第6話*死神来たる
先日の強制イベントと生ける伝説との出会いから数日、アヤこと絢音はオーレリアン・オンラインにログインしていなかった。時間にゆとりのある夏休みとはいえ、昼間からゲームをして遊んでいられるほど気楽な身分ではないのだ。
家事の手伝いから夏休みの宿題消化はもちろんのこと、高校生になってから週に3日ほど、絢音はカフェが併設されたケーキ屋でアルバイトをしている(ちなみに制服の可愛らしさで選んだアルバイト先)。早くに社会を知り、適切な経済観念を持ち、将来の伴侶を見極める心眼を身につけよ、というよくわからない祖母と母の教育方針からだった。
絢音が有名なお嬢様学校に通う羽目になったのは、双方の祖母と、我が母が同校の出身だからであり、有り体にいえば、彼女らは押しも押されぬ名家のご令嬢だった。そのご令嬢が揃いも揃って地位も名誉も持たぬ庶民の祖父や父の元へ(莫大な持参金と共に)嫁いで来た不思議。強いていえば、藤崎家の男たちはとにかく
藤崎家の男たちはみな顔立ちが優れており、絢音の弟も幼少期から異様なほど容姿が際立っていた。しかし、軽薄に女子たちを侍らせることはしていない。そう、彼は異性に媚びる必要性が一切ないのである。祖父や父のように、放っておいてもいずれ名家の財産ある心やさしきご令嬢がきっと彼に惚れるので…(それはそれで癪に触るわ…)。
その中で、女児として生まれた絢音はというと、残念ながら美少女には生まれなかった。至って普通の少女であり、ただの女子高生である。どれほど祖母や母が深窓育ちだったとしても、日常生活には無関係。親類の集まりでは借りてきた猫のようになっているだけだ。
お嬢様学校に通っていて、社会を経験しつつ、小遣い稼ぎにアルバイトをこそこそとやっているのは絢音くらいではないだろうか。同級生の大半はきっと今頃優雅な避暑を楽しんでいるはず…。
「世の中不公平だわ…」
ため息を漏らしつつ、本日のシフトを終えて更衣室の扉を開く。
専用ロッカーからカバンの一番上に置いたスマホを手に取ると、
アプリのトークを開くと、ゲームのお誘いだった。
『今夜ログインできるから、アヤもログインできそうなら一緒に他の街に行ってみようよ!』
おまけで軽快なアニメーションも添えられている。
「…明日はシフト入ってないし、今夜は遊べそうかな」
絢音は一つ頷いて、了解の返事をした。
あらかじめ連絡しておいた通りに、クレメンティアの中央広場に設置されている噴水でリルと合流する。
リルの方が先にログインを済ませていた。ケンタやマナもいる。いつもの顔ぶれだ。
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「大丈夫、そんなに待ってないよ」
「今日はどこに行くの?」
城門へ向けて歩き出す。
「アヤもそろそろ初心者卒業レベルになってきたでしょ?だから、隣の街までみんなで一緒に行こうと思って!」
初心者のアヤに合わせるのは面倒なことだと思うのだが、彼らは親切に付き合ってくれる。ありがたいことだ。
「そこまで行ったら、わたしとケンタは別行動するわね」
「レイド戦に行くからさ」
マナとケントがアヤに告げる。
「…レイド戦か…わたしはまだまだ参加できなさそう」
レイド戦とは、そのまま、レイドバトルのこと。協力戦闘だ。
プレイヤーが寄り集まって、1体(配下を連れている場合もあり)の強力なモンスターを討伐することでそれに見合った報酬を分かち合う。オーレリアン・オンラインでは貢献レベル性を採用しており、モンスターを倒す過程で、多くのダメージを与えた者が上から順位化され、その順位に基づいて希少報酬を受け取ることができるようになっている。貢献レベルが低ければ、報酬もそれ相応なのではあるが、レイド戦でなければ受け取れない報酬も珍しくはないので低レベル帯であっても積極的に参加しているプレイヤーも多い。
ちなみに報酬はランダムで、武器や防具であったり、それらを作るための素材などが与えられる。
「このあたりの地域はまだレイド戦も易しいからアヤでも参加できると思うよ。今度一緒に遊んでみようよ!」
「うん、ザコなりに頑張ってみる。それまでにもうちょっとレベルをあげて、パラメーターも上げたいな」
「アヤはどのジョブを目指してるんだ?」
ゲームスタート時は一律に『剣士』に設定されており、レベル20からジョブチェンジが可能である。アヤのレベルはすでに20に到達しているので、ジョブを変更できるようになった。
「えっとね、実は…」
ケンタに問われ、嬉々として目指すジョブを発表しようとした時、周囲のざわめきに気づき一行は足を止めた。
「…なんだか、城門周辺に人が集まってるわね…」
マナが怪訝に呟く。
「なんかあの人、すごくない?」
「見た目からレベチじゃん…何者?」
「古参の上級プレイヤーであることは間違いなさそうだけど」
「ここ数日、ずっとあそこに立ってるよな…」
各々小声で囁き合っている。
戸惑う初心者たちをかき分けるようにして前に出ると、リルが真っ先に「あっ!」と声をあげた。
「どうしたの?」
後に続いたアヤが問いかけると、リルは半笑いで城門前を指差した。
「……いる」
「え?何が?」
「…だから、いるんだって…」
「?」
周囲以上に戸惑うリルを不審に思って、指差す方に顔を向けると。
アヤの表情が固まる。
…確かに、いた。
初心者の
『彼』はその
「やぁ、アヤさん。こんばんは。やっと会えたね」
涼やかな笑みを浮かべ、光のエフェクトをまとっているかのように煌めき、颯爽と。
オーレリアン・オンラインの生ける伝説、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます