第9話*お兄様といっしょ(2)
ドラゴンスレイヤーを志し、その名を冠するドラゴンスレイヤーの得物に完敗したアヤは、エリアボスを前に戦意喪失の危機に陥っていた。
「すみません。わたしが愚かでした。ヨミさんのようにドラゴンと戦えるようにとか、身の程をわきまえない生意気な発言でした。調子に乗りました」
反省を含め…意気消沈しているアヤにヨミは慌てて慰める。
「いや、僕が至らなかった。ごめんよ、アヤさんを落ち込ませてしまったね」
「………」
「僕もはじから今の強さがあったわけじゃない。アヤさんはまだ成長過程なのだから、落ち込む必要なんかないんだよ。僕はほとんど頭打ちになっているけれどね」
確かに、いかなるトップランカーも素人の低レベル時代というものは存在する。目の前のヨミだって、今のアヤと同じ時代があったのだ。誰もが通った道。強さは一朝一夕では得られない。
「オーレリアン・オンラインのいいところは、課金による優位性の一部排除、…つまり単純に札束で殴り合うことができないところにある。ゲームを続けて、地道にクエストをこなしていくことで得られる強さや装備は、金銭では買えない満足感や達成感を与えてくれる。…アヤさんもきっと、続けていくことで以前の僕と同じように得られる達成感があるはずだよ」
片膝をつき、アヤと目線を合わせて語るヨミ。
継続は力なり、である。
「…そう、ですね。レベルを上げたりクエストをこなせば、ドラゴンスレイヤーも振り下ろせるようになりますもんね。わたし、ちょっと元気出てきました」
「よかった。じゃあその意気で、エリアボスを倒しに行こうか」
ヨミの切り替えの早さに苦笑いしつつも、アヤは頷いた。
「はい」
「…とその前に、イモ掘りを済ませておこう」
「イモ…掘り?」
この辺りにお芋、埋まってましたっけ?
首をひねるアヤを他所に、ヨミはすっと立ち上がるとダガーを何本も取り出し、森の茂みや木の枝に向かって次々に鋭く投げつけていく。肩越しに背面にも。
「?!」
驚くアヤの耳に「ぐっ」とか「いてぇ」とか「くそっ」などとくぐもった声があちらこちらから届く。さらには、ダガーを打ち込まれた衝撃で木の実のようにぼたぼたと枝から落ちてくるプレイヤーも続出する。
「な、なななな…?!」
ヨミがダガーを投げつけた先には、プレイヤーたちが隠れ潜んでいたのだ。所在が知られた彼らは蜘蛛の子散らすように慌てて退避していく。…一体、この狭い範囲に何人が隠れていたというのか…。
呆然とするアヤに、ヨミは「驚かせてしまったね」と苦笑を浮かべる。
「フィールドに出ると僕を討ち取ろうとつけ狙うプレイヤーが後を絶たなくてね。ああやって隠れ潜むプレイスタイルを『イモ』というのだけど、ここは初心者エリアでプレイヤーキルができないから、僕がエリアから出るのを息を殺して待っていたんだよ」
物騒な話だ。
「え。もしかしてずっと見られてたんですか?」
「うん、街からいたね。普段なら攻撃してこない限り放置しておくのだけど、
「…っ…!」
アヤはこみ上げる羞恥心に両手で顔を覆う。可愛い妹、という部分に反応したわけではなく。
「それじゃあ、わたしがドラゴンスレイヤーが持ち上がらなくて踏ん張ってるところをあの人たちにずっと見られてたってことですか?!ど、どうしよう、は、恥ずかしい…!!」
「頑張り屋さんな姿が微笑ましくてたまらなかったと思うよ。僕みたいに」
「全然慰めになってないですっ!!」
あれだけのプレイヤーに囲まれてたいたことに気づけなかった自分も恥ずかしいが、ヨミもそのまま素知らぬふりをしていて欲しかった。
「彼らは僕を討ち取ることへの名誉欲に囚われているからね、少し牽制しておく必要もあった。迷惑をかけるのは僕の方だと言った理由はこれでもある。でもアヤさんに手出しはさせないから、心配いらないよ」
微笑むヨミに、アヤは青ざめる。
「…逆に心配になりました」
「はは、アヤさんは正直だね」
何事にも朗らかで肯定的なヨミは、天然な類の人物かもしれない。
「いつもこんな風に他のプレイヤーから狙われてるんですか?」
「いつもではないよ。正面から挑んでくるプレイヤーはめっきり減ってしまったしね。その分、ストーカーが増えたかな」
隠れ潜んで背後を取れればワンチャン、ということだろうか。
「…ランカーも大変なんですね」
ゲームを楽しみつつ、プレイヤーキラーも意識していなければならないとは。
「強さを手に入れると他者へ誇示したがる人間は必ずいる。けれど、弱者に矛先を向けないだけ彼らは紳士淑女なんだよ。だから僕が標的にされる分には構わないさ」
微笑むヨミが眩しい。なんという心の広さ。
けれど数多のプレイヤーを返り討ちにし、震え上がらせた結果の二つ名が『死神』とは…なんだか皮肉な話だ。
「さて、出発しようか」
ピクニックにでも行くような気軽さでヨミはボスエリアを指差した。
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