を落とした。

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